「会えたのね……私」
フレイはやがて来るだろう少年を思ってつぶやいた。
キラの乗るフリーダムによって、エターナルへと連れてこられたフレイ。
初めはどピンクの戦艦に臆していた彼女も、キラがいるならそれでいい、と気にしないことにしたらしい。
そう思えるのはきっと、運命に翻弄される中で得た強さのおかげだろう。
そのとき、艦内で佇むフレイのそばに、キラの親友であるアスランと、キラの双子の姉であるカガリがやってきた。
腕を組んですっかり恋人同士のようにいちゃつく二人を、フレイは眺めた。
この人達、いつのまにこういうことになったのかしら?
向こうもフレイに気づき、足を止めて気まずそうな顔をした。
「あ……」
カガリがあからさまな困惑を向けてくる。
彼女は感情を隠すことの下手なタイプなので、とてもわかりやすかった。
無理もないな、とフレイは苦笑した。
カガリにとって、自分は良いイメージなどないに違いないから。
「……アイツを、待ってるのか?」
それでも目の前にいる相手を完全に無視していくのは気が引けたのか、カガリはフレイにそう尋ねた。
アイツ、とはキラのことだろう、そう思ってフレイも返事をした。
「ええ」
「……そうか」
そう言った後も、カガリはなお立ち去ろうとしない。
カガリの隣に所在無さげに立っているアスランが、ちらりとフレイを見た。
カガリは何か言いたそうに、フレイの前で止まったままだ。
「どうしたの?」
たまりかねてフレイは助け舟を出した。
前はカガリに対しては敵対心しかなかったが、今はそんなに嫌いではなくなっていた。
カガリはフレイに促されて意を決したのか、口を開いた。
「あの……さ、アイツ――キラのことだけど」
キラの名前に反応する二人(もちろんフレイとアスランである)。
「キラがどうかしたの?」
聞き返すフレイにも嫌な予感がし始めていた。
キラは急いでいた。
ラクスに報告をした後、フレイとゆっくり会う約束をしていた。
一刻も早く、彼女を確かめたかった。
「フレイ!」
勢いよく飛び込んできたキラに、フレイは花のような笑顔を向けた。
「なあに、大きな声出して」
「……ごめん」
キラは謝罪したが、その顔は嬉しくてたまらないといった感じだった。
フレイを助けることが出来た。今度こそ。
そして彼女は自分の側にいる。
やっと会えたことの喜びにひたるキラは、フレイの思いに気づかずにいた。
そう、彼女が本当はものすごく怒っているということを。
「それで、話ってなに?」
何気ない風にキラはたずねた。
とたんにフレイの顔が曇り、キラはとまどった。
「どうし――――」
どうしたの、とフレイの肩を掴もうとしたその手を、彼女に払いのけられた。
「いやっ!」
「え?」
キラは少なからず衝撃を受け、払いのけられた手を空中に置いたまま、呆然と立ちすくんだ。
「あ……」
フレイは我に返ったようにキラを見た。
「ご、ごめんなさい、でも……私、怖くて!」
「フレイ! 何があったんだ!?」
ただ事ではないフレイの様子に、キラは心配して迫った。
フレイはしばらくためらったあと、キラと目を合わせないようにしながら話し出した。
「キラ、私……あのクルーゼとかいう男に……っ!」
フレイは女優なので、ここでもその類まれなる演技力を存分に発揮した。
つらそうに、クルーゼに無理やり……と訴えるフレイ。
あの仮面許すまじ。
キラはそう決意する。
フレイはなおも続ける。目に涙を浮かべたまま。
「それに、アズラエル、あのブルーコスモスの……あいつも、私をかわいがってやるとか言って、怪しい薬を打って、私を……」
フレイは泣き崩れる。
キラの身体から黒いオーラが立ち込めた。
それはキラが不殺(ころさず)の誓いを破った瞬間でもあった。
「フレイ……」
フレイは顔を上げようとしない。
「だから私、あなたにちゃんとさよならを言おうと思ったの」
「どういうこと?」
てっきり愛の告白をされるものだと信じていたキラにとって、それは思ってもみなかった言葉だった。
フレイは神妙な顔で、続く言葉を口にした。
「実はね、キラ……私、男の人がだめになっちゃったの!!」
「は?」
キラとフレイの間を、一陣の風が吹き抜けていった気がした。
「傷ついた私を、バジルール少佐……ううん、ナタルお姉様が慰めてくれて……」
フレイはそこで、うっとりと遠くを見るような目で語った。
「フ、フレイ?」
「優しくて……とっても素敵だったわ、ナタルお姉様……」
「…………」
「だから、私はこれからお姉様との愛に生きるから」
晴れやかに百合宣言をするフレイ。
いったいナタルとの間に何があったのか。
「さようなら、キラ。今までありがとう」
そう言うとフレイはさわやかに去っていった。
25分後、硬直がとけたキラは、ショックも覚めやらぬままアスランのもとへ行き、ひたすら泣くのだった。
うあ゛ぁあ ・゚・(´Д⊂ヽ・゚・ あ゛ぁあぁ゛ああぁぁうあ゛ぁあ゛ぁぁ
部屋の中に、同年代の少女が二人。
「なあ、ちょっと悪趣味すぎないか?」
カガリにたしなめられたが、フレイはまだ怒りがおさまらないのか、
「あのくらいでちょうどいいのよ」
ベッドに置いてあった枕を手に取ると、軽く殴りつけた。
「せいぜいショックを受けるといいんだわ」
「まあ確かに、いい薬にはなると思うけどなぁ……」
でも一応私も姉だしなぁ、アイツの心配をしないわけにもいかないんだよ、とカガリは言った。
「何よ、私にあのことを教えたのはあんたでしょ」
「それはそうだが……」
先ほどカガリに聞いたこと。
自分がいない間、キラが誰と何をしていたのか――――。
そこへ、シュンと扉が開いて、アスランにつれられたキラが入ってきた。
「……キラ」
フレイがつぶやいたが、すぐに気を取り直してきっとキラをにらんだ。
アスランはカガリと目配せをし、頷きあった。
キラは開口一番、
「フレイ、ごめん!!」
「なにが?」
返すフレイの声は冷たい。
「ラクスのことは、その……そういうつもりじゃ」
「じゃあどういうつもりなのよ」
「それは……」
「もう知らない、キラの浮気もの!!」
フレイは掴んだままだった枕を投げつけた。
そのことで勢いがついたのか、フレイは一気にまくし立てた。
「だってひどいじゃない! 人が心配してるときに、当のあなたはいちゃついてたんですって?」
「そ、そんなことないよ!」
「膝枕してもらったり、キスしたり、あげくには指輪を貰ったんですって!? 信じらんない!!」
「ど、どうしてそれを……」
キラはあからさまにうろたえた。
「私以外ともキラはそういうことするのね」
「ち、ちが……」
「ずるいわよ、私は、私はあなただけだったのに……!!」
カガリがアスランにこっそりと耳打ちした。
「なぁ、痴話げんかっぽくなってきてないか?」
フレイは感情が昂ぶり過ぎて、泣きはじめてしまっていた。
「キスも、したのも、全部初めてだったのに、他の人としたことなんてないのに! サイとだってないのに!」
「フレイ、僕は……」
「私は、キラとしかしないって思ってたのに、キラはそうじゃないのね!?」
「フレイ」
「キラなんかだいっ嫌いよっ!!」
「フレイ!!」
パァン!!
小気味いいほどの音がした。
驚いて頬を抑えたフレイと、手を上げたキラの目があう。
カガリが慌ててキラに何か言おうとするのを、アスランが止めた。
「バカ!」
キラはそう言った後、フレイの身体にそっと手を回した。
「僕だって、こういうことはフレイとしかしないよ」
「キラ……」
フレイもキラの背に腕を絡ませて抱きしめかえした。
一瞬にして二人の世界が出来上がり、残されたカガリとアスランは居心地の悪さを感じてそっと部屋を出た。
「なあ」
カガリが前を行くアスランに話しかけた。
「ん?」
結局うまくフレイの怒りをなだめてしまったキラ。
殴った後に甘い言葉をかける、まさにアメとムチの使い分け。
最初に戦意を喪失させうやむやにし、そこから一気に畳み掛ける、効果的な戦法だ。
「アイツのアレは、わかっててやってるのか?」
「いや、たぶん天然だろう。というかそうであってほしい」
「どちらにしろ、女の扱いがうますぎるな」
「……そうだな」
「お前、ひょっとして参考にしようとか思ってないよな?」
「んなっ! そ、そんなことあるわけないだろ」
妙にあせっている。あやしい。
カガリはジト目でアスランを見た。
そして、今度フレイと、お互いのことと男どものことについてじっくり話してみよう、と思った。