家路を急ぐ。
きっと自分の帰りを待っていてくれるだろうフレイの顔を思い浮かべて、自然足が速くなる。
少しやるべきことが長引いて、朝出かける前に、いつまでには帰るから、と約束した時間に遅れてしまった。
怒っているだろうか、それとも寂しがっているだろうか?
どちらにしろ少しむくれた顔で文句を言われることは覚悟しておかなければとキラは思った。
当然のことながら暖かな明かりのついた部屋を見て、自分はひとりではないのだと実感する。
「ただいま――――……」
ドアを開け、お帰りの言葉を待つ。
しかし、フレイの姿も、なんの返事も、玄関にはなかった。
おかしい。
キラは様子がいつもと違うことに気づき、慌てて部屋へと飛び込んだ。
「フレイっ!?」
とたん、驚きを隠せず目を見開くキラ。
家の中は、見るも無惨な有様になっていた。
「な、何? いったい何がっ」
キッチンはぐちゃぐちゃ、派手につぶれて床に飛び散った卵、割れた食器類、リビングにあるソファの上に乗っているはずのクッションは4つともあちこち別の場所に落ちているし、読みかけらしい雑誌も、思い切り投げつけたかのようにぐちゃぐちゃになって足元にある。
よく見れば卵は床だけでなく、壁にも叩きつけられた跡があった。
生卵の中身だけが花火のように壁に色をつけ、その下に白い殻が転がっていた。
そして、フレイの姿だけがない。
あまりの惨状に、もしや強盗でも入ったのかと、キラは青くなった。
フレイは自分と違い、か弱い女の子だ。
抵抗などまるで出来ないに違いない。
嫌な予感が急速に膨らんでいく。
まさか、そんな。
最悪の事態など考えたくもないが、どうして部屋はこんなにも静まりかえっているのだろう?
どうして僕の心臓の音が、こんなにもはっきりと聞こえるんだ!
キラは無意識のうちに、テーブルにこぶしをダンと叩きつけていた。
そのとき、キラのレーダーにわずかだが反応するものがあった。
むこうの部屋で、かすかに物音がした気がしたのだ。
洋服が身じろぎしたときにこすれるときに出るような、そんな音。
虫が羽をこすり合わせるぐらい小さな音だったが、キラの張り詰めた精神はその音をキャッチした。
「フレイ、そこにいるの? フレイ?」
そう声をかけると、今度はもう少し大きながたん、という音が聞こえた。
強盗犯が潜んでいる可能性を考えて、キラはそろそろとドアに近づいた。
悲鳴が響き渡った。
「いやぁぁぁぁ――っ!!」
それは紛れもなくフレイのもので、キラは我を忘れて勢いよくドアを開け放ち中に押し入った。
「どうしたんだ、フレイっ!!」
その中央には、ナイフを構えた、強盗……ではなく――――フレイがいた。
フレイの手に持ったナイフがこちらを向き、きらりと光を反射した。
キラはあっけにとられて立ちつくした。
というか恐い。
ミリアリアに襲われたときのディアッカの心境にも似ているかもしれない。
目には涙をにじませ、おびえた様子のフレイは、キラを見ると泣き声で叫んだ。
「遅いわ!!」
「え? あ、あ……ごめん」
キラはその一喝で自分を取り戻し、改めてフレイと、部屋の様子を見回した。
その間もフレイはびくびくと何かを怖がっている。
「何があったの?」
「アレが出たのよっ」
「アレ?」
アレが何を指すのかキラにはわからなかった。
ただ、フレイの尋常でない様子から察するに、よほど恐ろしいものなのだろう。
キラがもう大丈夫だと言ってやろうとしたとき、フレイがナイフを放ってキラに抱きついてきた。
「うわっ、な、何?」
「そ、そこ、そこの壁にいるわっ!!」
フレイはもうぼろ泣きでキラの首をしっかと抱きしめている。
「いやああああ」
「……あ」
キラはアレの正体に気づき、戦闘モードに入った。
黒光りする身体で壁に張り付いている『アレ』。
「わかった、どうにかするからちょっとだけ離してくれる?」
「ほんと? 大丈夫?」
未だ不安そうなフレイに、キラは笑ってみせた。
「まかせて」
コーディネイターの反射神経と動体視力を持ってすれば、あんなものの瞬殺などたやすいものだ。


数分後、キッチンがああなったのは、パニックを起こしたフレイが手当たり次第に近くのものを投げつけたせいだとわかった。
悲鳴は、アレが盛大に飛び立ったせいであげたものだという。
アレを見事打ち倒したおかげで、キラはフレイから「すごいわキラ!」と賞賛のまなざしをおくられたが、直後失言をかましてしまいさらに泣かれることとなった。
その言葉とは「1匹見かけたら30匹はいるって言うよね」。
キラは、明日帰ってくるときにゴキ○リホイホイを買ってくることをかたく約束させられた。
だが、それからしばらくの間、フレイは怖がったまま片時もキラの傍を離れようとしなかったため、キラにとっては結構悪くはない結果になった。


モドル