ちゃぷん、とお湯が鳴った。注意すれば換気扇の回る小さな音も聞こえる。
額を流れた水滴を拭い、浴槽に浸かっていたフレイは手を伸ばしてトリィを招いた。
黄緑色の機械の鳥は、嬉しそうに首を動かしてその手のひらに乗る。
「あなた、機械なのに水平気なの? 壊れないのかしら。錆びちゃわない?」
フレイが尋ねると、トリィは短くチ、チと数度鳴いた。
温められて紅潮した肌、湯気が立ち湿気の多い空気の中、フレイはぼんやり微笑んだ。
「お風呂が好きなの? 最近しょっちゅう一緒に入ってくるものね。私は機械、別に詳しくないから良くわからないけど……防水加工、とかされてるのかな」
くちばしを指先でつつく。この機械鳥は、フレイの恋人が親友から貰ったものだと言っていた。
今日のように彼の家を訪れて、抱き合う前にバスルームを使うとき、トリィはなぜかフレイの後をついてくる。
なつかれているのかも、と思うと嬉しくもあり。
「機械の勉強……しようかなあ」
ぽつりとつぶやいた。声音がトリィに語りかけるようだから、ひとり言とは少し違うかもしれない。
まずはパソコン、と指を折る。
フレイは明るく派手で社交的なタイプで、機械より洋服や化粧品のほうが好きだし詳しいのだけれど、それでもパソコンを習いたいと思ったのは、白状してしまえば、恋人であるキラがパソコンが得意だから。
「一応、好きな人の趣味は理解したいって思うじゃない?」
フレイは言って乳白色の湯に顎をちゃぷんと沈めた。少し恥ずかしくなったのだ。
こんな関係になって今更だとは思うが、口にするのはやはりそれなりに照れる。
「それと、ちょっと気になることがあるのよね……この間、シャワー浴びて部屋に入ったらちょうどあなたのご主人様が真剣な顔でモニターとにらめっこしてて、そんな顔で何してるのかしら、後ろから脅かしちゃおうかな、って覗き込もうとしたの。そしたらキラ、私に気付いて慌てて画面を隠したのよ。なんかちょっと怪しくない? 何か私に見られたら困るものでも見てたのかしら。知ってる? トリィ」
フレイが訊いてもトリィは首をかしげてその名と同じ鳴き声をあげるだけだ。
もとよりこのペットが答えるなどとは考えていなかったフレイは、微笑して身体を起こす。
白い肌は血の色が透けピンクに染まり、だいぶ温まっている。
キラが隠しているのがなんなのか気にはなったが、生憎パソコンはユーザー設定でパスワード制限がかけられてしまっていて、キラ以外には使えない。
それ以前に、もし制限がなかったとしても、パソコンのことなどほとんどわからないフレイには操作が出来ないだろう。
出会い系サイトだとか、メールでの浮気、なんてことは――――無いと思うが――――あの隠し様を目の当たりにしてしまうと心配になる。
では、習うとしたら、誰に習えばいいのか。
カガリは無理ね。私よりダメそう。パソコン触ったら壊しそうだもの。
ミリィはいいかもしれないけど、ミリィからトール、トールからキラに話が伝わっちゃいそう。そしたらキラの警戒が強まるわ。
ラクス……は、パソコンって単語を聞いたことあるかも怪しいわ。
となると、やっぱりアスランが無難かなあ……トリィの生みの親だし、機械には詳しいわよね。
ただ、できればあまり借りを作りたくないのよね……。
「うーん、とりあえず保留にしとこうかな。まずは独学で、無理ならアスランに頼めばいいわ」
身体を軽くシャワーで流して、フレイは浴室を出た。後を追ってトリィも来る。
それを確認してからドアを閉め、着替えだしたフレイを、トリィの黒い目がじっと見ている。


――――その日の夜、キラがパソコンのロックを強化したのは言うまでもない。


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