「女の子って甘いとか、男と違っていい匂いがするとか言うけど、ほんとだったんだなあ」
しみじみ言うと、フレイに「何バカなこと言ってんの」と切り捨てられた。
でもだって、キッチンにこうやって一緒にいる今も、絶えず香りがキラの嗅覚を刺激するのだ。
後ろから腰に抱きついた手を、軽くつねられた。
めげない少年は痛みをこらえて彼女の肩にあごを乗せるようにして、ボウルや粉や卵が並んでいるのを覗き込んだ。
フレイは料理中なので髪を後ろですっきりとまとめている。
うなじが綺麗だな、とかエプロンってそそられるよね、なんて考えているのを知られたらきっと殴られるだろう。
「何作ってるの? ケーキ?」
「んもう、出来るまでまだかかるから大人しく待っててよっ」
彼女は意外なことに(こう言ったらまた怒られるかもしれないが)お菓子作りが得意だった。
お嬢様育ちだから、キッチンに立ったことなんて無いだろうと思っていた。
以前シフォンを焼いた時、驚いた顔をしていたのだろうキラに、フレイはほんの少しむくれた後、悲しみの混じった声で一言だけ「パパのためにね、よく作ってたの。喜んでもらいたかったから」と言った。
しゃかしゃかと手際よくタネをかき混ぜていたフレイが、泡だて器から手を離し何かの小瓶をとりあげた。
茶色いガラスで出来たそれを、ボウルの中に数滴たらす。
どうやら中身の液体も茶色だったようで、クリーム色のタネに点々と模様がついた。
ふわん、と甘い香りが漂う。
キラがその甘さに気を取られていると、フレイが「あ」と声を上げた。
「どうしたの?」
「たいしたことじゃないわ、バニラエッセンスが指についただけ」
そう言って指先の薄い茶色を水で洗い流そうとした彼女の細い手首を、キラは取った。
鼻先をくすぐるバニラの匂い。
胸を焦がすような欲(それは食欲であったり、肉欲であったりした)に突き動かされるようにして、驚いた様子のフレイを他所に、唇を開く。
「ちょっ、やめ」
キラの意図に気付いたフレイの制止も聞かず、その指先を口に含んだ。
「っ!?」
「あーあ……」
しかし。
甘いと思われた予想と反して渋いような苦味と、ぴりりとした刺激がキラの舌に残り、キラは顔を顰める羽目になった。
「〜〜何これ、匂いと味が全然違うっ」
「だから止めたのに。バニラエッセンスって苦いのよ、バカね」
キラから手を取り戻して、フレイは呆れたようにそう言う。
「だって、なんかすごく甘くておいしそうだったからさ……」
まだ舌がぴりぴりする気がする、と舌を出す、そんなキラの口の中に押し込まれる苺。
「むぐっ」
親指と人差し指でつまんだ苺をキラの口に放り込んだフレイは、それこそ甘い微笑を浮かべた。
キラはむぐむぐと果実を咀嚼する。
苺の甘酸っぱさがさっぱりして美味しかった。
「甘そうだと思っても、意外と苦かったりするんだから気をつけなさいね」
「……その忠告、深読みすべき?」
「さあ、どうかしら」
どこか含みのある声に、キラは女の子が甘いだけの生き物ではないことを実感した。



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