目覚めてすぐ清正が思ったのは、これが夢であればいいのに、ということだった。隣に男のがっしりとした剥き出しの肩がある。昨夜、清正は宗茂と寝た。酒に酔った勢いでも、雰囲気に流されたわけでもない。互いに同意の上での行為だった。求めたのは宗茂だったが、応じたのは清正だ。思いだすと死ぬほど恥ずかしく、顔から火が噴き出そうになる。眠る宗茂に背を向け、清正は頭を抱えた。昨夜の俺はどうかしていたと、言ってしまえたらどんなに心が楽になるだろう。しかし清正の気持ちは昨夜も今このときもまるで変わっておらず、――――宗茂のことを愛おしいと感じているのだ。駄目だ、顔が合わせられねえ。元来照れ屋な清正はどんな顔をして振り返っていいかわからずに、布団の中でひたすら体温を上昇させていた。と、首の後ろから太い腕が二本ぬっと生えて、清正の肩に巻き付いた。裸の背と胸板が触れあう。
「っ!」
「おはよう、清正」
 息を過剰に含んだ低い美声が、清正の耳に入りこむ。
「……むね、しげ……」
 起きたのか、と言うと、ああ、と返ってくる。
「身体の方は大丈夫か? 昨夜は無理をさせたからな」
 言わないでくれるそういうこと!? 五つも年下の男にいいように翻弄された記憶が蘇り、清正は首まで染め上げた。俺のようなごつい男を抱きたがるなんてどうかしている、と困惑する清正に、お前だから抱きたいんだと真顔で言って、宗茂は丁寧に清正を抱いた。宗茂のような美貌の持ち主が笑みを消すと、驚くほどの迫力になる。その唇も指も優しいのに荒々しいという矛盾を孕んでいて、嵐のようだと清正は思った。手慣れているなと指摘すれば、そうだなと悪びれもなく頷き、だが男はお前が初めてだと言う。
「すまなかったな、清正」
 宗茂の殊勝な声に、清正は過去から今に引き戻された。
「何故謝る」
「正直、俺は余裕がなかった。もっとお前を気遣ってやれれば良かったんだが……」
「馬鹿、お前が謝ることなんて何もないだろうが。俺はお前に気遣われなきゃならんほどやわじゃない」
 言いながら、意外だと清正は思っていた。いつも余裕たっぷりに見える宗茂でも、その余裕を失うことがあるのか。
「そうか」
 宗茂は頷いたがそれだけでは終わらず、
「だが、お前がこちらを向かないのは、怒っているからじゃないのか」
 これほどまでに逃げたくなったのは初めてかもしれない。だがしかし敵前逃亡など武士の恥である。清正は己の心の中の羞恥心と必死に戦い、やがて死闘に勝利した。
「違う。……その、つまり……照れくさいんだよ」
 ああくそ顔が熱い。どうしようもなく火照る頬を持て余していると、後ろから抱きしめる腕にぐっと力が込められたのがわかった。
「むねし、っ!」
「もう一度するぞ」
「するって、ちょ、おい! 待てっ」
 明らかに性的な意図を持って、宗茂の手が清正の胸を撫でさすった。
「お前がかわいいことを言うのがいけない」
「はぁ!? 人のせいにしてんじゃ、」
 無理矢理振り向かされ、唇を奪われた。舌が隙間を縫って押し入ってくる。
「むぐ、」
 どの口が、お前を気遣ってやれれば良かったなどと言うのだ。今まさに俺を気遣え! 口づけを受けながら、手首を取られて仰向けにされる。
「ん、あ……っ」
 赤くなった顔だけではなく、なにもかもを朝の陽光に晒され、清正の羞恥はますます高まる。宗茂の目がぎらりと光ったような気がして、背筋を汗が伝った。昨夜さんざん愛撫を享受した身体は、まだその快楽を忘れきってはいない。
「ひっ、……っ」
 隆起した肉の上を、宗茂の舌が這っていく。ぞわりと腰のあたりに火がともった。その火はどんどんと清正を溶かし、清正を溺れさせる。指が清正を開き、宗茂自身が清正の奥深くを暴く。清正は喘ぎ、急所である首を無防備にのけぞらせた。清正は征服された。
「好きだ。清正」
 震える。宗茂の端正な顔が汗にまみれ、雄の快楽に歪み、清正を見下ろしているのをしっかりと目に捉え、清正は昨夜から幾度目ともしれない絶頂を迎えた。しかしそれで終わりではなく、宗茂は清正の息が少し整うのを待って、清正の足を抱え直した。体勢を変えて突き入れられる。気持ちのよさばかりが清正を塗りつぶす。
「あ、あ、あああ……っ」
 清正の身体はもう、宗茂に愛されることに悦びを見いだしてしまった。宗茂を愛していると認めてしまった。ああ逃げられない。清正は再び思った。――――これが夢であればよかったのに。