種小話ログ


麗なものは、みんな僕の手の中から逃げていく。
大人になるにつれて僕は色んなことを知っていく。
知っていくにつれて綺麗なものは綺麗でなくなる。
潤す雨が、大気中のゴミをいっぱいくっつけて落ちてくる汚れた水滴の粒だって知った。
流れ星が、宇宙を漂うゴミが摩擦で燃えて光っているように見えるだけだって知った。
自分が作られた、穢らわしい人工的に作られた生命だって知った。
この手のひらが、大勢の人びとの血にまみれていることを知った。
優しい両親が、本当の親ではなかったことを知った。
本当の親が、人の欲と業にまみれた科学者だと知った。
憧れていた絵画のような女の子が、血の通った叫び声を持つ少女だと知った。
彼女を手に入れたくなった自分が、どれほど醜い心を持っているかを知った。
ねえ、フレイ。
頬を打つ雨の冷たさはわかるのに、涙の熱さを僕はもう思い出せないよ。
君が泣かないでと言ったから、僕は泣けなくなった。
そのうえ君は、僕が綺麗だと思った君の色も持っていってしまうんだね。
驚いたよ。世界から赤が全部抜けて見えるんだ。
本来なら赤であるはずのものが、全部灰色にしか見えないんだ。
ねえ……フレイ。
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うしてそんなに労わるのだろう。

ひどくしていいのに。ひどく、すればいいのに。
「大丈夫?」なんて言う必要ない。だからやめて欲しい。もう黙って。
本当はあなたの声なんか聴きたくないのよ。

優しく触れられたら、錯覚してしまいそうだ。
自分たちが、普通の幸せな恋人同士だって。
目を開けても、目をつぶっても、もうあなたの顔しか見えない。
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にキスをし、震えるまつげを見つめながら、私はこぼれる笑みを抑えることができませんでした。
父を殺されてから悲しみの涙を流してばかりだった私の心が、この瞬間だけは、喜びで満ちていました。
私は、私の容姿が美しいことを知っています。
男にとってどういうものであるかを知っています。
母譲りの容姿を、父はいつも誉めてくれました。
それは愛されて生まれてきた美しさ、私をとても愛してくれた両親から受け継いだもの、もっとずっと前から続く愛情という名の血によって生まれたもの。
遺伝子をいじって作られた化け物とは違うのです。
この赤い髪も白い肌も、男の目にはとても魅力的に映ることでしょう。
私は今ほど、自分の美しさに感謝したくなったことはありません。
おかげで私は、最高の駒を手に入れることが出来るのですから。
私の目の前のキラは、純粋に見えました。
彼は綺麗な女の子に弱い。
あの化け物の、アイドルだとか言う変な女と一緒にいるだけでもどぎまぎしていた彼です。
私にキスされて、簡単に(あっけないほど簡単に)私の中に落ちてきました。
衝動がまた、私の唇を持ち上げます。大声で笑い出したい。
人をたくさん殺したくせに、純粋だなんて。
私は私が女であることを喜びます。
この化け物に生贄として与えられるだけの肉体を持っている。
そして私は、彼のまつげをぬらす雫を、柔らかな唇を使って吸うのでした。
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気のいい日は嫌いじゃないよ、僕がそう言うと、隣の親友はきょとんとした。
「それは……天気のいい日が嫌いな人間は、あまりいないと思うが」
僕は苦笑する、僕の考えなど彼には理解できない。彼は僕のことを神聖視しすぎている。ラクスを祀り上げる多くのコーディネイターたちと同じように。
彼は僕を穢れないものだと思い込んでいる。彼の中の僕は、いつまでも無垢な子どものころのままの心を持っているのだ。それは信仰に近い。
僕は君の親友という名の神じゃないよ、と浮かんだ言葉を口にしようとして、やめた。きっと彼は友人を作るのが下手なんだろうと思う。だからいつまでも、こんな僕を親友という位置に据えて安心している。
太陽が砂を焦がし、水を温める。肌に光と熱がしみこむ。
僕は上を向いて目を閉じた。まぶたの裏が赤く燃える。僕に流れる血の色と、規則正しく打つ脈をはっきりと感じた。海から吹く風の湿り気が滲んだ汗と混じる。
日焼けするぞ、と親友の声が僕を気遣う。
僕は一旦目を開けた。彼は照り返しが眩しかったのか、下を向いて目を伏せていた。そういえば以前、サングラスをかけていたけれど、あれは変装のためだけではなくて、純粋に日差しが苦手だったせいでもあったんだろうか。

彼は僕がなぜ天気のいい日が好きなのか知らないだろう。
僕は彼の前で平気で目をつぶる。彼が僕を殺せないと知っているからだ。
彼は僕の前で平気で目をつぶる。僕が彼を殺さないと信じているからだ。
僕は彼女の、親友は僕の、幻想でしかない人の形を胸に抱いて、ゆっくりとまつげを下ろすのだった。
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レイ、と名前を呼んでしょんぼりするキラを、呼ばれたフレイはうんざりして見た。
 こんな表情すれば可愛いと思ってるのかしら。……可愛いけど。
「ダメなものはダメよ! 嫌って言ってんでしょ」
「どうしても?」
「どうしてもよ!」
「……どうしても?」
 男のくせに何上目遣いなんてしてるのよ、可愛いじゃないの!
 だめだ、ここで押されたら負けだ。
「今はそんな気分じゃないんだってばっ」
「えー……」
 唇を尖らせて不満げなキラに、背を向ける。
「だいたい何よ、キスしていい? って。あんたって男は、いちいちお伺いを立てないとキスも出来ないの」
 言ってしまってから失言に気付いた。が、もう遅い。
「い、今のは……っ」
 慌てて振り返って訂正しようとしたが、そんなチャンスを、この少年が逃すはずもなかった。
 ちゅ、と小さな音を立てて唇は離れる。
 満面の笑みを浮かべてキラは、
「じゃあ、これからはフレイに訊かないでキスしていいんだよね」
 その笑顔もやっぱり可愛いんだけど、だけど、……憎たらしいので、フレイはキラの脛を蹴っ飛ばした。

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