キラフレSSのファイル数が50を越えたので(頑張った、頑張ったよ自分!)記念ということで書きましたよ。
キラ高2、フレイ高1のパラレル。まだキスまでしかしてない清いお付き合い。
お持ち帰りフリーです。でも拍手報告あると喜びます。




りんごのあまい



テーブルには教科書とノートが広げてある。すぐそばにキラの赤ペンが転がされている。お気に入りの私のシャーペンも。その横に、ジュースを入れてストローの差してあるグラスがふたつ。
頭の痛くなるような数式とのにらめっこに疲れて、ようやく休憩を取ることを許された。
キラってば意外とスパルタなのね、だから私はすぐへとへとになって嫌になっちゃうんだけど、成績は実際に上がってるから頑張るしかない。
それに、ちゃんと結果が出ないと、パパに疑われてしまう。きちんと家庭教師をつけてるはずなのにおかしいって。
キラは頭が良くて、特に理数が強くて、どっちかといえば文系の私は、苦手な科目をこうして教わるのが休みの日の『普通』になった。
パパが頼んだ家庭教師なんてとっくに断ったわ。
同じ勉強するのでも、好きな人と一緒にするのと、よく知りもしない人間とするのでは、絶対効率が違うに決まってる。
そうなの、私はパパに嘘をついてるのよ。
今まで私がパパについた嘘なんて、パパが帰ってこなくて寂しくても「平気」と強がったことくらいだったのに、キラと出会ってからは――付き合うようになってからは、嘘が増えっぱなしだわ。

ひとつ年上のキラは、元中学の先輩で、今は高校の先輩だった。
最初は全然知らなくて、友達の噂話で「ちょっとかっこいい先輩がいる」っていうのを聞くくらい。
あと、私にはキラと同じ学年に幼馴染のサイや、テニス部の先輩で友達の(上下関係とか、わりとフランクな部だったの)ミリアリアがいたから、たまに「友人のキラがどうした、こうした」って会話の種になったり、そんな程度でしかなかった(今思うと、ミリィはさりげなく私に興味を抱かせようとしてたんだわ、サイはどうかしらないけど)。
私はそれを、「ふうん、そうなの」とたいした感慨もなく相槌を打ってるだけだった。
それが、キラが卒業するときに告白されて、噂話の中だけだった先輩は、とたんに現実の、生身の男になった。
あのときのことは思い出すと恥ずかしくて照れてどきどきして、そして笑える。
だってキラったらブレザーのボタン全部引きちぎられてたのよ。
せっかく3年間綺麗に着てた制服がぼろぼろで、随分もみくちゃにされたんだろうなって思った。
桜じゃなくて可愛い梅がぽつぽつ咲いてた、3月半ばの雨が降りそうな寒い日だった。
傘を持ってなかったけど、雨が降ったら車を呼べばいい。
式が終わってすぐに、サイのお母様にご挨拶しなくちゃと思って、どこにいらっしゃるのかしらって、講堂を出た私はきょろきょろしてた。
ら、いきなり腕を掴まれた。突然でびっくりして顔を上げたら、私より少し背の高い、可愛い顔した男の子が立ってた。
可愛い顔は、よくサイたちと一緒にいるのを見たことがある顔で、あ、この子が(年上なのにね、子、って思ったのよ)キラなんだって、すとんと飲み込めた。
キラは私の腕を掴んでおいて、我に返ったのか真っ赤になって慌てて離した。
「あ、あのっ」
可愛い。
急に目の前でどぎまぎしだす彼を見て正直な感想。これは噂になるのもちょっとわかるかもしれない。
「なんですか?」
いつまでたってもどぎまぎするだけの彼に、待ってるのも困ったので聞いてみる。
サイたちのところに行かなきゃいけないし、早くしてくれないかな。
キラは、卒業証書の入った筒を握り締めて、何か決意したようにぐっと唇を引き結んで、私を見た。
「ずっと気になってたんだ。君のこと。卒業したらチャンスなくなるから、今日こそ言おうと思って……」
あ。
これは。
「僕とつきあってくれませんか」
泣くんじゃないかと思った。私じゃないわよ、キラよ。
断ったらこの子泣くんじゃないかと思って。可愛い顔が歪むんじゃないかと思って。
私は頷いていた。
「いいわ」
そしたらキラは、すっごく嬉しそうに笑った。
あんまり嬉しそうだったから、私はそれだけで、頷いて良かったと思えたのよ。
カメラがあったら撮っておきたいくらいの表情で、私はもうその瞬間めろめろになってしまった、不覚にも。
周りには卒業生も彼らを送り出す在校生も保護者も先生もあちこちにいっぱいいて、こっちを気にしてるのか見てる生徒も結構いて、告白定番の校舎裏とか桜の木の下とかでもない、全然ふつーの校舎と正門の間の道で、めちゃくちゃ目立って。
だからこの出来事は一気に知れ渡り、卒業するキラはいいかもしれないけどあと残り一年ある私は、それからずっと「有名」が服を着て歩いてるようなものでしたとも。
いつだったかそれについてキラに文句を言ったら、「だって誰かに先を越されるかもしれないって焦ってたから、そういうのに気が回らなかった」そう。
私から言わせれば、キラのほうが真っ先に誰か女の子に告白されてそうなものだけれど。
だいいち、あのボタンがむしりとられた制服、やったのは女の子たちでしょう?
「あれは、式の直後にクラスの子に……」
へえ。
「あ、もしかして、妬いてる?」
妬いてるかどうかなんて教えてあげなかったけど、告白の後には、私たちはお互いの携帯番号とメルアドを教えあった。
サイのお母様に挨拶するのもすっかり忘れて。
そうして、私たちの関係は始まった。

ストローを咥えるでもなく、林檎ジュースの白っぽい黄色を見ながらぼんやりしていると、
「あと5分で休憩終わりだよ」
この部屋の主がそんな意地悪なことを言う。
でも、私もちゃんと勉強はしなくちゃいけないってわかってるから、文句はしまっておく。
うちの高校はレベルが高い。私はパパが入れたがっていたお嬢様学校を蹴って、キラと同じ高校に入った。
パパを納得させるだけの進学校で良かった、そうじゃなかったら絶対淑女教育のためだけの学校に行くはめになってたもの。
受験生の冬、私は頑張って勉強した。どのくらい頑張ったかって言うと、終わるまでキラに会わなかったくらい。
本番のテストを終えたその日にようやく会うことが出来た彼は、しばらく見ないうちに大きくなった気がした。
「背、伸びたね」
そう言った私に、キラはなんて返したと思う。
「フレイは胸が大きくなったね」
もちろん殴ったわ。
在校生は休みだったのにもかかわらず学校に来て終わるのを待っててくれたから、一発だけで許してあげたけど。
離れてる間、不安じゃなかったわけじゃない。
高校は中学よりもっと綺麗な人いるだろうし、私より好きな人ができちゃったらどうしようって、気が気じゃなかった、ほんと言うとね。
でもそれを打ち明けたら、それはキラも同じだったらしい。
卒業式で告白したのは、実は私と同学年の男子生徒への牽制の意味もあったんですって。
なーんだ、一緒だねってふたりで笑って、それからはいつも会った。会えなかった間を埋めるみたいに。
合格発表があって、受かったのがわかってからは、もっと会った。高校に入って、もっともっと会った。
それで週末も、こうして会ってる。
キラの家で。
キラは高校生のくせに一人暮らししてて、誰にも邪魔されないから、休みの日にゆっくりするにはちょうどいい。
外に出かけるのも楽しいけど、キラの部屋に来るのも結構好き。なんていうか、安心する。
キラってパソコンのプログラミングとかに関しては天才的で、高校行く傍ら、その手のお仕事をしてかなりのお金を稼いでるみたい。
私は、バイトなんてしたことない。パパが、許してくれないし。それをいっちゃうと男の子と付き合うのも許してくれてないけど。
内緒にしてまでキラと付き合ってるんだわ、私。ファザコンってからかわれるくらいパパが大好きだった私なのに。
つまりそれはキラがもっともっと大好きだってことなのよ。
なんでそう思ったのかはよくわからないけれど、唐突に目の前の背中にぎゅーって抱きつきたくなった。
ので、有言実行してみた。
私は自分の欲求に結構忠実に生きてるの。まあ、この抱きついた背中の持ち主には負けるけど。
当たり前だけどキラは女の私よりちょっと大きくてごつくて硬い、あと、あったかい。
思いのままぎゅむぎゅむ抱きついてたら、ちょっと困ったようなキラの声が聞こえた。
「フレイ、苦しい」
うるさいわねそのくらい我慢しなさいよ。という意味を込めて、私は視界を覆う背中をあごでつついた。
淡いブルーの、日に透けたら身体の線の影が出来そうな薄いシャツ。
「あんた男でしょ」
「いや、それはそうだけどね」
男だからこそ苦しいっていうか……と、奥歯に物の挟まったような物言い。意味わかんないわ。
でもま、確かに息が出来ないのは可哀相かもね、と思って優しい私(自分で言うわよ文句ある)は腕の力をゆるめてあげる。
抱きついたまま、壁にかかってる時計をちらりと見た。休憩時間、もう終わっちゃうな。
「ねえ、休憩延長しない? 3分でいいの」
「……どうして?」
「もうちょっとこうしてたい。ダメ?」
「ダメっていうか」
「なによ。ケチ」
「そういう問題じゃなくてさ」
「彼女の愛情表現でしょ、嫌なの?」
「フレイ、それ愛情表現じゃなくて拷問っていうから」
やっぱり意味わかんないわ。



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