湯に浸かったキラは、己の裸の肩にぽつりと赤い出血を認めた。
いつ怪我をしたのだろう。
どこかにひっかけでもしたか、それともぶつけたか。
特に覚えは無い。
その小さな小さな点は、しかしその小ささに比べて確かな濃紅で、キラの目につきささるようだった。
それは彼のよく知る色だった。片時も忘れたことなど無い記憶の中の色だった。
ちろちろと流れる水の音の隙間に、キラは彼女の声を聞き出だした。

「キラ」

もちろんそれは幻聴で、こんなところに彼女が居はしない。そのこともキラはわかっている。
だがわかってはいても、幻でいいから、もう少し彼女の声を聞いていたかった。

「好きよ……好きよ、キラ……」

ぐっとキラの眉が歪む。
あのときの彼女は、それをキラに聞かせるために言ったのではないと、今のキラは思っていたからだ。
彼女はきっと、自身に言い聞かせるために、その言葉を使ったのだと。
彼女の本心はどこにあったのだろう。それはもう二度と知ることの叶わぬ問いだった。
キラは肩の赤い点に触れた。水に溶けて散じると思ったそれは、意外にも消えてなくなりはしなかった。
そこでキラも、ようやくそれが皮膚を破らぬ出血、薄い皮一枚下の部分で閉じ込められた血だということに気付いた。
内側で確かに出血はしていても、表には出てこない、そして痣とは少し違って痛みも伴わない。
キラはそれを、まるで自分の身体が彼女の身体を覚えている刻印しのように思った。

「好きよ、キラ」
「僕もだよ、フレイ」
キラは幻の声にそう答えて目を閉じた。
フレイの言葉とは違って、キラの言葉は、自分の気持ちを偽ったものではなかったのに。



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