目を開いたら押し倒されていた。




全犯罪の




なんでどうしてこんなことになってるんですか!?
私は叫びそうになった口を慌てて押さえようとしました。
しましたけどもっ、私の上に覆いかぶさっている人が、俺様何様柚木様がですね、すでに両手首ともがっちりとつかんで車のシートに押し付けてるわけなのです。
動きません、ぴくりとも動きません。
さすが重い総金フルートを吹きこなすだけのことはある。
私はじたじたあがこうとしたけど、なにせわけがわからないから、そんな私が先輩に勝てるわけもなく。
パニックになるのは当たり前だと思う。
こんな状況下に置かれて平然としてられる人間がいたら、是非ともお目にかかりたいよ。
そして言うんだ、「代わってくれ」って。
理解不能の事態に脳内はフル回転してるけど、目はまじまじと、私の上にある先輩の顔を眺める。
すごく楽しそうですね先輩。
神よ助けたまえ、ここに悪魔がいます。
思わず胸の中で十字を切る。
別にクリスチャンとかなわけではないんだけど。
でもそんな唇のはし歪んだ悪魔の笑みだというのに、やっぱりこの人は綺麗なんだよね、そんな綺麗な顔が至近距離。
ああ……睫毛長い、肌キレイ、鼻筋整ってる、でもだからといって、流されたら終わりだ日野香穂子。
だってここは天下の往来なのだ。私たちは下校途中の車の中なのだから。
そう、柚木家の車の中ですよ、先輩が、
「一緒に乗らないとどうなるかわかってるよな」……じゃなかった、えっと、
「是非送らせて欲しいな。ダメかい?」と仰ったので私は拉致され……ごほごほ、
先輩のご好意に甘え同乗させていただいてる、柚木先輩の黒くて広い送迎車ですよ。
そりゃ今日も色々あって疲れてたけどね。
先輩の車は高級でエンジン音も静かで眠気を誘うけどね。
ついうとうとしてしまった私のバカ。

「抵抗しないの?」
「抵抗を封じておいてそれを言いますか」
私の反応に、先輩はまたちょっと唇を吊り上げた。何が面白いんですか。私はちっとも面白くありません。
心臓なんかいまにも破裂するんじゃないかってくらいうるさく鳴り響いてるし、なんだか頭がくらくらするし、のぼせそうだしいつ誰が見るかわかんなくてひやひやするしもうだから私なんでこんなことになってるの!
普通科の制服、セーラーのタイに先輩が手をかける。
「……欲求不満ですか先輩」
「このまま絞め殺されたい?」
涙目で首を横にふると、許してくれたのか手が少しゆるんだ。……でも、離してはくれないんですね先輩……。
タイが奪われ、ボタンが、制服の前が開かれ――、って! な、何油断してるの私!
「あ、あああああのあのあの」
「なに」
だから首筋に顔うずめるのはやめてください、お願いですからっ。
「ここ車の中ですよ!?」
「そうだね、それがなにか?」
「なにか……って、道の真ん中じゃないですか! 外ですよ、外っ!!」
「外じゃないだろ、車なんだから」
「そういう問題じゃないです、誰かに見られたらどうするんですか!」
私がこんなに焦って慌ててどきどきしてるのに、先輩はまったくもって平然としていらっしゃいますね。
「大丈夫だよ、脇に止めてあるし」
「え」
そういえば車が動いてない。いつの間に。
「それに外からは見えないようになってるから」
安心して?
そう微笑む先輩の顔はもはや悪魔というレベルを超越して魔王になってるよっ!?
対して私の顔はきっと蒼白になってるに違いない。
「う、運転手さん! 運転手さんがいるじゃないですかっ!」
最後の望み、とばかりに悲壮な声を上げた私に、柚木先輩は神様も裸足で逃げ出すんじゃないかと思う微笑をくれた。そんなものいりません!!
「気づいてなかったの? お前が寝てる間にね、ちょっとコーヒーを買いに行ってもらったんだ」
その言葉にばっ、と運転席を見ると、確かにもぬけのから。
「か、買いにって……どこまで……?」
おそるおそる訊くと、先輩はしれっと答えた。
「駅前通りのスターバックスまで」
先輩がスターバックスを利用することが驚きです、そういうの飲んだことないと思ってました。
じゃなくって!
「なんで車ごと行かないんですか」
「歩行者天国で車は入れないんじゃないかなって言ったんだ」
駅前通りが歩行者天国になるのは土日祝祭日だけです。
今日は学校ありましたよ。平日ですよ。
「そうだったっけ? あまり利用しないから知らなかったよ」
絶対嘘だ。
だってそもそも、駅前通りにスタバがあることを知ってるじゃないですか。
となると、コーヒーは運転手さんをおつかいにやるただの口実で。
となると、別にスタバじゃなくてドトールでもいいわけで。
となると、やっぱり先輩はスタバを飲んだことはないのかも。
そしてここから徒歩で駅前通りに行ってコーヒー買って戻ってくるとなると、それなりの時間がかかるのではないでしょうか。
計画的犯行計画的犯行計画的犯行計画的犯行計画……頭の中で言葉がぐるぐる回る。
「……ということは」
「そういうこと」
だからどういうことですか!
「お前が無防備に寝てるのが悪い」
私のせいだって言うんですか!
「わかったら、大人しくいい子にしてろよ。大丈夫、最後までするつもりはないから」
にっこり。
この上なく綺麗な笑顔ですね先輩。
ですけど、そんな綺麗な笑顔でブラの紐ずらすのやめてくれませんか……。



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