茶色い自分の髪の毛――少し長い前髪を見ながら僕は、あ、これは夢だなと思った。
なにせ、僕の目の前に僕がいるのだ。
過去にあったワンシーン、それが夢の中で再現されている。
そして夢の中の僕はといえば、サイドからこぼれおちる赤く染めた絹、あるいは炎のような髪、大きく膨らんだ胸、どう見ても男の僕のものではない繊細な爪を見るに、どうやらフレイの視点であるらしかった。
フレイの僕を、過去の僕が押し倒す。
そうか、あの時の僕はこんな形相をしていたのか、と、押し倒されたフレイである僕は今更ながらに責められたような気分になった。
だってそれは、あまりに冷たい顔だったからだ。怒っているようにも、憎んでいるようにも、愛しているようにも、泣いているようにも見えた。
独りよがりで、フレイ自身のことなど何も思いやってはいなかった。
彼女を必要とし、欲してはいたけれども、それは自分に彼女が必要で、自分が彼女を欲しかっただけで、彼女が僕をどう思っているのかまでは考えていなかった。
本当のフレイはどんな気持ちだったろう。なんてひどいことを僕は。
至近距離……上に覆いかぶさった方の僕、キラが言う。
「嫌がらないんだね」
その逆光となって灰色がかった、残酷な表情をしたキラの僕を見ながら、下に敷かれたフレイの僕は、言おうと思っていなかった言葉を口にしていた。
「嫌がったら、やめてくれるの?」
違う、あのときのフレイはこんなことを言いはしなかった。思っていたかどうかは知らないけれど、少なくともあのときの彼女は、抵抗することもなく、素直に僕に身をゆだねていた。
でもきっと、我慢していただけで、嫌で嫌でたまらなかったんじゃないかと思う。
だから今の、フレイになった僕は、こんなことを言ってしまったんだろう。
上の僕は歪んだ笑いを浮かべた。いや、それは笑いと言っていいのかもわからない。
唇の端が醜く歪んでいた。
「とりあえず考えてはみるね。――――やめないけど」
なんて温度のない声なんだろう、どうしてもっと優しく言ってあげられなかったんだろう。
夢の中、僕は打ちのめされる。
どうしてもっと優しくしてあげられなかったんだろう。
どうしてもっと色々なことを、してあげられなかったんだろう。
心の中は悲鳴で充満している。
声を上げる口は心を食い破って、外にその悲鳴をぶちまけようと躍起になっている。
「じゃあ意味ないじゃない。私は、意味のないことは、しないの」
とうとうこらえきれず涙がこぼれそうになり、そして気付いた。
いつの間にか僕は僕自身になっていた。
「うん。よく……知ってるよ」
だから僕みたいなコーディネイターに抱かれたんだよね、僕は今度こそ上手く笑った。
そうでしょ、そう言ってよフレイ。
お願いだから。
僕は彼女に憎まれていたかった。僕は彼女が僕のことを憎んでいればいいと思った。
僕は、間違っても彼女に愛されていてはいけないのだ。
彼女がもし僕を本当に愛していたのだとしたら、僕はまたひとつ、彼女に何もしてやれなかったことになる。
だってそんなの、あまりにも彼女がかわいそうだ。
僕のことなんかを好きになってくれて、それなのに僕に会うことも無く、僕に守られることも無く、僕の目の前で死んだ。
そんな悲しい死を彼女にさせてしまったのだとしたら、僕は。
僕の意思を離れたただのフレイの、肉感的な唇が動く。
「私は……」
声は届かなかった。


起きたものの、辺りはまだほんのりと薄暗かった。
涙の塩分で目じりがひりひりと痛んだ。僕はそれを指の腹で拭った。
拭いながら、もう一度映像を頭の中で繰り返す作業に取り掛かる。
夢から覚めた僕は、すでに夢の中のフレイでもキラでもなく空気のようにその光景を眺めるだけの観客になっていた。
どうか最後に見た唇が紡いだものが、美しい言葉ではありませんように。



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