風邪を引いた。ああもう最悪、とフレイは額を覆っているそろそろ生温くなり始めたタオルに手を当てた。
体温を吸って気持ち悪い。そろそろ取り替えたい。
しかし、タオルを取り替えてくれるはずのキラは今いない。
自分で替えようかともちらっと思ったが、無理だと諦めた。
ベッドから起き上がって、立って歩いて、氷水を浸した洗面器にタオルを入れて絞って、それを持ってまたベッドに戻って、なんて動作が出来るようならそもそもフレイはおとなしくベッドにダウンなどしていない。
なぜなら今日はフレイの誕生日だからだ。
キラには話していないから、きっと彼はそのことを知らないだろうし、そしてフレイの誕生日を知っているほど親しい人たちは、ほとんどが戦争で命を落としている。
だから祝ってくれるひとはいないだろう。それでも今日は間違いなくフレイが生まれた日なのだ。
なのに、よりにもよってその当日にフレイは毛布の中から動けずにいる。
これを最悪と言わずして何と言う。
フレイの父親が生きていたころは毎年山ほどのプレゼントを与えられて、人の輪の中心で華やかに笑っていたことを思い出した。
あの日と比べれば、今の自分は天と地ぐらいの差がある。
別に誰に祝って欲しかったわけでもない。もしそうならそもそもキラに誕生日を黙っていたりしない。
だが自分ひとりくらいは自身におめでとうという意識でもって今日を迎えたかったのに。
フレイは自由にならない身体でうめいた。
熱で頭も痛いしのども痛い。なんだか少し吐き気もするうえに寒い。
ありったけの毛布をかけてじっとしていても、がくがくと肩が震えだす。
オレンジが食べたいと言ったら、柑橘類はだめ、リンゴ買ってきてあげるからまってて、とキラは外に出かけてしまった。
本当は少し甘えたかっただけで、本当にオレンジが欲しかったわけじゃなく、本当はキラが側にいてくれたほうがずっと良かった。
キラのバカ、と声にしないでつぶやく。ちっともわかってない恋人に恨み言を吐く唇は熱のせいで赤く、普段よりも少し艶っぽかった。
フレイは目をつぶった。つぶってそのまましばらく寝てしまったのかもしれない。次に目を開けたときにキラがいたからだ。
「あ、起きた? 大丈夫、つらくない? ほら、リンゴ。今剥くから」
フレイは真っ赤な顔で弱々しく口を開いた。いらない。
せっかくキラが買ってきてくれたものだけれど、今は食べ物は通りそうになく、それよりのどが渇いていた。
キラは心得たようにペットボトルをフレイの唇に寄せた。
こくりと飲むと、いくぶん潤ったのどは声を出しやすくなった。
「あり、がと」
「ううん」
キラは首を振って、ペットボトルをテーブルの上に置いた。それからごそごそと何かを取り出した。
ばさりと差し出されたのは赤い花束だった。そしてそれを抱えているキラの顔も同じくらい赤かった。
「誕生日おめでとう、フレイ」
お見舞いの花かしら、と思っていたフレイはキラのその言葉に目をまたたいた。
どうして彼が、自分の誕生日を知っているのだろう?
そして、キラがそれを祝ってくれているのだということに気づいた途端に、胸が詰まって苦しくなってしまった。
「……タオル、替えてくれる?」
「え、あ、うん」
キラはひとまず花束をベッドサイドに置くと、すっかりあったまってその役目を果たしていないタオルを冷やしなおして
フレイの額にそっと乗せた。
「フレイ、泣いてるの……?」
「ち……ちがうわよ、タオルの水が目に入ったの……!」
フレイはぷいと反対側を向いた。
キラはタオルを丁寧に絞ったのだ。水が滴り落ちるはずはないことをよく知っていた。
知っていて、キラは微笑んだ。
ベッドの中から、ありがとう、という声が聞こえた。




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