人は陳腐と笑うだろうが、キラはフレイの笑顔に恋をしていた。
遠くから眺めるだけしかできなかった、欲しくて欲しくてたまらなかったものを手に入れて、やっと近くで見られるようになったのに。
それなのに、どうしてだろう?
手の中に閉じ込めた光は、急速に輝きを失ってしまったように思えた。
キラとフレイの間に曇りガラスのように隔てるものがあって、そのせいだろうか。
それともキラの目自体が曇ってしまっているのだろうか。ぼんやりと流れる涙。
宇宙では涙は頬を流れ落ちず、ただ宙にとどまっている。重力を発生させた区間でなら別だが。
ベッドの端に腰掛けて、キラは俯いていた。
照明は明るくまぶたをさすのに、キラの心はどんどんと暗く落ち込み、ちっとも明るくなりはしなかった。
「キラ」
場違いなくらい可愛らしい声がキラの耳を撫でた。
当然のように隣に座るフレイの肉体の重みが、ベッドの上にしわを刻んだ。
キラは返事をしようとして出来なかった。
肩に何かが乗ったのを感じ、見ると、彼女の頭がそこにある。
ぞっとした。
綺麗だなと憧れていた赤い髪の毛が、一瞬凝り固まった血の色に見えた。
キラが殺した人間たちはみな巨大な機械に乗っていて、生身の肉の感触や血の赤さからは遠かったが、少し考えれば中の人間がどうなったかなんて簡単に脳裏に描ける。
「キラ……?」
いぶかしげなフレイの声が、ざらざらと紙やすりのように引っかかる。
どうしたの、と続くその取り繕った笑顔を見た瞬間、唐突に閃くものがあった。
キラは悟った。
この女は娼婦だ。
「キラ?」
キラの表情の変化をどう受け取ったのか、フレイは己の動揺を微笑で誤魔化そうとして失敗したようだった。
この女は娼婦と変わらない。
こうやってキラに媚びることしか出来ないのだ。男に踏みにじられるために存在する生き物。
だから、キラは彼女をどんな風に扱ってもいい。彼女は娼婦なのだから、それが当然なのだ。
暗い瞳でキラは、女が聞いたら憤死しそうなことを考えた。
乱暴にフレイの肩を突き飛ばし、その上に圧し掛かる。
「ッ!? ちょっと……!」
抗議の声も意に介さず、好き放題に荒く当たる。
悲鳴がキラの肌を浅く切り裂いた。もがくフレイを押さえつけて破くように服を剥ぎ取る。
照明はついたままだ。薄闇の中よりもずっとはっきり、肉の隆起がわかる。震えて脈打つ胸の上下する動きまで。
ごくりとキラの喉が鳴ったのに気付いたのか、フレイは目を潤ませて懇願した。
「ね、ねえ、せめて、暗くして……」
キラはそうしなかった。絶望の影を濃くしたフレイの目を見て薄く笑った。
盛り上がった乳房を乱暴に掴むと、フレイが痛みに呻いた。爪あとを残す勢いで掴む。
彼女の目の端に滲んだ涙を、キラは唇で舐め取ってあげた。
足に触れるシーツは冷え、その温度はキラの心にも移る。
肌の表面は熱くても、それに閉じ込められた心は冷え切って凍えている。
性急に前を開放して、フレイの足の間にこすりつける。行為を覚えてしまっている身体は簡単に反応した。
ごめんね、などと心にも無いことを呟いてみる。
溢れるものを、覆う毛に絡めるように前後させて、二人ともまだお湯を使っていないことを思い出した。
フレイには屈辱だろう。そう思ったからそのまま口にした。
途端に蹴り上げられる彼女のすべすべした足。それを簡単に受け止めて、軽く噛んでやると太腿が震えた。
――――あんな笑顔を愛したのじゃなかったのに。
この時点で、激しく抵抗されていたら殴っていたかもしれない。それとも正気に戻っただろうか?
フレイはキラを受け入れるしかない、抗えない。だってキラの機嫌を損ねて困るのはフレイなのだから。キラには奇妙な確信があった。
たとえ彼女の表情が、「こんなのは嫌」と雄弁に語っているとしても。
肉茎が行き来するグロテスクな眺めで人は興奮することが出来るのだ。なんてバカバカしい。
自分の滑稽さをあざ笑い、フレイの胸についた痕を唇でなぞる。
彼女の身体は、少しでも痛くないように懸命に快感を探しているのだろう。
ふっ、ふっと短い息の間に、キラの潤みと混じってだんだんと濡れてくる部分に、フレイの手を導く。
びくっと彼女の肩が揺れた。
自分で拡げてみせてよ、とキラは囁いた。
信じられないといった顔でフレイはキラを見る。
信じられないことなんて、宇宙に出てから数え切れないほどあっただろう?
細い指がためらいがちにそこにかかり、フレイは灰青の目をぎゅっと瞑った。
「フレイ、フレイ目を開けて」
キラの心を、中でぶちまけてやりたいという直接的で低俗な欲望が支配していた。
ぐいぐいと腰を押し付ける。遠慮の一切無い動きにフレイが悲しそうに眉を歪めるのでさえ、キラにとってはまるで特別な、意味のあることのように思えた。
己の身体の中に男を呑みこむ様をまざまざと見せ付けられる、どんな気分だ。
「あ」
切羽詰った、生々しい喘ぎ声が聞こえた。
「あ、や、いや」
一滴も残さず注ぎ込みたくて、フレイの腰を逃すまいとする。
少し考えれば中がどうなったかなんて簡単に脳裏に描ける、想像は自由に出来る、現実よりももっと嫌なことをいくらでも想像することが出来る。
キラは、自分からごぽりと血泡が音を立てて溢れた幻を見た。
――――あんな笑顔を愛したのじゃなかったのだ。
(05.12.26)
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