賭け事というのは身を滅ぼすものだ。
賢明な人間なら、そんなことに手を出してはならないと知っている。
けれど誘惑に勝てないのが人間でもある。
フレイは負けた己を呪った。
たかがトランプ、そう、トランプだ。
紙切れが何枚か、それで勝負が決まる。
そんな記号がいくつか印刷されただけの紙切れに、どうしてここまで人生を左右されねばならないのだろう。
「人生」と言うには大げさだって?
フレイにとってはちっとも誇大表現などではない。
悔しさと、もうひとつ別のものをこらえるために、ぎり、と口を噛み締める。
ポーカーは最もポピュラーなカード遊びであると思う。
5枚のカードで役を作り、その優劣を競う。
単純そうに見えて、運の要素だけではない、駆け引きや推理力も必要になってくる。
最初は勝っていた。
相手が――キラが手加減してくれているとは感じていたから、本気の彼を引っ張り出すつもりで何気なく提案したのだ。
『負けたら罰ゲームね』と。
そうしたら直後から盛大に負けた。負け続けた。奴は容赦なかった。目の色が違った。
そして罰ゲームだ。
「フレイ、罰ゲームなんだけど」
凄く嬉しそうな顔が心の底からむかつく。
そこでふと、肝心の罰ゲームの内容を決めていなかったことを思い出した。
しかしキラは自信満々だ。
「負けた方が勝った方の言うことを一つきくんだよね?」
いつそんなこと言ったっけ。あれ? 言った? 言ってないわよね。え、あれ?
……丸め込まれていた。
「声を出さないこと?」
「うん。絶対出しちゃだめだからね」
そこでようやくフレイはキラの考えを悟ったのだ。
最近ご無沙汰だった。それ以前にあまり触らせてあげてなかった。
せいぜいがキスどまりだった。そのキスだってほとんどしてない。
だってしちゃったら止まらなくなるだろうと思ったから。
でもおあずけしているうちに、おあずけすればするほど次にOKサインを出したときが大変になるということに気づいた。
気づいたからって覚悟が出来るかどうかは、これはまた別問題で。
そしておそらくキラは、キレちゃったのだ。
にこにこしているが、完全に開き直ったものの笑顔だ。
まずい。これはまずい。絶対まずい。ひじょー……っうに、まずい。
フレイの背を冷や汗が伝う。
キラの出した罰ゲームは、一緒にお風呂。ただし条件付。
『絶対に声を出すな』
どんな展開になるかは目に見えているじゃないか。
いっそわかりやすすぎるくらいわかりやすい。
バスルームがキッチンに早がわりして、美味しく頂かれちゃうに決まっている。
「ねえキラ、もう少し別の条件にしない?」
往生際が良くないが、せめてもと悪あがきしてみる。
でもその悪あがきは、かえって恐ろしい結果をもたらしただけだった。
「うん、いいよ」
あっさり了承されて嫌な予感がした。
ひょっとして自分はまんまと罠に嵌ったのでは。
「しゃべってもいいけど、全部猫語なら」
……ていうかひょっとして最初から全部計算済み?
その可能性に思い至ったときにはすでに遅し。
舞台はバスルームへと移っていた。
納得いかないなんてもんじゃない。
「うー……」
にらみつけても、相手にはちっともこたえていない。それが余計むかつくったら。
「違うよフレイ、ちゃんと猫語じゃないと」
しれっとして言うキラの顔は、もはやむかつくなんていう次元を超越している。
いつそんな悪趣味な遊びを思いついたのよ、と言えるならぶちまけたいが、猫語に変換しないといけないので黙っている。
その指が、さりげなくフレイの身体を掠めていく。
ぴくん、と反応してしまうのだって、息が漏れるのだって、声が出てしまうんじゃないかと思うと気が気じゃない。
「なんで我慢してるの? 声は出していいって言ったじゃないか」
なんでなんて、わかりきってるくせに。
指の動きがはっきりしたものになっていく。
「……っ」
「フレイ?」
「……みゃ」
あ――も――バカ。ほんとバカ。
やけになって連呼してやった。
「にゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあ」
バスルームに響く間抜けな鳴き声は、それから数秒しないうちに途切れた。
なんでかは、あんまり訊かないで欲しい。
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