ザフト軍は、エターナル、アークエンジェルを主としたオーブ軍の圧倒的攻撃に耐えながら、必死に戦っていた。
プラントを守るために、フリーダムとジャスティスの強さを目の当たりにしても、一歩も引かない彼らの悲壮な決意を、誰が「軍人としての誇りが無い」などと責めることができると言うのだろう。
多くの命が消えていく戦場の中に、今また、二つの機体が飛び立つ。
「シン、お前はジャスティス――アスランを! 俺がフリーダムをやる!」
「レイ」
「大丈夫だ。いくらテロメアが短いと言っても、そんなにすぐには死なない」
「じょ、冗談言ってる場合か! そうじゃなくて、俺は、お前が大丈夫かって……」
「シン。俺を信じてくれ」
レイの覚悟は揺るがない。そう感じたシンは、コクピットの中でゆっくり頷いた。
一方、アスランの前にはルナマリアのインパルスが立ちはだかっていた。
かつて仲間として戦ったはずの相手が今、敵となって目の前にいる――お互いが苦い思いを噛み締めるには十分な理由だった。
けれど、ルナマリアとアスランでは決定的に違うものがあった。それは、相手を倒すという思いの強さ。
インパルスはかつてシンのものだった機体だ。ルナマリアは、シンの思いの分も戦おうとしていた。
「あんたが先に裏切ったのよ!」
猛然と斬りかかるインパルスだが、しかし、アスランとの間にあるパイロットとしての技量の差はいかんともしがたく、次第に追い詰められていく。
ルナの秀でた額に汗が浮かんだ。負けるかもしれない。私、ここで死ぬかもしれない。
シン――――!!
眼前にジャスティスの赤い機体が迫ったとき、ルナは衝撃の後に続く死を予感し、ぎゅっと目をつぶった。


爆風で機体が煽られた。しかし、思ったほどの衝撃は無い。
ルナはおそるおそる目を開けた。
「ルナ!」
インパルスをかばうように、ジャスティスとの間に毅然と立つ機体、運命の名を冠するそれ。
「シン!」
シンが来てくれた、そう悟った瞬間、ルナの両目からは涙が溢れていた。
「よくもルナを!」
「シン、お前は! なぜまだわからない! こんなことは無意味だと! いつまでも過去に囚われて――あげく、未来までもその手にかけるつもりか! 人類の明日でさえも奪う気か! 俺やキラを撃ったときのように!」
「それをあんたが――あんたたちが言うのか! 俺に与えてくれたのは議長だった、プラントで出会った皆、ルナやレイやかつてのあんただった!」
「シン、やめろ!」
「あいつらはどうだ! 俺たちを裏切ってあいつらのために剣を振るう今のあんたは! 俺からいくつ奪えば気が済むんだっ! ルナはやらせない! 俺の大事なものを、これ以上ひとつでも、あんたたちに奪わせない! 奪わせてたまるか!」
けれど、初めは勢いで押せてはいても、シンの攻撃は感情的になりすぎた。
そこに隙が生まれた。
一瞬でも甘い判断をすれば命を失うかもしれない戦いの中、アスランはその隙を見逃さなかった。
「くっ!」
デスティニーは大打撃を受けて、横倒しに転がる。
真っ白になる意識の中、シンは、宇宙に響き渡るルナマリアの悲鳴を聞いた気がした。
「シィィィ――――――ン!!」



シンは、夢を見ていた。
温かいものに包まれているような、オーブの家にあったリビングのソファに座っているような懐かしさ、心地よさを感じた。
目の前に光が収束していく。美しい白い光は幻想的で、いっそ神々しいほどだった。
その光がやがて、ひとりの見知った少女の形になった。シンが心通わせ、愛し、守ると誓い、守れなかった少女。
「ステラ」
シンはその名を呼んだ。
ステラはかつて見たそのままに、無邪気で愛らしい微笑を浮かべた。
「シン。会いにきた。今度は、ステラが……会いにきた……」
会いに行くという約束。俺が守るという約束。シンはひとつしか守れなかったのに。
けれどステラの声は優しい。
「シン、ステラね……嬉しかった。シンに会えて、シンがステラに昨日をくれた。嬉しかった」
「ステラ、そんな、俺はなにも君にあげられなかったよ」
「違う、シン。シンがいたからステラ、幸せだった。シンはあったかかった。シンの、おかげ」
ステラの微笑みは穏やかだった。自分の腕の中で息を引き取ったときも穏やかな顔をしていたことを、シンは思い出した。
「だから、もう怖くない。シンはステラをちゃんと守ってくれた。だからね……きっとまた、守れるよ」
そう告げると、ステラの身体がふわりと遠のいた。
「ありがとう」
光が消えていく。生まれては消えていく星のように儚い光だけれど、きっと何かを照らす光だ。
シンはもう一度呟いた。
「ありがとう」
会いに来てくれて。



身体を起こしたデスティニーに目を瞠ったのはルナだけではない。アスランも、まさかシンが立ち上がるとは思っていなかったのだろう。
「シン、もうよせ!」
シンは答えない。彼の精神は今、極限まで研ぎ澄まされていた。
素早く体勢を立て直すと、再びアスランに挑みかかった。それも、先ほどの比ではないスピードと戦闘能力でもって。
ジャスティスの赤い四肢が、まるで血のように宇宙に散った。
「アスラン……」
「死んじゃいないさ――たぶんね。運が良ければ拾ってもらえるだろ」
シンは冷えた目のまま、もはや残骸と呼ぶしかない機体を見下ろすと、ルナとともにその場を飛び立った。



どんなに攻撃を仕掛けても全てかわすフリーダムを相手取りながら、レイは過去に思いを馳せていた。
父もなく母もなく、暗闇で泣きながら膝を抱えていた自分を、連れ出してくれたラウ。
ラウとレイの力になってくれたギル。ラウとレイがどんな存在であるか教えてくれたギル。
ラウとレイのような「出来損ないの命」を生み出す理由になった存在――キラ・ヤマト。
俺はラウとは違う、世界を滅ぼそうとは思わない。だが、お前は、お前だけは滅ぼさなければならない。
世界のために、ギルのために! シンのために!!


「……クローン?」
「ああ、そうだ。もうすぐ俺は死ぬ。それとも、戦って死ぬのが先かもしれないが」
「そんなっ……、そんなこというなよ! 死ぬなんて、なんでもないことみたいに言うなよ! 一緒に幸せな世界を見るんだろ!」
シンは全てを守ろうとする。それは確かに、幼いと笑われる大言壮語かもしれない。
一人の人間の手でいったいどれほどのものが守れると言うのだ。できもしないくせに何をと、馬鹿にするやつもいるだろう。
けれどレイは、そんなシンの言葉に、間違いなく救われていたのだ。
「レイは、レイだよ。友達だろ、俺たちずっと」
ああ、シン。だから俺は、こいつを倒す!


レジェンドとフリーダムは激しく打ち合った。緑色の光線が何条も差すが、互いの機体を掠めもしない。
ふと、何かに気付いたように、フリーダムのパイロットの動きに乱れが生じる。通信機から呟きが漏れ聞こえた。
「ラ……ラウ・ル・クルーゼ……!?」
レイは誇り高く笑った。
「違う、俺はレイ。レイ・ザ・バレルだ!」



デュランダルは要塞の中、ネオ・ジェネシスの発射を命じた。
照準はエターナル含むオーブ艦隊、その延長線上にいるストライクフリーダム、そして彼らと交戦中の――――ミネルバとレジェンド。
「敵を欺くにはまず味方から、とはよく言ったものだな」
戦場の極限状態にあっては、いつ誰が裏切るとも限らない。
ラクス・クラインのあの声に惑わされるものが彼女らをかばうかもしれない。
「撃て」
デュランダルは政治家の顔をして中央の椅子に座っている。



何もかもを飲み込もうとする宇宙の中、危険を知らせたのは誰の声だったか。
空間を二つに裂く雷のような光が、進む前にあるもの全てを薙ぎ払った。
咄嗟に回避できた艦は運が良かったとしか言いようが無い。
主力艦こそ落ちなかったものの、後方の艦はかなりがごっそりやられてしまった。
かろうじて生き残ったアークエンジェル、エターナル、ミネルバは一様に目の前の光景に驚きを隠せなかった。
その威力。巻き込まれていたらひとたまりもなかっただろう。タリアの頬を汗が伝う。
これでは、ミネルバにとっての脅威はアークエンジェルなどではなくて、同士であるはずのザフトのようではないか――――。
フリーダムはエターナルを通したイザークからの通信のおかげで無事逃げ延びていた。
しかし、キラとの戦いに心を傾けていたレイは逃げるのが遅れてしまい、なんとかコックピットこそ破損を免れたが、機体の足を持っていかれてしまった。
小規模とは言いがたい爆発が起こり、眩暈がレイを襲う。目に血が入って、どうやら額を切ったらしいことが解る。
ここで、死ぬのか。
レイは赤く濁った目を瞬いた。
まだ死ねない。
幸いメサイアのすぐ側に飛ばされたようだ。モニターに、フリーダムがメサイアに取り付くのが見えた。
レイはぼろぼろの身体をそれでも起こすと、宿敵の後を追った。



ジェネシスの攻撃に衝撃を受けていたのは、戦艦たちだけではなかった。
シンとルナもまた、同様に声を失くしていた。
下手をしたら母艦をも失う可能性のある攻撃だったのだ。議長は――議長は、俺たちも殺す気だった――?
ごくり、と息を呑む。
「……シン」
心配そうなルナの声が通信越しに聞こえた。そして、モニターにはフリーダムがメサイアを目指す映像が入る。
では、レイは!
何かを考える暇は無い。迷う暇など無い。
「ルナ、お前はミネルバを守ってくれ」
「シンは、シンはどうするの」
「メサイアへ行く……!」



崩壊するメサイアの中、シンはキラと、そしてデュランダルと対峙する。
フリーダムのパイロットとしてではない生身のキラを前にして、シンは思いのほか戸惑っていた。
キラとデュランダル、どちらが正しいのか、あるいはどちらも正しくないのか。
デュランダルがシンへと定めた引き金を引こうとした瞬間、銃声が静寂を破った。
「……!」
自分の身に起こったことが咄嗟に理解できず、驚愕に目を見開いて倒れるデュランダル、その胸からは鮮血が流れ宙に舞う。
シンが振り返ると、そこには溢れる涙で端正な顔を汚したレイが銃をこちらに向けていた。
「レイ、お前……!」
がくがくと手を震わせながら、それでも彼は自分の心を、思いを叫んだ。
「ギル……俺は、ごめんなさい……! でもシンは、シンだけは……っ、俺は、シンを殺されたくない……」
泣き崩れるレイの脳裏に、シンたちとの思い出が浮かんでは消えていく。
アカデミーでのこと。ミネルバでのこと。
そして、自分がクローンだということを明かしても、友人としてレイに応えてくれたシンのこと。
『レイは、レイだろ』
けれど、デュランダルだってレイにとっては大切なかけがえの無い人間だったのだ。それを自分の手で撃ってしまった。
とめどなく涙は流れて、レイの視界を覆っていく。
すぐ近くで大きな爆発が起こった。
「レイ」
デュランダルは唇の端から血を流しながら、それでも笑っていた。政治家ではない、ひとりの父親の顔をして。
レイは傾く彼の身体に駆け寄っていた。
「レイ!」
シンの声が聞こえる。レイは一度だけ、振り向くことを自分に許した。
「シン、お前は生きろ。キラ・ヤマト……シンを、連れて行ってくれ」
この世で一番憎んでいた相手に、この世で一番支えだった相手を頼むことになるだなんて、思いもしなかった。
キラは頷いて、レイの名を叫ぶシンの腕を掴んだ。
彼らの姿が通路の向こうに消えてしまってから、レイは初めて、腕の中の男をお父さんと呼んだ。
そうしてメサイアは、二人を胎内に抱いたまま、崩れ落ちた。



エンディング――――

……すまない、タリア。
声が聞こえた気がして、タリアは顔を上げた。
バカね。……本当に、最後まで、バカなんだから……。

「……あっちに、アスランが動けなくなってるはずだから、助けに行ってやって」
そう一言だけ告げると、シンはフリーダムへの通信を切り、ミネルバへと飛び立った。
彼の帰るべき場所へと、彼を待ってくれている人のいる場所へと。





こんな最終回は夢見過ぎですか。