ここには鉄格子と薄暗い灰青の世界がある。
少し注意すれば、簡単に金属の匂いを嗅ぎ分けることが出来た。
レイは立てた膝の上に腕を置いた。
目を凝らして手のひらをじっと見る。
この手ですら誰かの複製で、掴みたいものも誰かがそう望んだもので、レイ自身の想いではない。
違う、とレイは拳を握った。
俺はラウとは違う。世界に絶望してはいない。
ギルの役に立つという願いは俺のものだ。
目を閉じれば、その言葉はレイの中に静かに反響する。
自分の命など大した問題ではない。軍にいれば常に死は側にある。
レイが軍にいるのは、大事な人の役に立ちたいから。
この命が少しでも彼の歯車として彼の計画を動かすことが出来ればそれでいい。
壁に背をつけて座っているレイの、長い金髪が目にかかった。
一枚隔てた向こうには、おそらくシンが自分と同じ様に座っているのだろう。
だが、彼は微塵も自分のしたことを悔やんではいまい。
シンはどこまでも真っ直ぐで――――愚かで、その愚かさはレイの目には奇妙に映った。
なのに。
レイは手に力を込めた。
「どんな命でも、生きられるなら生きたいだろう」
シンを助けたとき、口をついて出たのはその言葉だった。
シン。シンを見ていると、レイは心が軋むのを感じる。歯車が音を立てているのを感じる。
何故だろう。友人だ、ただの。友人という言葉は、レイの中では大した意味を持たない。特に優先されるべきものではない。
なのに、レイはシンのために命をかけてしまった。
デュランダルがレイを、そしてシンを手放すはずはないと思ってはいたが、だからといって、その場で兵に射殺される危険がなかったわけではない。
けれどレイは、気付けばシンの手助けをして、捕虜を逃がすという狂気の沙汰に加担していた。
……シンは、本当にあの連合の少女兵が助かると思っているのだろうか。
レイは隣の住人のことを考える。
シンが今、少女を連合に帰したところで、どこか別の場所で別のザフト兵に殺されることになるだけだ。
あるいは、連合が再び自分たちにぶつけてくるか。
なにせ彼女は強化人間だ。戦うために生まれてきた、他に生きる意味を持たない存在。
爪が手のひらに食い込む。レイは珍しいことに、自分の感情を制御しかねていた。
シンは泥の中から、『弱いもの』を必死に掬い上げようとする。
その両腕に抱えきれないほど抱え込む。
そして、抱えきれずに落ちてしまったもののために心を痛めるのだ。
それは彼のせいではないのに。
所詮、もとから泥に溺れて死ぬ運命だったものだ。
一人の人間が全てを守ることは不可能なのだから、シンが自身を責める必要がどこにある?
レイはそっと指を開いた。爪あとがくっきり残った手のひらには、確かに血が通っている。
それでもシンはまた泥の中に手を浸し、己の身体が汚れるのも構わず、ただ必死に助けようとするだろう。
その手に――――シンのその手に、縋ってもいいのだろうか。
シンは、レイのことも救ってくれるだろうか。
音を出さずに、俺は、と呟く。
この手が、シンの手を握っても許されるだろうか。
炎のような赤い瞳を思う。命そのものの色だ。
とても愚かしくて、そしてとても焦がれてやまない色だった。



たとえ本編がアレでも、レイはシンにこそなんらかの救いを見出していたのだと思う。(06.01.01)

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