「あれ、アスラン。来てくれたんだ」
キラはベッドに横たわったまま顔を上げて、開いたばかりのドアのほうに向けた。
その顔に一瞬横切ったその表情は、アスランが我に返る前に跡形もなく消えてしまって、見間違いかと思うほどだったが、でも――確かにアスランは見た、キラの瞳に浮かんだ何か黒いものと、笑みの形をとりきれずに歪んだ口元を。
「……どうしたの?」
問うキラに、アスランは自分が呆けていたことに気づく。
慌ててキラのそばにより、椅子を引いて腰掛けた。
「いや、……なんでもない」
脳裏にカガリの声がよみがえる。
――――アイツ、もうずっと、ちゃんと笑ってないんだ。いつだって無理矢理笑おうとするだけで。笑えないくせに、笑おうとするんだ。
ああ、カガリの言ったとおりだ。先ほどからキラは作り笑いしかしていない。
それは笑顔になりそこなった、痛々しい紛い物でしかない。
見ていられなくてアスランは視線をそらしたくなる衝動に駆られた。
そんなことをすればキラが不審に思うことぐらいわかっている、そして彼はそのまま心を閉ざし、ますますアスランから離れていくだろう。
だからアスランは口を開いて別のことを切り出す。こちらは当たり障りのない、ただの言葉の羅列だ。
「大丈夫なのか?」
「あ、うん。本当はもう起きても大丈夫なんだけど……熱も下がったしね、歩き回るのもつらくなくなったよ」
「そうか、良かったな」
そう何気なく言ったときのキラの顔の変化に、アスランは目を見張った。



ちっとも良くなんかないんだ、とキラは小さく小さくつぶやく。目の前に座る親友には聞こえないように。
熱の間に見る夢はとろりとして蜜のように甘く、キラは何度となく目をつぶって夢の名残の温度を確かめた。
それももう終わってしまう。丈夫なコーディネイター、それも究極の――――その肉体をどれだけ疎んじたか知れない。
いっそこのまま、眠ったまま二度と目覚めなければいいのにと願ったこともある。
もちろん、自分がまだまだ死んではいけないことを理解した上で。
でもだからこそ、決して望んではいけないものが、欲しくなる。
手を伸ばせと誘惑してくる黒と赤の向こう側を振り切るのに、どれだけの理性が要ることだろう。
「……ああそうだ、カガリがお前に、治ったら買い物に付き合えと言ってたぞ」
キラの思考を引き戻したのは親友の精一杯何気ない風を装った言葉で、だからキラはその声が少し掠れているのには気づかないふりをした。
「カガリが? めずらしいなぁ、そんなこと言うなんて」
本当はカガリの意図もわかる。自分に気を使っているのだ、カガリも……アスランも。
キラは申し訳ないような気になる。大切な人たちに、心配をかけてしまっている。
でも、自分のこの心は、彼らには絶対にわからないだろう。


だって、あの色は何より美しいのだ。

One more time,One more chance          



声が出ないのがもどかしい。せめて目が見えれば筆談ができるのに。
お兄ちゃんと呼んであげることだってできる。
彼――ジョージは、私のことをベリィと呼んだ。
それは彼の死んだ妹の名前。
『君みたいに、綺麗な赤い髪をしていた。両親がそう望んで、作ったからね』
そこで初めて、私は彼とその妹がコーディネイターであったことを知った。
何かの皮肉かしら、と私は奥歯で喪失を噛み締める。
けれど考えてみれば当然かもしれない。
ナチュラルの未熟な技術では、おそらく私は助かっていなかっただろう。
彼は私に何も聞かない。
私も彼に何も話さない。
それでいいと思った。
過去は必要ないのだ。
私は一度死んで、そこに何もかも置いてきてしまったのだ。
憎しみも、悲しみも、怒りも、愛ですら。
空っぽの私は、きっとジョージが望むような妹を造り上げることができるだろう。


だって、もう二度とあの少年、私の感情を唯一取り戻させる泣き虫の少年と会うことなどないのだから。









モドル



ススム