「ホークアイさんは王族がお嫌いでしょう？」
真っ向から問われて――いや、問うというより事実を確認するような物言いだ――砂漠の盗賊は答えに窮した。
こういう、堂々と正攻法でくる相手はやりにくい。
ホークアイは相手を翻弄、撹乱して惑わし、かわし、煙に巻く。
そうやってあしらうのを得意としてきたから、それらの手の通じない(通じてもこちらが罪悪感を覚えてしまうのだから最悪の相手だ)リースのような清廉潔白なお姫様は苦手だ。
ホークアイの答えを待っているようにじっとこちらを真っ直ぐに射抜くリースの目は、安っぽい宿屋において非常に場違いだ、という思いを周囲に抱かせるほどに美しかった。
リースの指摘は実際真実で、ホークアイは王侯貴族というものが大嫌いだ。軽蔑すらしている。
その日を生きるために固いパンすら盗む子どもたちの苦労など知らず、そういう人間たちから巻き上げた税金で自分はぬくぬくと暮らし、さぞかし贅沢三昧なことだろう、というのがホークアイの彼らに対する認識だった。若干偏見も混じってはいるが。
そしてリースは、そのホークアイの嫌いな王族だった。さらに言うなら、ホークアイの仲間たちが滅ぼした国の、王女。
リースだけではない、こうして共に旅をしているシャルロット(今はベッドの中だ)だって、光の司祭の孫娘、なんていうご立派な肩書きを持っている。庶民とは比べ物にならない、ましてや盗賊であるホークアイとは天と地ほど身分の隔たりがあった。
本来ならこうして対等に話をすることさえ出来なかっただろう。
リースはアマゾネスのリーダーであり、風の王国ローラントの気高き王女だ。
そのリースが、あなたは王族が嫌いでしょう、と言う。
そこにどんな意図があるのか、生憎ホークアイは読めなかった。相手の心理思考を読む洞察力にかけては一級品と自負する己なのに。
内心の焦りを押し殺しながら、ホークアイは形の良い唇を開いた。こうなれば自分も正面から行くしかないと覚悟したのだ。
下手な誤魔化しや小細工は、リースの不快感を煽るかもしれないが、効果的ではない。わかっているなら避けるべきだ。
ここは、本音を、彼女の欲しがっているだろう真実の声を与えてやろうじゃないか。
「ああ、嫌いだね。王族なんて、大っ嫌いだ」
吐き捨てるように言う。さあ、彼女はどう返す？
「私も、泥棒は嫌いです」
リースの声は、その言葉の不穏さと裏腹に、予想外に淡々としていた。
ホークアイの眉間に不快から生まれた皺ができる。
ホークアイは彼の故郷、ナバールをとても愛していた。
たとえ今はああなってしまっていても、それでも彼の大切な場所、誇りであることに変わりはない。必ず取り戻してみせると誓った。
それを貶められては黙っていられない。
「喧嘩売りたくて俺に話ふったの？」
普段のホークアイはどちらかといえば女には甘すぎるくらい優しくしてやるけれど(そしてそれはここのところ特にリースに対して発揮される優しさであったけれど)、ナバールを持ち出されるとそんな余裕も霧のように消えた。
「いいえ」
あくまでも静かに――そう、ベッドの脇で穏やかなオレンジ色に光っている灯りのように静かに、リースは否定した。
「ただ、ホークアイさんが王族を嫌いなように、私も泥棒は嫌いです」
「砂漠のナバールは、富んだものから盗み、弱き者に与える義賊だ。私利私欲で動く薄汚いそこらの盗賊と一緒にしないで貰いたいね」
「そうでしょうか」
リースは冷静だ。
「義賊といえど、盗みは盗みです。正当ではない手段で行われた慈善は、そこに必ずなにがしかの禍根を残すのではないでしょうか」
「やっぱり喧嘩売ってるだろ。違うっつわれても信じられないぜ」
ホークアイは完全に頭にきていた。指摘されれば確かにリースの言うことにも一理ある。
どんなに取り繕ったところで盗賊は盗賊、卑しい行いに代わりはない。
けれどそれをあっさり認めることが出来るほどには、ホークアイの中のナバールは小さいものではなかった。
リースには負い目もある、個人的に好ましく思ってもいる、ふと、なんだか恋というものに本気になってしまいそうな己を自覚して、苦笑する瞬間もある。
だが今この瞬間は、ホークアイはリースに純粋に殺意に近い衝動を抱いていた。
「で、結局何が言いたいんだ？　つまり俺が嫌いって？」
返答しだいでは彼女を傷つけることになるかもしれない。
愛用の武器、アサシンダガーの切っ先のように鋭く喉元を狙うホークアイの声音に、しかしリースは怖気づいた様子もない。
むしろ驚いたようにきょとんとしている。
「どうしてそうなるんですか？」
「は？」
今度はホークアイが驚く番だった。怒りで尖らせた刃をくじかれる。
あれほど聞き捨てならない台詞を散々吐いておきながら、この穏やかさは何だ。
「私は泥棒は嫌いですけど、ホークアイさんが嫌いなんて一言も言ってませんよ」
「……はぁ」
そりゃありがとう、とか返すべきなんだろうか……とぼんやり思う。どうもこの娘のテンポはわかりづらい。
ついていくのに苦労を要する。
「泥棒は嫌いですけど、ホークアイさんは好きです。ホークアイさんがいい人だってこと、ずっと一緒にいてわかりましたから」
「――っ！？」
不覚にもホークアイは戸惑った。そしてそれがそのまま表に出てしまう。ああくそ、装っていたポーズが崩れっぱなしだ。
「だから、私のことも私自身に対して評価してください。王族とひとくくりにするのではなくて、その中の一人でしかないわたし、を見てください。ちゃんと」
そのあと、「私を見た結果、嫌いになられてしまったら仕方ないんですけど」と少し笑ってつけたす。
ホークアイはリースから目をそらさず、リースは「ホークアイさん？」と尋ねてくる。
「――――そんなの」
王族だとか関係なくリース自身を見ているなんてそんなの、
「もうとっくにやってる……」
王族は嫌いだ、でもリースは。



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