第一セレクションが終わった。
前評判の高かった月森が堂々たる実力を見せつけ優勝し、2位が柚木、そして志水は3位だった。
香穂子は、最下位に終わった。演奏自体が悪かったわけではない。
ただ、彼女の雰囲気があまりにもその場にそぐわなかっただけの話だ。
普通科の制服での参加。
いくら学内とはいえ、コンクールはコンクール。
他の参加者たちは皆正装で臨んでおり、飾り気のない制服姿の香穂子は、舞台で明らかに異質だった。
また、コンクールを観賞に来た音楽科の生徒たちに、はっきりと自分が普通科からの参加であることを見せ付ける形になってしまった。
それは音楽科がほとんどを占めた会場の空気に反発を呼び、自然香穂子は受け入れられなかったのだ。
だがそんなことは、志水にはどうでもいいことだった。志水は順位などに興味がない。
そこにある音楽が全て。そして香穂子の音楽は、志水にとって価値のあるものといえた。
それだけで十分だ。
志水はコンクールに感謝していた。
香穂子の音に、香穂子に。出会わせてくれたのだから。
志水は知らなかったのだ。
コンクールによってもたらされるものが、良いものばかりではないということを。

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第一セレクションが終わったからといって、休んでいる暇などありはしなかった。
次のセレクションはあっという間にやってくる。
それまでに、何を弾くか、テーマも考慮して選ばなければならない。
音楽科の中での香穂子に対する風当たりは日々強くなっていた。
けれど志水はそれを不快に思いこそすれ、同調することは決してなかった。
変わらず彼女に接し続けた。香穂子がもし困っているのなら、自分が力になってあげたかった。
誰かのためにこんなに何かをしたいと思ったのは志水にとって初めてのことで、少しの戸惑いと驚きと、そして喜びとがない交ぜになったような気持ちが心を満たしていた。
香穂子は志水に笑顔を見せてくれた。
しかしその笑顔は、次第に曇っていった。彼女は心無い生徒たちに傷つけられていたのだった。
地を歩く人々は、飛び立とうとする小鳥に石を投げた。
第一セレクションの香穂子の順位は、香穂子を攻撃する格好の口実になってしまったのだ。


屋上へと続く階段で、柚木とすれ違った。会釈だけして通り過ぎた。
彼の音楽はすごいと思う。実際、セレクションでは2位だった。けれどなにか、物足りない。
それはつい最近まで、志水自身の音楽に対して抱いていたのと同様の物足りなさだった。
チェロケースを抱えていない方の手でドアを開ける。
風を頬に感じ、建物の影になっている部分に目をやれば、そこにいたのは見慣れた背中。香穂子だった。
「……先輩?」
びくりと肩がゆれ、振り返った香穂子。
「どうか……」
「なんでもないよ」
なんでもない、と言ったが、一瞬だけ見たその瞳は明らかに涙で濡れていた。
慌ててこすったようで、志水にはばれていないと思ったのだろう。
「どうかしたんですか」
重ねて問うた。
「本当に、なんでもないから」
「でも、泣いてました。なんでもないのに泣くんですか?」
香穂子は困ったように眉をひそめたが、決して目はそらさなかった。
ちらりとさっきの柚木を思い出す。
柚木先輩と、なにかあったんですか?
「あの……ね。これは、ひとりごとだと思って聞いてね?」
「はい」
逡巡の後、香穂子が口を開いた。
志水は頷く。
「すごいなって思った。世界と戦ってる人なんだなって思った。思ったら、なんだか涙出てきちゃって。もう、めちゃくちゃに」
香穂子は微かな苦笑とともにそこで言葉を止めた。
けれど志水にはわかってしまった。
ただもうめちゃくちゃに、好きになってしまっていた。
志水が香穂子に惹かれたように。


日野先輩は、柚木先輩を好きなんですね。


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