母と息子 (作:赤毛の虜囚様)




今日も、また海を見ている。目も眩むような星が瞬き、天の川が天空を横切る。
その下で、絶えることなく寄せては返す波を見るのが僕は好きだ。なぜなら、それは命を育む鼓動だから。

波の動きを凝視する。自分自身まで揺れているように錯覚する。微かな声が耳朶に蘇る。
これは誰の声?

── 揺れてるわよ…… 気持ち悪い…… ねえ、タオル、もうぬるい。はやくう……

その声に僕は少し心を和ませる。それと同時に失ったものを痛感する。

僕は生きている。だけど、心にポカンと開いた穴が、その生の実感を妨げる。僕は、本当に生きているのか? ここにいる僕は、実は良く似た別人じゃないのかな。

「キラ……」
女性の声がした。僕は微笑もうとしながらも微かに表情を歪ませ、振り向いて静かに答えた。
「母さん……」

母さん、その言葉を僕は昔通りの意味では使えなくなっている。そう、知ってしまったから。
コロニー・メンデル。そこであったこと。そして、僕が知ってしまったことを母さんも気づいてしまったから。僕は答えると、また海に視線を戻した。
「キラ、まだダメなの……」
「ごめん」
僕は、そう言うしか無い。

母さんが、そういうつもりじゃ無いのは分かってる。でも、僕は以前通りの顔はできない。
母さん、いや養母さん…… 貴方は知っているから。僕の意味を。

── あまたの兄弟達の犠牲の元に生まれし、最高のコーディネーター。それが君だよ。

僕は、あの人の言葉を思い出した。心が震える。母さんに背を向ける。

「キラ、ラクスさんを呼びましょうか」
「いや、いいんだ母さん。僕は、ここで海を見ている」

「だけど、キラ……」

ややあって母さんは聞いた。

「キラ、あなた、ラクスさんのこと、どう思ってるの?」
「ごめん。まだ僕は……」

僕は、またそう答える。そう答えることしかできない。母さんは、そのまま口を閉ざした。
微かなすすり泣きの声が聞こえた。母さんの気づかいに僕は答えられない。僕は残酷な人間だ。
だから……

── コーディネーターの癖に馴れ馴れしくしないで!

── キラにかなう訳なんてないのにね。馬鹿よねサイ。馬鹿なんだから。

── キラ、守ってね。アイツら、みんなやっつけて。必ずよ、必ず……
   はああ、キラ…… ねえ来て、キラ……

── なによ! 辛いのはアンタのほうでしょ!可哀想なのはアンタの方でしょ!
   なんで私が…… アンタに同情なんてされなきゃならないのよ!

僕の目から涙がこぼれる。ああ、母さん許してください。僕は酷い人間です。
だから、貴方の想いに答えることはできないんです。

── キラ!!

大きな波が砕けた。白い波頭。そのしぶきは涙の飛び散る様を思わせた。

── キラ、嘘…… キラぁ、キラ生きてる…… キラ、キラー!!!

飛び散った、その涙は、満天の星空の中に飲まれて消えていった。

僕は謝らなきゃいけないと思った。僕が見ることさえも許されなかった、その涙に……
その涙のように消えてしまわないうちに。

「母さん…… 母さん」
僕は振り向いた。母さんは既に、そこには居なかった。

「ごめん、母さん」
僕は一人呟いた。また、涙がこぼれた。

── すぐ謝って、すぐ泣いて。可哀想ぶって。なによ!
── キラ、なんで追いかけて行かないのよ。
── あなたのママでしょ。なんで、もっとちゃんと答えてあげないのよ!

ああ、彼女なら、こう叱咤したろうか。それさえも今は……

<トリィ!>
星空を抜けて、トリィが僕の肩に舞い降りた。

<トリィ、トリィ>
明るくさえずるトリィを見つめながら、僕は彼女の明るい笑顔を思い出して、もう一度呟いた。

「ごめん…… フレイ……」




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赤毛の虜囚さんよりいただきました。祭参加ありがとうございます。うわーいキラフレキラフレー。