その他小話ログ(ハウル・ラブレボ・コルダ・野ブタ・ワークワーク)


フィーは穏やかに針仕事をしていた。
帽子を作る手つきは慣れたものだ。なにせずっと帽子屋で働いていたのだから。
しかし、うっかり手元が狂ったのか、帽子に通していた針が指先を刺した。
「つっ」
ソフィーが上げた声は小さなものだったのに、ハウルは耳聡く聞きつけて、すぐさま飛んできた。
どうやらソフィーが気づいていなかっただけで、ずっとこちらを気にしていたらしい。
「大丈夫かい!?」
「大丈夫よ、軽く刺しただけ。血も出てないし、怪我はしてないわ」
「本当? ならいいんだけど」
ハウルはまだ安心できないのか、ソフィーの手をとると指先を検分し始めた。
ソフィーは面食らい、しばしされるがままになっていた。
おそろしく真剣な目をしていたハウルが、ようやく確かめ終わったのか顔を上げる。
「うん、大丈夫だ」
「満足した?」
なら離してちょうだい続きをするから、とソフィーが言う前に、ハウルはポケットから何かを取り出した。
「じゃあ、ちょうどいいし、今から僕が爪を磨いてあげる」
「ええ?」
なにがちょうどいいのかさっぱりわからないが、驚いて見ると、ハウルが持っているのは爪やすり。
目はとても細かく、きらきら光っている。
ソフィーは手を引っ込めようとしたが、ハウルがしっかり掴まえているので出来なかった。
それでも逃げるのを諦めず、椅子ごと後ずさるかのように遠慮する。
「い、いいわよ別に」
「ソフィー、僕はね、美しいものが美しい状態で整えられてないなんて我慢が出来ないんだ」
大真面目なハウルに、どうやらかなり本気で言っているらしいとわかり、ソフィーはやれやれと溜息を吐いた。
そういえばこの人は、美しいことが全ての基準みたいな人だったわ。
「あなたって変なことには手間隙を惜しまないのね」
「変なことじゃないよ、君のことだけだよ」
普段は面倒くさがりなくせに、ことソフィーに関するとたちまち働き者に変貌してしまうらしい。
ハウルがソフィーの指を辿り、爪を撫で始める。
――――帽子を縫うのは諦めたほうがよさそうだ。
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日も城には、ソフィーの怒鳴り声が響く。
「ハウル!!」
「ソフィー、そんなに声を張り上げなくても聞こえるよ」
 大げさな身振り手振りでご登場のハウルに、猛スピードで箒が振り下ろされた。
 軽やかなステップでかわされたソフィーは目を吊り上げてご立腹だが、実はハウルだって今の攻撃には内心冷や汗をかいていたりする。
「あなたまたお風呂に何かしたでしょう! 昨日せっかく磨いたのに、なによあの惨状は! どうしたら一日であんなふうになるの!?」
 さっきソフィーがドアを開けたとき、あちこちに絵の具のような色とりどりのパウダーが散らばっていてこれでもかと床を汚していた。色だけ見ていればまあ綺麗じゃないこともないが、なにせ魔法の道具。どんな作用があるかわからない。
 ぽん、とハウルは手を叩いた。
「ああ、ちょっと新しい入浴剤の実験をして、片付けるのを忘れてたよ」
「そう、じゃあ思い出したのならちょうどいいわ、今すぐ片付けてらっしゃい!」
「ええー」
「ええーじゃありませんっ」
 ハウルは駄々っ子のようにごねる。ごねてダメなら泣き落としだ。
 隙間なくびっしりはえたまつげの下からぽろぽろ零れ落ちる涙は、確かに綺麗ではあるのだけども。
 ほんと子どもなんだから、とソフィーは箒の第二撃の用意をしようとしたのだが、いつの間にかハウルに取り上げられてしまっていた。
 ころっと涙を引っ込めた彼は、
「それよりさ、ちょっとお茶にしない? ソフィーも疲れてるだろ。休んだ方がいいよ」
 誰のせいでこんなに疲れてると思ってるのかしら、とソフィーはその誰かさんを見たが、彼はちっとも悪びれずにこにこしている。どうもハウルには自覚がないようだ。
 しかもそれにソフィーもつられてしまうのだから……やれやれ、ソフィーは諦めのため息を吐いて腰に手を当てる。
「しょうがないわね、ちょっとだけよ。お茶を飲んだらちゃんと片付けてもらうんだから」
「うん、飲んだらね」
 我ながらどうしてこんなに甘いのかしらとソフィーは悩んでしまう。
 恐ろしいほど美しい彼の端正な顔を横目に見ながら、こんな顔で泣かれたり微笑まれたりしたら甘くもなっちゃうわ、とお茶の準備をした。
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前のシスコンは行き過ぎている、と友人に指摘されたことがある。
 行き過ぎなもんか、妹が可愛いのは当たり前なのだ。
 俺の天使、とか素で言えてしまう。鷹士にとって、ヒトミは本当に天使だった。
 生まれてきてくれてありがとう!
 そんな鷹士のヒトミが、ダイエットをすると言った。
 鷹士が思うに「ダイエットなんざしなくてもじゅうーぶん可愛い」のだけれど、しだいに痩せていく妹は、磨き上げられた宝石のようにキラキラした女の子になっていった。
「私、もっと可愛くなれるように頑張るね!」
 そう言って笑うヒトミ。彼女が嬉しそうだと鷹士も嬉しかった。
 でも、ふとした瞬間、訊きそうになってしまう。
 誰のために頑張ってるんだ? お前は誰のために可愛くなろうとしてるんだ?
 もし好きな男のためだったりなんかしたら、鷹士はきっと立ち直れない。
 それでなくても、同じマンションの住人たちには『かっこいい男』が揃っている。
 もしやあの中の誰かが、と疑いはじめたら眠れなくなる夜もあった。
 他の男にヒトミをとられるなんて、考えただけで頭がおかしくなりそうだ。
「……いや、おかしくなったらダメだな。ヒトミを守れなくなる」
「ん? 何か言った、お兄ちゃん?」
 料理中の妹の背中に「お前はエプロン姿もなんて可愛いんだろうと思って」と答えながら、鷹士はこんな日々がいつまで続くのだろうと考えていた。
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でいいんですか、と不安げに訊かれたとき、和樹は悲しかった。
 自分の想いは充分に伝わっていなかったのかと思った。
 だって、和樹がどれだけ香穂子のことを好きかわかったら、香穂子が心配する必要なんてまったくなくなるのだ。
 自分でも、なんでこんなに好きかなぁ、と思う。好きすぎて感動して泣けちゃうくらい好きなのだ。
 他の女の子を見ても、それは「他の女の子」でしかなくて、それは、香穂子ではなくて、香穂子でなくてはダメなのだ。
「香穂ちゃんが好きだよ」
「……」
「香穂ちゃんがいいんだ」
「……」
「香穂ちゃんじゃなきゃ、だめなんだ」
 香穂子は唇を噛んで、泣きそうな表情をした。
 ひょっとして断られる? その考えが頭に浮かんだとき、和樹はショックで目の前が真っ暗になった。
「もう、やめてください」
 香穂子の言葉に、ずがーんと頭を殴られた気がした。あ、やばい、ぐらぐらする。泣きそう。
 潤みかけた目にそれでも、口元を手で覆った香穂子が見えた。
「それ以上言われたら、嬉しすぎてどうしたらいいかわからなくなる……」
「え!?」
 火原和樹復活、恋する男は現金で倒れるのも早いが立ち直りも早いのだ。
「あ、あの、それって、いいよ……って、意味?」
「……はい」
 はにかみ笑顔の香穂子の可愛いこと、和樹はたまらずにぎゅうっと香穂子を抱きしめた。
「やったー!!」
「せ、先輩」
「これからよろしくね! おれ、君のことすっげえ大事にする!」
 世界中にファンファーレを吹いて回りたい気分だ。
 とりあえず帰ったらトランペットを思う存分吹きまくってやる。
 兄にうるさいと怒られたってかまうもんか。
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「あのさ、デートしませんか」
 自分の中にあるありったけの勇気を振り絞って、彰はそう切り出した。
 好きな女の子をデートに誘うのにこんなに勇気が要るのか、他の男と戦うときのほうがよっぽど気が楽だ。
 彰の好きな女の子は、面食らっているのか何も言わない。
 いや、面食らっているだけならまだいい。
 この沈黙の理由が、どう断ろうか迷われているせいだったらどうしよう。
 焦った彰はぺらぺらとまくしたてる。
「ほ、ほら、前に野ブタがシッタカとデー……出かけたときさ、ちょっと嫌な思い出になっちゃったんじゃないかって。そんでさ、もし野ブタにとってあれが初デ、デデデ……デー、トだってことになったらなんかもったいなくない? 本来初デートというものは、記念すべき、楽しい日のはずっしょ。だからさ、初デートのやり直しってことで。……DO、でぃすか?」
 心臓がバクバクする、自分で言ってて言い訳みたいだ。いや実際言い訳なのだが。
 本心は、ただ彰が彼女とデートをしてみたいだけ。
 信子がぽそりと喋った。
「……二回目なのに初なの?」
 言葉がちゃんと返ってきたことに彰はほっとしつつ、
「家族とのちゅーが初ちゅーにカウントしないのと同じで、ああいうのも初デートにカウントしないの!」
 信子は、そうなんだ、とちょっと笑った。
 それだけで彰はどこまでも舞い上がれてしまう。
 ぺこりと信子がお辞儀をする。
「うん。よろしく、お願いします」
 ああ俺いまなら空だって飛んじゃうよ、と思いながら彰は、
「俺さ、頑張って記念すべき楽しい日にするから! ぜってぇ!!」
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前の少女はぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございました」
 レオにしてみれば、何故この少女が自分に礼を言うのかわからない。
 だいたい、彼女のために奔走したのは自分ではなくシオのほう。命を懸けたのは赤き血の神である少女のほう。
 自分は、あの戦いにおいてほとんど役に立たなかった――立てなかった。
 そのことを思うと、不甲斐なさに、ぎりりと奥歯が鳴る。
「レオさん?」
「俺は……何もしていない。俺のアシャを喰いやがったシオについてきただけだ。礼を言われる筋合いは無い」
 握ったこぶしには、神の赤き血を受けたために、常人の何倍もの力がこもってはいる。
 だが、活かすべきときに活かせなかったのでは、なんのための力だ。
「それどころか、お前を殺しかけた。それも一度では……」
 初めは偏頭痛を止めるために血を欲し、必要ならば彼女の全身の血を祭壇に捧げさせるのも厭わないと思っていた。
 自分の望みのためなら命を奪ったって……そう考えていたのだ。
 少女はにこりと笑う。それは正しく神にふさわしい慈愛の笑みだった。
「私がシオくんにと血を流したとき、レオさんは最後までやらせてくださいました」
「だがっ……お前はそのせいで死ぬかもしれなかったのに」
「ですが、こうして生きています」
 ね、と神は胸に手を当てる。
「レオさんのおかげで、私は後悔せずにすんだんです」
 その笑みを見ながら、レオは神という存在は本当にいるのだなと思った。
「だから、ありがとうございました」
 レオに感謝を示す少女。
 ヨキと戦ったとき、護神像が何故神の形に変化したか、その答えがここにあった。

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