一ヶ月記念。
何が一ヶ月かというと、フレイがキラと暮らしだしてからの日数である。
そしてそれを祝おうと言い出したのはフレイだった。
女というものはえてしてこういった行事が好きなものだ。
とはいってもキラも、特に反対する理由も無い。
むしろ自分との生活に対する記念日だと言われればやはり嬉しかったりする。
フレイは楽しそうに、今日はケーキを焼くのだと張り切って料理をしていた。
一ヶ月の間にそれなりに家事がうまくなりつつあったフレイは、今回もきっとうまくいくと思っていた。
そう、実際スポンジはキレイに焼けたのだ、スポンジは。
「上手じゃない」
「でしょう?」
という会話だってした。
だが落とし穴とは意外なところにあるもので――――フレイは生クリームを泡立てるのを失敗してしまったのだった。
ボウルに生クリームと砂糖を入れ、空気と混ぜ合わせて角が出来るくらいの硬さまで電動泡だて器で泡立てる。
それだけだったのだが、フレイはうっかり泡立てている途中泡だて器を取り落とした。
手から離れた泡だて器は制御を失い暴走し、あたりは見るも凄まじいばかりの惨状の跡地と化した。
もちろん、その中心にいたフレイも例外ではない。
頭からクリームをひっかぶり、顔のあちこちに白い点々が飛び散り、全身べとべとだ。
こんな状態ではケーキ作りどころではない。
おまけにキラも、フレイが心配でそれとなく傍で様子を見ていたものだから、同様にクリームのシャワーの恩恵を受けてしまっていた。
「……ごめんなさい」
さきほどの楽しそうな様子はどこへやら、泣きそうな声でフレイは言った。
キラは頬についたクリームを手ですくい少し舐めると、
「先にお風呂入ろうか」
と笑った。


ついさっき湯を入れはじめたばかりだったので、浴槽にはまだ十分な量がたまっていなかった。
「あーん、べたべたする」
先にこの生クリームを落とさなくてはならない。
「フレイ、髪の後ろにもついてるよ」
「え? どこ?」
慌ててフレイは後頭部に手をやった。
「ここ」
キラはフレイの髪に指先をさしこんで
「ほら」
と指についたクリームを見せた。
「ほんとね。あちこちクリームだらけ」
フレイは自分の失態に苦笑して恥じた。
舌を出して笑うその表情にキラはうっとなった。
ちょっとこれは、やばいかもしんない。
正直に言うと、キラは先ほどの出来事で不謹慎な想像をしてしまっていたりなんてしたのだ。
ぶっちゃけ顔し(自主規制)。
「そうだわ、お互いに洗いっこしましょうよ!」
とても素晴らしい方法を考え付いたというかのようにフレイははしゃいで言った。
だがそれは、今のキラにとってはかなり危険ですよフレイさん、と激しく止めたくなる案だったりするわけで。
しかしキラがフレイの思いを踏みにじるような行為を出来ないのもまた事実。
30秒後にはキラはフレイの髪の毛を美容師よろしく洗っていた。
そしてフレイはというと――――己の言ったことを後悔していた。
キラにとっては、ただ洗っているだけなのだろう、邪な感情などきっと無いに違いない……
そう思えば思うほど、フレイの身体はなんでもないはずの刺激に反応してしまうのだった。
キラの指が耳の後ろに触れると、背中をつうと撫で上げられるような感覚が走り、たまらず頭を振ってそれを払いのけたくなる。
ぞくりとした。
もどかしい快感がじわじわと身体を侵食していく。
いやだ。恥ずかしい、こんなことを考えているなんて……。
キラは、私が頼んだから、だから……ただ髪を洗ってくれてるだけなのに。
キラの手が、フレイの首の後ろへ伸び、髪を持ち上げた。
フレイは甘くなってしまった息を、気づかれないようにそうっと吐いた。
心臓に悪いわ。
と、フレイが内心葛藤している間、キラは
(そういやフレイ、耳のこの辺弱かったっけ)
などと考えていた。
おまけに、そういうポイントを何気ないふりをして念入りに洗うなんていうちょっとした意地悪なんかもしちゃったりする。
でもあくまで本番は夜なので、そのへんはちゃんとわきまえているキラなのであった。
そんなこんなで、洗い終わるころにはフレイの肌はすっかり上気していた。
「なんかフレイ、怒ってない?」
「そんなことないわよっ。それより、次はキラの番ですからね!」
フレイの怒りには多分に照れ隠しも混じっているだろう。
キラは笑いながらはいはいと、素直にフレイに自分の頭を提供した。


その夜二人が一ヶ月記念をどう祝ったかは――――きっと想像に難くないだろう。

 

 

モドル