僕は奇跡を目の当たりにしていた。僕の前にあるのは、そうとしか考えられない光景だった。
 どこかの歌のように、どうしようもない僕にいわゆるひとつの天使が降りてきたのだと思い、デジカメの液晶モニターを覗き込み、そこに映る姿を見て、やはり天使の存在を確信した。
 そうだ、神のごとき力を持つ人間や宇宙人や未来人や超能力者がいるのだから、天使が実在していたってなんら不思議なことではない。
 羽のような白いレースに埋もれた、こっちを睨みっぱなしの僕の天使すなわち彼は、眉間に深いしわを刻んで口を開いた。
「……おい古泉よ、俺はいつまでこんな格好をしていりゃいいんだ……」
 常日頃彼からも「お前の説明は無駄が多くて回りくどくて、要するに、非常にわかりづらい」とお叱りを受けているので簡潔に言わせていただくが、僕の属する機関が神と定義する涼宮さんの持つ『願望を実現させる能力』によって、現在の彼の外見はすっかり女の子だ。
 加えて、身に着けている服も女の子らしさを前面に押し出すものとなっている。
 ただしこちらは大仰な能力など関係なく、単なる僕の趣向だが。
 真っ白なブラウス(カレーうどんとかミートソーススパゲッティとか絶対食えない服だなと彼は言った)にパステルブルーのシフォンスカート。
 ブラウスの半袖は膨らんでいる。
 普段――――男のときだったら絶対にしてくれなかったであろう格好の彼が見れるとは、なんたる僥倖なのだろうか。
「そうですね、では次はこれを着てください」
「そういう意味じゃねえよ! もう十着近くは着てるだろうが、満足だろ。いいかげん俺にまともな、男物の、服を寄越せ」
 男物の、を強調して、彼は勢いよく立ち上がった。
 しかし立ち上がったはいいが、瞬間的にがくんと膝が砕けた。
 足腰に力を入れにくいのだろう、だいぶ無理をさせたものな、と一回り小さくなってしまった身体を受けとめながら思う。
 彼がまだ男だった昨夜も、今朝未明に女性へと変わってしまってからも、僕は彼を幾度も貪るように抱いていた。
 本番までこそ至らぬものの一人だけ昇りつめさせた回数などは、それこそ数え切れないほどだ。
 途中に小休止を挟んではいるが、精神的にも肉体的にも疲労は蓄積されているだろう。
 負担を強いていることを自覚していながら、それでも手を伸ばすのをやめられなかったのは、彼の性別がどちらであろうとも、彼があまりにも魅力的過ぎるからだ……と、その咎を彼にかぶせてしまうのは男らしくないだろうか。
 しかし我ながらここまで自制がきかないとは思わなかった。
 こと彼に関すると、僕の理性の糸の強度はどこまでも脆弱で頼りないものになってしまう。
 僕は彼の肩甲骨をそっと撫でた。
「天使は羽で飛べるかわりに、歩くのがあまり得意ではないんですね」
「はあ? なに言って……」
 怪訝そうな顔で、腕から抜け出そうともがく姿に笑みがこぼれる。
 いくら涼宮さんの力で女性化を遂げているとはいえ、中身は男の意識のままである彼にとって、女物の服を着用することがものすごく不本意であるのはわかっている。僕のためにとそれを我慢してくれていることも。
 嫌だ嫌だと言いつつ、なんだかんだで僕のわがままをきいてくれる押しに弱い彼は、同時に快楽にもものすごく弱いから、今だって、柔らかな胸を軽く捏ねただけですぐに力が抜けて僕に身を預けている。
 かわいい以外のどんな感想を持てばいいのだろう。