平和だ。すこぶるよい傾向じゃないか。
 外はまだ寒いが部室のストーブは適度に温かく、ハルヒはネットサーフィンに夢中で無理難題を言い出す気配もないし、甲斐甲斐しく給仕をするメイド服の朝比奈さんはその麗しき花のかんばせで一足早い春を感じさせてくださるし、長門はメトロノームのような正確なスピードで分厚い本を淡々とめくっているし、古泉は長机の上に出された花札を腕組みして眺めているし、俺は俺で、次に蝶が取れれば猪鹿蝶のできあがりである。
 ああ、実に平和だ。鳩がオリーブの枝を咥えて飛んできても驚かん。……絶滅したはずの鳩とかじゃなければ。
「ああ……これは駄目ですねえ」
 開始から運に見放されているとしか思えない負け続けの古泉は、またしても良札に恵まれなかったらしくそう呟いて札を表に返した。
 カス一枚すら取れずにただ場に置かれただけのその図柄は赤い牡丹で、俺は手元の蝶でそれをかっさらった。
「ふふん、これであがりだ」
 これ以上敗者に鞭打つ必要もなかろうとこいこいはしないでおいてやる余裕のある俺。
 寛大な心遣い痛み入ります、と蓋を閉めるのを忘れて一晩放置したジンジャーエールみたいな顔で古泉が笑う。
 ちっとも痛そうではないくせをして、そんなことを言うのだから気に入らん。
 畜生なんか賭けときゃよかった、こいつの顔色が変わるくらいのものを……と考えて、それってなんだ、と思考が行き詰った。
 常時笑顔のポーカーフェイス(とはいえ実際ポーカーゲームのときはまったく役に立ってはいないが)はほとんど崩れたためしがない。
 それ以前に、俺は古泉のことをよく知らないのだ。
 向こうはおそらく俺のことを知りすぎるほど知っているだろうに、だ。
 不公平な話である。
 一年近く一緒にいるのに、見えてきたものは驚くほど少ない。
 俺が知っている部分だって、たとえば全て虚構なのかもしれなかった。
 アナログなゲームが好き、だがそのわりに弱い、立ち居振る舞いは優雅で、いつも微笑を絶やさす、成績は優秀、運動神経もいい。何事も嫌味なほどさらっとこなしてしまう。
 しかし本当はボードゲームなどまったく興味がないのかもしれず、負けてばかりなのも俺に花を持たせているだけ、本性はがさつ、頬の筋肉に無理を強いており実は仏頂面がデフォルトで、成績は水面下の白鳥の足のごとく並々ならぬ努力の賜物であり、運動は機関の猛特訓を受けている、そんな可能性もあるのだ。
 単なる涼宮ハルヒの望む人物としてのキャラ付けを徹底して、その通りに振舞っているだけだとしたら。実際、古泉自身も過去に似たようなことをほのめかしていたしな。少なくとも元から敬語だったわけではあるまいよ。
 古泉一樹、という名前、それすら偽名でないとは言い切れない。俺と同い年というのだって怪しい。
 疑い出せばきりがなかった。
 どこまでが演技で、どこからが素なのか、こいつは本心を巧妙に隠している。
 そのくせときどき偽悪的な振る舞いで、これみよがしに手元のカードをちらつかせてみせるのだから、たちが悪いと言うかなんというか、なんなんだろうね。





なんなんでしょうね。