普通逆じゃない、とホークアイは思った。夜、自分の部屋の扉をノックしたリースに。
思ったまま、夜這いなら男からだろ――と軽口を叩こうとして、やめた。
彼女の機嫌を損ねたいわけではないし、そういう風に茶化すことのできないほどシリアスな雰囲気を感じ取ったからだ。
「シャルロットは?」
仲間である、小さな(これを言うと本人は怒るが)女の子がどうしているか尋く。
今日とった部屋は二つ、一つにはリースとシャルロットの女性組が、そしてもう一つにはホークアイが泊まることにしてあった。
昨日は野宿だったから、それを鑑みればこの状態は天国のように思える。
「もう寝ました。疲れていたみたいだったし」
静かな応えが返ってくる。夜の闇にそっとしみこむ白い光のような、落ち着いた声だった。
「そう。それで、リースは……何しに来たの?」
意識してゆっくりと言葉を紡いだのは、そうしないとこの空気を壊してしまうかもしれなかったせいだ。
ホークアイはベッドに座ったまま、ドアの前に立っているリースを促す。
リースはまっすぐにホークアイを見たが、その足は眼差しに反してどこかためらいがちに一歩を踏み出した。
「……眠れなくて」
「宿の人にいってあったかいミルクでも作ってもらう?」
彼女は首を振った。
「ホークアイさんがちゃんと眠れているかどうか気になったら、眠れなくて」
ホークアイは次に言おうとしていたことを忘れた。代わりに出たのはなんとも間抜けな素の声だった。
「……は?」
「きちんと寝てください」
一昨日から眠れていないでしょう、と続いた言葉に、見抜かれていたか、とホークアイは内心舌を巻いた。
まいった、彼女は聡い。
どう反応したものか思案するホークアイの沈黙をマイペースに破って、リースは言った。
「あなたは温かいミルクがあると眠れるんですか? なら、頼んできます」
「ちょ、ちょっと待って!」
踵を返そうとした彼女の腕を、反射的に取っていた。
……まだ答えは見つかってないんだけど。
何を言おうと迷って、情けないことにとりあえず当たり障りのない言葉を選んだ。
「少し、話してもいいかな」
掴まれている手には見向きもせず、ホークアイの表情のみを追っていたリースが、こくりと頷いた。
それでほっとして、ホークアイは手を離す。弱弱しくだが、なんとか笑った。
「リース……もしかして気づいてるかもしれないけど、俺さ、最近リース見てるのがつらい」
ホークアイは俯いた。彼女の視線を受け止める自信がなかった。
どんな目をしているのか想像がつくだけに、なおさら無理だった。
「俺にはいつも、深く考えないようにしてることがあって――――でも、弱ってるときはそれができなくなりそうで、だから必死に見ないふりするんだけど」
普段はどちらかといえば苦手とする沈黙が、今は有難かった。
「なのに君を見てると、どうしたって罪悪感が生まれそうになるんだ。罪悪感は決心を鈍らせる。迷わず進むためには持ってちゃいけないものだ。俺には美獣を倒すっていう目的があるんだから」
そこまで吐き出して、ようやく顔を上げた。リースの澄み切った瞳がこちらを見ていた。
視線を少し下にずらせば、柔らかそうな唇があった。それが瞬きをするようにゆっくりと開いて、
「あなたは私にどうして欲しいんですか」
ホークアイは魅入られそうになる自分を覚えながら答えた。
「俺は君に許して欲しいと思う」
ナバールを、ナバールである自分を。
罪を償えというならそうしよう。自分ひとりならいくらでも背負ってやる。
けれども同時に、彼女に憎まれたくはないのだ。好意を抱く女性には。
ふっとリースの表情が翳った。
「私はそんなに綺麗な存在じゃありません……」
「え?」
「ホークアイさんは、私を美化しすぎてます。そもそも私は誰かに許しを与えられるような存在じゃない」
伏せられた長い金色の睫が美しかった。
「ホークアイさんは……私をローラントそのものだと思っていませんか」
はっとした。ホークアイは自分をナバールのように思っていた。ナバールの犯した罪そのものの象徴のように。
それと同じように、リースのことをも、ナバールが踏みにじってしまった彼女の国と同一視していなかったか?
「ごめん……!」
何を見ていたんだろう。
からかって誤魔化して、本気にならないよう線を引くことばかり気をつけて、目を背けて。
彼女の声が震えていることにも――――
「ローラントの王女が、ナバールの盗賊に惹かれてはいけませんか?」
ホークアイは息を呑んだ。ホークアイの内の真実を掴み取られた気がした。
「口にすることは、罪ですか?」
ならばホークアイのほうが罪深い。
「許すだとか憎むだとか……それ以前に、私はどうにもならない想いを持ってしまったというのに」
許しを希い、憎まれることを望み、楽になりたかったのは、何故か?
「……っ!」
リースの肩を掴んで、力任せに抱きしめていた。
「好きだ」
腕の中の身体から力が抜ける。鍛えてはいても、やはり少女の身体だった。なのに一国を背負っている。なんて重い!
彼女の責任を思うと眩暈がしそうだ。
「……嫌われてると思ってました」
「俺のほうこそ」
さらりと流れる金髪の手触りが心地よくて離したくない。
どうしよう。明らかに自分の感情を持て余している、このままでは何を彼女にしてしまうか、見当もつかない。ドクドクと心臓が打つ。
彼女の耳に髪をかけようとして、彼女の血が耳を真っ赤に染めているのを見てしまう。
直感的に閃く。やばい。
「リース、さ、部屋に戻ったほうがいいよ」
「なぜ?」
「いや……その、もう遅いし」
「ホークアイさん、眠れるようになりました?」
「うっ」
それはちょっと、嬉しさと興奮のせいで自信がないけれども。
答えに詰まったことをどう解釈したのか、リースは咎めるような目つきでホークアイを軽く睨む。
「どうしたら眠れますか? やっぱりホットミルクを頂いてきましょうか」
こういう部分を目の当たりにすると、彼女は否定したがやはりホークアイにはリースが清廉なものに思えてしまう。
男の醜い欲望が存在することなど思いもよらない聖女。果たして一介の盗賊が汚してもよいものだろうか。それこそ許されないのではないかと思う。
ぶつけたら壊れてしまいそうだ。けれど手を離したら二度と手に入らなそうでもある。
ホークアイは逡巡した。まったく、らしくない。らしくないのだけれど、彼女を前にすると取り繕えなくなるのだから仕方がない。
それにおそらくは、虚飾を取り払った格好の悪い自分が本来の自分であるのだ。
――――いや、でも、告白即ベッドインはやっぱり不味いだろう。
ホークアイは己の理性を引っ張り出した。
「あのさ、じゃあ一個だけ」
「はい」
「よく眠れるおまじない。オーソドックスなやつを貰えると嬉しいんだけど」
「はい」
意味わかってんのかな、と思いつつも、ホークアイはリースの細い顎を軽く持ち上げる。
ぱちり、と目が一度上下した隙に、砂漠の盗賊は素早く唇を盗んだ。
「!」
リースの目が見開かれた。
あーやっぱりわかってなかったか、と苦笑しながら、彼女を自分の領域から放す。
「ありがとう、きっとこれでぐっすり眠れるから」
「い、いえ、あの、お役に立てたなら……良かった……です」
リースの声は語尾に行くにつれ小さくなっていき、最後にはほとんど消えていた。
ぷしゅうと湯気の立つ音がしそうなほど真っ赤な顔をした彼女の背を、ホークアイは笑って押した。
おやすみ、良い夢を。
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リク企画1。
リクエスト内容「聖剣3のホークアイ×リース、できればエロありで」
できませんでした……。ごめんなさい。最初はエロに持っていこうとしてたんですが書いてるうちにそっちにいかなくなってしまいました。リースのエロってあんまり想像つかなくて。ホークアイは結構つくんですけど。するとき髪を結んだままのホークアイに「なんで解かないんですか?」ってリースが訊いて「だって邪魔でしょ?」って答えるっていうね。そういうのを書く気でいたんですけど……あれぇおっかしいなあ。私がリース萌えなので、どうしてもホークアイ視点でリースを「綺麗なもの」として書いてしまいます。
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