「今日はしねえかんな!」
 とうとう言ってやった。
 翔はどんと仁王立ちし、ぐいと胸を反らし、びしと指を突きつけ、ふんと那月を睨みつける。
 いつ宣言しようかと、朝からずっとタイミングをうかがっていたのだ。
 なかなか言い出せず、結局ベッドに入る前ギリギリの夜になってしまったが。
 那月はなぜ翔が突然そんなことを言い出すのかわからない、といったようにきょとんとした表情を浮かべていた。
「翔ちゃん……。もしかしてあの日ですか」
 あの日ってどの日だ? と首をかしげかけ、途中でその意味に気づいて一瞬で顔から火を噴いた。
「ちっ、ちっげーよバカ! 俺は男だっつうの! んなもんあるか!」
「じゃあどうして? 具合でも悪いの、翔ちゃん」
「そうじゃねえけど……とにかく疲れるししんどいし身体ぎしぎしいうしゆっくり寝てえし、」
 翔も那月も学生の身分だ。平日は授業があり、次の日に支障が出ないようにと、そういうことをするのは決まって週末だった。
 だが、休みだからといって決して翌日に響いていいというわけではない。
 一週間我慢しているからか、那月はいざおあずけが解除されると、箍が外れたように激しく翔を抱く。抱き潰されるかと思うくらいしつこい。
 いつもいつも好き勝手いいようにされて、泣きながら意識を飛ばしたことも一度や二度ではなかった。
 そんな那月に付き合っていたら、翔の身体がもたないのだ。
 朝目覚めてもベッドから起き上がれなくて、午前中ずっとだるさを引きずることになるのはほぼお約束だった。
 それに、問題は疲労だけではない。
「つうかお前、無駄にでけえんだよっ。そんなの毎回突っ込まれる俺の身にもなりやがれ。いってえんだっつうの!」
「あー、翔ちゃんの穴ちっちゃいですもんね」
「ちっちゃいって言うな!!」
 ごほん。
「とにかく、あれだ。今日はなしだ」
 たまには健全に過ごす週末があってもいいと思う。
 一連の主張を終え、そういうことだからと自分のベッドに潜りこんだ。
 ……ぎし、とベッドが沈む。ぎし?
「って、なんでお前までこっちくるんだよ!? 自分のベッドで寝ろって……」
 振り返れば、那月がベッドに手をついて覆いかぶさるように翔を見おろしていた。
「つまり翔ちゃんは、僕のを受け入れるのが痛いからしたくないってことですか?」
 う。
 那月の口からそういう類の言葉が出ると、似つかわしくないせいでかえってものすごくいやらしい気がする。
「……そうだよ、だから……」
「じゃあ、もっとよく慣らさないといけませんね。入れても痛くないくらい、時間をかけて解しますからっ!」
 今なんだかとてつもなく不穏なセリフを吐かれなかったか?
 理解が現実に追いつく前に、翔は掛け布団を引っぺがされていた。
「のわ!」
「今までずっと痛い思いをさせてたんですね、ごめんなさい……。でも今日は大丈夫ですよ。優しくします。まかせて」
「そのセリフがすでに大丈夫じゃね、えええぇっ!?」
 声が裏返り、身体もくるんと裏返される。起き上がる前に後ろから抑え込まれた。
 え、ちょっとこれマジでやばくね?
 危機感がようやく脳に到達し、焦ってももう遅い。
「っちょ、那月! おい! やめろ!」
「だめです翔ちゃん、暴れたら痛いですよー」
 脅しか。
 那月はやや抵抗の緩んだ翔の腰を持ち上げ、パジャマのズボンと下着を一緒にずり降ろした。
「ひっ!」
 下半身を外気に晒され、翔は息を呑んでシーツを握りしめた。
 背中のほうで何かの蓋を開けるような音がして、濡れた冷たい指が翔の尻に触れる。
「つめてえっ!」
「ごめん翔ちゃん、すぐ馴染むから、我慢して」
 お前本当に悪いと思ってないだろ!
 とろ、と粘度の高い液体を塗りつけられている。
 これまで何度も使ってきたから知っていた。滑りを良くし、負担を軽減するためのローションだ。舐めても問題がないようにと、メープルシロップを素材とした甘ったるいにおいのやつ。
 指がゆっくりと穴の周りをなぞる。翔は震えながら耐えた。
 そこの弾力を確かめるようにくにくにと押され、背筋がぞわりとした。
「……っ」
 軽く押し込んでは離し、押し込んでは離しを繰り返す。
 そこが次第に柔らかく沈んでいくのがわかって、翔は枕に顔をうずめたくなった。
「翔ちゃんのここ、本当にかわいい……」
 そんなところを誉められて喜ぶ人間がいると思うのか。
 那月の視線を遮るものは何もなく、じっくり見られているかと思うと否応なしに顔が熱くなる。
 これが初めてというわけではないので今更かもしれないが、恥ずかしさはいつまで経っても消えないのでしょうがないだろう。
 しまいにゃ泣くぞ。
「そろそろいいかな……じゃあ、入れますね。痛かったら言ってください」
 言ったからってどうせやめないんだろう。
 翔は肺から息を押しだし、なるべく身体から力を抜いた。
「ぅ……っ」
 ゆっくりと細い指が入ってくる。内壁を探るようにじりじりと進む。
 翔の手はベッドの上に伸ばされ、拠り所を求めるように枕を掴んだ。
「翔ちゃんの中、すごく熱いけど、大丈夫ですか?」
「し……るか、よっ」
 途切れ途切れに答えた。
 枕を引きよせて胸に抱え込む。
 とん、と指の根元がつかえて、一本全てを入れられてしまったことを知る。
「っ、……ん」
 自分の身体が那月の指を締め付けているのがわかる。
 長くて綺麗な那月の指。
 それが今、翔の中にあるのだ。
「動かしますね」
 こく、と翔は頷いた。
「あ……」
 指が内側の壁に触れる。
 中を拡げるようにゆっくりとかき混ぜられ、翔の背にぞくぞくとさざなみが走る。
 翔を気遣ってか指はもどかしいくらい慎重にしか動かず、
「あ、翔ちゃん、腰揺れてます。じっとして」
「……っ!? な、」
 そんなつもりは全くなかったのに。
 翔の頬がますます熱を持つ。くそ、那月のせいだ。
 じわりじわりとかたつむりの這うような速度で煽られる。
 このままこんな調子で続けられるのだろうか。それに自分は耐えられるのか?
 那月が本当に純粋に翔のことを思って、なるべく急がず進めてくれているのはわかる。だが、これでは焦らされているようで辛い。
「な、つき」
「どうしました? あっ、痛かったですか?」
「ちが……。いい、から」
「えっ……?」
「二本目、入れて、い、から……っ!」
 ああ俺、どっか、ネジ飛んでる。
 そう思いつつも、言葉が喉からこぼれるのを止められなかった。
「ひっ……!」
 ずるりと指が抜かれて、びくん、と身体が跳ねる。
 一呼吸置いて、先ほどより幅を増した質量が捩じ込まれた。
「あっ、んぅ!」
 体内を押し広げられる感覚。与えられた刺激に震えてしまう。二本の指が、翔の後孔を犯していた。
「ひくひくしてますよ、翔ちゃん」
「い、っちいち、じっきょう、してんな……っ」
「でも、痛くないかどうか心配ですし……」
 くちっ、と指が小さな音を立てる。
「んっ……うぅ」
 ふ、ふ、とぶつ切れの息をした。人差し指、と中指。そうっと開かれて、ばらばらの方向に動く。そうやって中の空洞を広げていく。那月を受け入れる準備だ。
「翔ちゃん、耳が真っ赤です……。苦しいんじゃないですか?」
 そうじゃない、察しろバカ! デリカシーねえな!
 文句を言いたくても、口を開けば甘ったるいあえぎ声しか出てきそうになかった。
「苦しいなら、声、我慢しなくてもいいんですよ……?」
 那月の優しい声が耳から入ってくる。蜂蜜のようにとろりと垂れて、翔の理性を浸してしまう前に、翔はふるると首を横に振った。
「っ、は……」
 くち、くち、と粘液の音がする。自分の奥から響いてくるなんて信じられないくらいいやらしい音が。
 それなのに那月の声はどこまでも優しげだった。
「恥ずかしがらないで」
 恥ずかしいことをしているのにそれは無理だ。
 体温は上がりっぱなしで、そろそろどこかから溶けだす気がする。
 ことさらゆっくりと指が抜けていき、また同じ速度で差し込まれる。ひたすらにスローテンポな往復運動。気が遠くなる。
「っはぁっ、……あ、……ぅくっ……」
 言わない限り、まだしばらくはこのままなのだろう。
 しばらく? それはいつまでだ?
 翔の中にはもっと気持ちの良い箇所があるのに、指はそこを掠めるばかりで本格的に弄ってはくれない。前だって放置されたままだ。いつのまにか勃ちあがって切なく揺れるそこを握りこんでしまいたい。
「な、つき……っ」
 はぁはぁと荒い息の下からなんとか絞り出す。
「はい、なんですか」
「もうちょっと強くても、平気、だから」
「そう……ですか? このくらい?」
 くっ、と曲げられた指が中の壁を押した。ぴくん、と身体が反応する。
 そこをもっと押し込んでもらえたら、きっとすごく気持ちがいい。
「もっ、と……強く」
「えっ? ええと、じゃあ……」
「っああ……っ!?」
 ぐうっと押されて、背中に力が入った。
 ぶるぶると震える身体で枕にすがりつく。
「わっ、翔ちゃん大丈夫? ちょっと強すぎましたか」
 こいつのこれは新手の言葉責めなんだろうか……。
 与えられた快感の余韻にぼうっとする頭で翔は思った。
 すでにかなりの体力と精神力を消耗している。いつもよりもずっと疲れかたが激しい。これだったら普通にしたほうがよっぽどマシだった。
「うーん、翔ちゃん辛そうですし、やっぱりもっとゆっくりやったほうがいいですかねぇ?」
「っ!?」
 呟かれた言葉に、翔に戦慄が走った。
 お前がゆっくりやってるから辛いんだよ、これ以上のろのろやられたら死ぬ。勘弁してくれ。
 しかも何もかもいちいち要求しないとしてもらえず、羞恥心も限界だ。むしろさっさとやって終わらせてくれる方がいい。
「でも、だいぶ柔らかくなってきましたよ」
 ぬるん、と指がぎりぎりまで引き抜かれて、翔は悲鳴を噛み殺した。
「ね? ほら」
 那月は広がっている縁を指の腹でなぞるようにぐるりと回転させ、翔に知らしめた。
 その声はどこか誇らしげだ。
 翔がこんなにも恥ずかしくて泣きそうになっているのに、だ。
 バカ。バカ那月。
「じゃあ、も、いいだろ……」
 息も絶え絶えに意見すると、
「まだだめです! 念を入れてもう少し解さないと」
 ローションを足されて、再び指を埋め込まれる。
 圧迫感が強く、中を大きく押し広げられる感じがした。少し苦しい。
「んっ!」
「翔ちゃんすごい、三本入りました……!」
 嬉しそうに報告されてもちっとも嬉しくない。
 ぐちぐちと中をかき混ぜられて、断続的に背中が跳ねる。三本をばらばらに動かされるとたまらなかった。
「ひあっ、あ、ぅあっ、……あっ!?」
 ぬる、と湿った温かいものが後孔に触れた。
 うそ、だろ、そんな。
 翔は信じられない思いで後ろを振り返った。
「なっ、なつき、なにして……っ!?」
 那月のふわふわした頭が翔の尻のあたりで揺れている。
 指で広げられたところに那月の舌が差し込まれ、くちゅくちゅと音を立てて舐めていた。
 そんなところを舐めるなんて汚い、恥ずかしいと思うのに、ぬるりとした柔らかな舌で舐められるととてつもなくぞくぞくして、翔は泣き声混じりに喘ぎながら身体を震わせ続けた。
 那月が何かに気づいたように動きを止める。
「ああ、前がはちきれそうじゃないですか。気づいてあげられなくてごめんね、翔ちゃん。一度出した方がきっと楽ですよね」
「――――……っ!!」
 後ろを弄られながら、前にそっと触れられた。
 頭から貫かれるような快感に、びくんと一際激しく跳ねる。
 ずっと放っておかれたそこはいつの間にかぽたぽたとはしたなく滴を滴らせていて、少し那月に触れられただけであっけないほど簡単に精を放った。
 意識が真っ白い光に呑まれる。
「っ……はぅ……」
 ぜえぜえと肩で息をすると、ころんと涙の粒が頬を滑り、抱えている枕に落ちた。
 もうだめだ。
 一度堰を切れば止まらなかった。
「うっ……うー……」
「翔ちゃんっ!?」
 翔の嗚咽に気づき、途端に那月はおろおろとうろたえ始めた。
「え、え、痛かったですか? 苦しかった? どうしよう、翔ちゃん、翔ちゃん泣かないで……」
 ひくりとしゃくりあげる背を、気づかうように何度も手のひらが撫でるので、余計に翔の涙は止まらない。
 ぼろぼろとこぼれる涙を拭いもせず、翔は横目で那月を睨んだ。
「お、お前がっ、」
 ひく、と喉が鳴る。
「お前がじらすから悪いんだろ! ねちねちねちねちいつまでもいじりやがって、いいかげん、入れろよ……!」
 そうだ那月のせいだ、那月のせいで、図らずもこんな恥ずかしいおねだりまでする羽目になってしまったではないか。
 ぐすぐすと泣きながら那月をなじっていると、がしりと腰を掴まれた。
「へっ」
 ずっ、と熱い衝撃が来た。
「ひ、あああぁあ……っ!?」
 全く身構えていなかった翔は、予想外のことに喉をのけぞらせて絶叫した。
 無防備な部分を一息に突き刺されたような、一瞬で細胞を沸騰させるような、重たい衝撃だった。
 意識と身体の正常な神経接続を取り戻せないまま、背中に那月の身体がのしかかってくる。
「……ごめんなさい、翔ちゃん。ごめんなさい。僕ももう、我慢できないみたい、です……!」
 余裕がないと分かる早口で翔の耳に告げると、那月は翔の腰をさらに引きよせてきた。
 奥深くまでを貫いて、それでもまだ奥を犯そうとでもいうようにぐいぐいと密着してくる。
 那月が自分で言ったように、臨戦態勢になっていたのをずっと我慢していたのだろう。
「っ、してましたよ! 翔ちゃんのえっちな姿に、僕が煽られないわけないんですから……っ」
 どこか幼さすら感じる言葉の選び方をするくせに、言葉を紡ぐ声はものすごくいやらしい。
 那月の性器が翔の内側をこじ開けて、弱い部分を何度も突く。繋がっているところから燃えるようだ。
「んっ、あ、な、つきぃ……っ」
「はあっ、翔ちゃん、痛くないですか、ちゃんと気持ちいい、ですか……っ?」
 ぐ、ぐっ、と腰を送りこまれる。
 そこから生まれた快感が身体を走り、あちこちで爆発した。
 泣きながら突かれているから苦しいのだが、確かに気持ちよかった。
 ぽふ、と枕を叩く。
「おまえ、が、じぶんのめ、で、たしかめろ」
 もつれる舌で、乱れる息で、けれどはっきりそう言った。
 言い終わるや否や、くるんと身体を反転される。
 中が擦れてちょっとした衝撃に歯を食いしばった。
 翔を見つめる那月の目は、温度の高い生クリームより甘くとろけている。
「よかった。翔ちゃん、すごく気持ちよさそう」





イベントの無配本でした そうですタイトルはtgmsのあの曲です…