ア イ ト イ ウ ナ ノ シ (作:PUPIL様)
ぼくを連れ去ってゆくものよ
それに姿をあたえよ
声をあたえよ
ぼくをあたらしく連れ去るものよ
その結果を
遠い岸辺にかかげよ
あらしのなかで
ぼくをそこまで連れてゆけ
「なに、それ」
本。
それは見ればわかる。
キラの手の中にあるそれは、とても薄っぺらく、そして小さい。
こんなものを彼は持っていなかったはずだ。
「整備の人に借りたんだ」
「ふーん」
その薄汚れた革表紙の本には、どれほど小さな字が詰め込まれているのだろう。
キラのページを捲る手が遅い。
「で、何の本なの?」
フレイはベッドに腰掛けて足を組んだまま、質問を続ける。
キラは先ほどからずっと、視線を本に落としたままである。
「ねえ」
「ああ、ごめん」
キラはようやくフレイを見た。
「……えっと、なんの話だっけ?」
フレイは勢いよく立ち上がった。
「知らない!」
「ああ、待って。そう、これ、この本だよね」
「そうよ。難しいの?」
キラがあまりにも真剣な顔で読んでいるから、そういう推測が出たのだが、キラは笑った。
「いや、そういうんじゃないんだけど」
ひらいたままのページにもう一度目を向けて、キラは魔法の呪文を唱えるようにそれを読み上げた。
「ぼくのまだ知らない怒りだ。彼の人にかたちをあたえるものは、いつかこの大河の向こうで、その存在をぼくに示すだろう。それは輝き、それは燃え、それゆえにぼくを連れてゆく。ぼくは引き裂かれ、破片になり、失われてゆくすべてに涙を流した」
「……」
さっぱり意味がわからない。充分に難解だ。
「どう?」
「どうって、詩でしょ」
「うん、そう」
「そんなのが面白いの?」
つまんない。フレイの顔にはそう書いてある。
キラは苦笑するだけでその問いにはなんとも答えず、代わりに謎をかけた。
「……この詩の題、なんだかわかる」
「私に当てろっていうの」
フレイは挑戦的にキラを見て、ベッドに座り直した。
「ヒント」
「単語なんだ」
「他には?」
「続きを読むよ」
「目をそらすことを許されぬその存在、ぼくはふるえながら立ち向かい、一心に叫ぶ。空に鳥はなく、助けの手もない。ただ独り叫ぶ」
「災害」
「はずれ」
「孤独」
「ちがうよ」
「死?」
キラは本を閉じてフレイを見た。
「憎悪」
「近いね」
「じゃあ恐怖」
「うーん」
「……どうだっていいわ、こんなの」
しばらく興味を引かれていたフレイは、すぐに飽きてベッドに背から倒れ込んだ。赤い髪がふわりと広がって散らばる。
「ほんとにわからないの、フレイ」
「しつこいわよ。なんなの?」
「僕には難しくないんだけどな、これ」
「どういう意味よ」
「教えてほしい?」
キラは退屈に苛まれるフレイの相手をするべく椅子を立った。うんざり、と主張するそのとがった唇はまるで、口づけを待っているようだったから。
「別に知りたくないわ」
――答えは君だよ、フレイ。
すべてが意味をなくした後
いのちの姿をしたその奔流が
ぼくをついに向こう岸へと連れ去った
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PUPILさんよりいただきました。幸せ。萌え。私こんなに幸せでいいのでしょうか。ありがとうございました!