「キラの馬鹿あっ!!」
ドアを開けた瞬間、シャワーを浴びてベッドルームに戻ってきたキラの顔に枕が直撃した。
不意打ちだったので食らってしまった攻撃は、柔らかい枕だったのでそれほどダメージにはならなかったのだが、しかし次にフレイの掴んだのが目覚まし時計なのを見て、キラの頬を水滴が伝う。
それは冷や汗だったのか、それとも拭き残した髪の毛の水滴だったのか。
時は朝、まだ寝ているだろうと思っていた(実際キラが起きたときには彼女はまだ寝ていたので)フレイは、今はしっかり覚醒して、しかも何故かとても怒っている……らしい。
かろうじてまだ目覚まし時計による第二撃には至っていないが、このまま行くと時間の問題だ。
シーツの上の脚線美にどきどき、とか色ボケたことを考えてる場合じゃない。
けれど、キラにはフレイの怒っている理由について、さっぱり心当たりが無かった。
何もしてない……と思う。いやナニはしたけど(最低)、昨夜の彼女は普通だった。
では原因があるとすれば、自分がシャワーを浴びているうちに起こった何か、なのではないだろうか。
彼女が投球フォームに入らないのを確認しつつ、枕を拾い上げて、キラは困った顔を作ってみせた。
空調の入ったベッドルームはシャワー上がりの肌を冷やしていく。
「……僕、何かした?」
たとえポーズでしかないとしても、やはりここは訊いておかなくてはならないかと思いながらも、視線は下着姿の彼女に釘付けなわけで、すみません色ボケですみません。
フレイは恨みがましい目で(それでも可愛さを損なわないんだから流石だ)、目覚ましならぬ爆弾を投げてよこした。
「したわよ! 浮気!」
「……ええっ!? してないよそんなのっ、身に覚えないよ!?」
キラはもてる。
端正な顔立ちに優秀な頭脳バランスのいい身体その他諸々、というもてる要素を兼ね備えており加えてどうやら母性本能をくすぐるタイプらしく、そういったアプローチを受けた経験は数えあげたらきりが無い。
しかし。
しかし、だ。
勿論全て丁重にお断りし、ときにはボケたおしてアピールに気付かないフリをし、あるいはさりげなく避けたりし、いつでも彼女一筋ですと公言してはばからない心意気でいたのだ。
それなのに何故その彼女に浮気疑惑をかけられなければならないんでしょうか。
「だいたい、なんでいきなりそんなこと」
「夢よ!!」
「……はい?」
間の抜けた声を上げてしまったのも無理からぬことだと思う。
混乱するキラのことなど気にしないフレイは言う。
「夢で見たの! 夢の中でキラが浮気してたの!」
親父ギャグなら「出演料を貰わなきゃな」とか言う場面だが、キラは普通に返した。
「いやそれって現実の僕に罪は無いよね」
「でも起き抜けにキラの顔見たらむかついちゃって」
「やつ当たりって言わない? それ」
「なによ、浮気しといて開き直る気!?」
目覚ましを構えるフレイにキラも枕を身体の前にかざして、両者膠着。
「だから夢なんだろ!?」
「そうよ夢よ! 夢でも許せないの!」
どうやら彼女も、主張の理不尽さはわかっている、らしい。
しかしわかってはいても割り切れないのだろう。
よっぽど嫌な夢だったんだな、いったいどんなことしたんだよ夢の僕。恨みたくなる。てか恨む。
「でも……そんなこと言われても困るよ、だから僕にどうしろっていうのさ」
他人の夢の中の自分の行動まで保証しろだなんて、正直、お手上げだ。
フレイはようやく目覚ましを下ろしたかと思うと(キラは内心ほっと胸をなでおろした)拗ねたような表情を作った。
ほっぺが赤い。子どもみたいで可愛い。
でもこの状況でそんなことを考えているなんて知れたら間違いなく機嫌を損ねるな。
フレイはベッドにぺたんと座っているので、立っているキラに対して自然上目遣いになる。それがなおさら彼女を可愛く見せた。
「絶対、もう二度と浮気しない?」
もう二度とも何も、一度たりともしたことはないのだが。
それを言うとまた話が脱線しそうになるだろうから心の中にとどめておくのが賢いだろう。
キラは素直に頷く。
「しないよ。誓う」
フレイはやっと嬉しそうに笑った。
「わたしも、しないから。キラだけだから。約束ねっ」
これでフェアでしょ、と彼女は笑う。
冒頭に枕を投げつけた分があるのでまだフェアじゃないとは思うが、彼女の中ではノーカウントらしい。
まあ、貰えた台詞が嬉しかったので黙っておくが。それに、
「……夢に関しては僕も人のこと言えないし」
「なんですって?」
しまった、心の中でひとりごちたつもりが、うっかり声に出てしまった。
我に返っても遅い。一度口にした事実は消えない。キラは失言を慌てて誤魔化そうとした。
「え、いやあの、僕もフレイの夢ならよく見るから、お互いさまかな……って」
「どんな夢?」
彼女は無邪気に問うてくる。
「え、その」
下着姿の彼女には言えない、いや下着姿じゃなくても言えないけど。うふんあはんな性少年の桃色の夢なんて。
ごにょごにょと歯切れの良くないキラに、フレイはピンときたらしい。なんでわかるのさ。
みるみる顔を赤くすると、
「さいってー! キラのえっち! へんたい!!」
臨戦態勢の彼女の手から第二球、目覚ましが投げられた。
――――ストライク、バッターノックアウト。
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