少女は彼女の声でラクスの歌を歌っていた。
よりにもよって一度はラクスを殺そうとした彼女の声で。
ラクスを――――コーディネイターを否定し、握手すら拒んだ彼女の声が、今ラクスの歌を歌っている。

静かな この夜に あなたを 待ってるの

キラはその歌声に足を縫いとめられ大理石の造り物のように立ち尽くしていた。
金の髪を持つ少女はそれ以上先のフレーズには行かず、同じところを何度も繰り返している。

あなたを 待ってるの……

この娘は誰を待っているのだろう、ふとキラは思った。
噴水のふちに腰掛け、ぶらぶらと頼りない足を揺らしているその曲線が美しかった。
キラは震えそうになるまぶたを自覚しながら、ゆっくり少女に近づいた。
また「待ってるの」と歌った少女の後を、キラは継いだ。
「あのとき 忘れた 微笑を 取りに来て」
少女が振り返った。その顔には驚きと困惑、それから純粋な喜びが浮かんでいた。

キラは少女に微笑みかけながら傍らに立つ。
「この歌、好きなの?」
少女はこくりと頷いた。キラは(喋ってくれた方がいいのに)と思う。
「歌うの、好き。でも、歌、あんまり、知らない……」
だから、と少女は続ける。
「この歌、色んなとこから聞こえるから。ステラ、少し覚えたの」
少女の言葉は幼児のようにたどたどしく、語彙はつたないものだったが、それでもその声はまぎれもなく彼女と同じ色をしていた。キラの目頭が燃えるように熱くなる。
「ステラっていうの?」
「うん……ステラ。わたし……」
キラは頭の中でスペルを思い描く。Stella。あるいはStellar?
コーディネイターの脳細胞はたちどころにアルファベットを並び替えallsterという文字列を導き出した。
なんて悪趣味な偶然の一致だろう。
考えすぎだ、と言い聞かせるものの、どこかで願ってしまう自分がいた。
キラの喉がからからに渇いていく。
「ねえ、君、一人? それとも誰かと一緒に来たの?」
「ステラ、スティング、アウル……一緒」
「その人たちはどこ?」
ステラは無言で人ごみの中へ向けて指をさした。
何かの用事を済ませこちらに戻ってくる青年たちの姿を認識した瞬間、衝動的にキラは動いていた。
彼らの口が驚きの形にぽかりと開くのを見ながら、ステラの腕を強く引っ張ると有無を言わせず車の中に押し込み、自分はすばやく運転席に座ると、急いで発進させた。
荒々しい運転に、シートに頭をぶつけたらしい少女が小さく悲鳴を上げるのが聞こえる。
その悲鳴も本当に彼女にそっくりで、キラは歯を食いしばりながらハンドルをきった。



人気の無い岩場の側に来ると、車を端に止める。
開いた窓から潮の匂いの風が流れ込んでくるが、キラはボタンを押してガラスを上げた。
ステラは特に抵抗もせず大人しかった、けれどただ一言「スティングとアウル、置いてきちゃった……」とだけ呟いた。
「大丈夫、あとでちゃんと送ってあげるから」
「だいじょぶ?」
誘拐されたということすら理解できていないらしい少女を、キラは胸の中で嘲笑った。
君はこんな最悪な男に攫われたっていうのに。
「あとで、だよ」
レバーを引くとシートとともにステラの身体も倒れた。
見開かれた瞳が少女に覆いかぶさるキラの姿を映し出す。
しかしそこには、嫌悪も恐怖も無かった。ただ困惑だけ――出逢った時と同じような。
「僕の言うことをきけば、すぐに帰してあげる」
そう言うとキラはわざと少し乱暴にステラの膨らんだ胸を掴んだ。
それは柔らかく、男の指の力で簡単に形を変える。
痛い、と少女は声を上げた。
それこそがキラの望んでいたものだった。だがまだだ。もっと。もっと。
もっと決定的な言葉を引き出さなくてはならない。
「痛い、なに……? これは、なに? なに、するの?」
声は完全に狭い車の中に閉じ込められ、少女自身とキラしか聞く人間は無い。
この声は僕だけのものだ。
露出の多い服を更にはだけさせ、そこに舌を這わせる。ステラからの抵抗はまだ、ない。
「痛いよ……あの……」
言いあぐねている風のステラの言葉の先を察してキラは言った。
「僕は、キラだよ」
「キラ」
「そう」
「キラ。……キラ」
その声に最後の理性の糸がぷつりと切れてしまった。だってこれは彼女の声なのだ。
彼女の声がまたこうしてキラの名を呼んでいる。それでどうして平静でいられるだろう!?
死んでしまいそうな渇望がキラを突き動かした。
まくりあげたスカートの中の下着をおろし指で探る。
性急な動きに驚いたステラが息を呑んだ音が聞こえたが構わなかった。
閉じられたそこを親指、人差し指、中指を使って広げる。ふわふわの柔らかい毛が次第に湿っていった。
「あ、あ、あ」
ぐちゃぐちゃと蜜をかき回す。背もたれに身体を預けた少女の目は快楽に潤み白い喉がのけぞる。
「気持ちい、なに? ど、して? あぁ」
ぬるりとした液体が少女の太ももを伝ってシートに付着した。
だがキラは気にも留めずよりいっそう激しく、少女にとろけるような快感を教えた。
ステラは彼女の声で喘ぎ続ける。
「気持ちいいよぉ、ひやぁああ! あっ、う」
軽く達したらしい紅潮する頬のステラの、ひくひくと息づくような入り口に、昂ぶる己を押し当てた。
少女はぼんやりとキラを見上げる。
その瞳はやはり負の感情などなく透明に澄んでいた。
「……なんで」
キラの喉からとうとう抑えきれなかった声がこぼれた。
「なんで嫌がらないんだ! 抵抗しないんだよ! 泣き叫んで暴れればいい!」
何も知らないような顔をした少女をキラはなじった。おそらくこの娘は本当に何も知らないのだろう。
「キラ?」
「そんな風に僕を呼ぶなっ!」
キラ、キラ、耳元に蘇る彼女の声。
「キラなんて好きじゃない、愛してない、そう言って逃げればいいじゃないか!」
そして僕に思い知らせてくれとキラは願った。そうすれば僕は彼女を――フレイを。
最期のあの瞬間、自分を見てとてもとても嬉しそうに微笑んだフレイはひょっとしたら自分を愛してくれていたのではないかと、そんな浅ましい願いにみっともなくしがみついている僕に、そんな資格がないってことを教えて欲しい。
僕のせいで死んだようなフレイを僕が想っていて良いわけが無いってことを、ちゃんとその声でわからせて欲しい。
キラはステラの肩を強く掴んだ、
「僕を罵れよ、拒絶しろよ、嫌だって言えよ! お前なんか大嫌いだ、死んじまえって!」
――――びくりと肩が反応した。
「死……!?」
ステラの身体ががくがくと震えだす。
尋常じゃないそれに虚を突かれて、キラの目に冷静な色が少しずつ戻ってくる。
「死ぬの……嫌……! こわい、死ぬのだめ……!」
ステラはいやいやと首を振り、怯えたようにしゃくりあげた。
腕を振り回し窓や天井にぶつける少女の手首を取り、キラはそのまま強く抱きしめた。
「ごめん……! ごめん、ごめん、ごめんね……! ごめん……!」
とても怖がりだったはずのフレイが、彼女自身の死の瞬間は何故か穏やかな顔をしていたことを思い出す。
キラは半裸の少女を抱きしめながら、ただひたすらにごめんと言い続けていた。




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