「お前が下手だから嫌なんだよ!」
 売り言葉に買い言葉だった。
 あ、やべ、やっちまったな、と思ったが、どれだけ嫌な予感がしようとも、朝比奈さんのようにタイムなんたらデバイスを持っていない俺では時間を遡航して今の発言を取り消すわけにもいかず、したがって俺の声はしっかりと古泉の耳に届いてその意味を理解されてしまったのだろう。
 ソファにもたれた脱がされかけの半裸男と、かっちり着込んだ制服の男が向かい合って格闘していたのだが、その仁義なき攻防も俺の一言でぴたりと止まり、さて、今のうちに逃げ道を探すべきか、謝罪ののち発言を撤回すべきか、それともこのまま意地を貫き通して心にもない不毛な口喧嘩を続行するか、俺は次に取るべき行動を選びかねていた。
 ただ、ひとつだけ確実に言えるのは、どんな行動を選択したとしてもそのいずれも正解などではなく、どう考えてもこの先に待ち受けているのはまずい展開だということである。
 生存率0%、バッドエンドにしかならない袋小路ルートのフラグを立ててしまったようだ。どうあがいても絶望ってか。
 どこで選択肢を間違ったんだろうな。
 思い当たる節がありすぎて絞りきれんが、根本的なところで、古泉と恋愛関係になってしまった点があげられるだろう。
 自他ともに認める純然たるヘテロの俺が、なにがどうなって同性である古泉と恋人同士なんつうけったいな事態に陥ったのか不思議に思われる方も多いだろうが(俺も不思議だ)、簡単に説明するなら、少年期の健康な男子にありがちな暴走する青い性とかそんな感じだ。
 相手からの好意にも弱けりゃ快楽にも弱いお年頃なのだ。
 ほだされたとか情が移ったとか、なんか気になるとか、なんとなく惹かれてしまったとか、顔が綺麗で好みだとか、やっぱりほっとけないとか、触れたいとか触れられたいとか、気持ちよかったとか。
 好きになってしまった理由はひとつじゃなくて複雑に絡み合っている。
 いつの間にか一番傍にいることが当たり前になっていて、どんどん距離が狭まって、縋るような潤んだ目で見つめられて顔が近いと咎める暇もなく気づけば唇が触れ合っていた、そんな感じ。
 キスして告白されて付き合って二人きりで一緒に出かけて家を行き来するようになってあちこち触りあってまたキスして、初めて身体を繋げるまでそう時間はかからなかった。
 俺も古泉も、一分一秒ですら惜しいというように互いを求めた。
 命短し恋せよ乙女――――って誰が乙女だ、くそ、気色悪いたとえをしちまったじゃないか。
 自分で自分の思考回路に突っ込みを入れるほどむなしいこともないね。
 まあとにかくそんなわけで今日も古泉の家にやってきたのだが、ゆっくりくつろぐ時間もなしにさっそく色気を出しやがったこの男にソファで押し倒されかかったのを抗った結果がこれだよ!
 すでに両手の指では足りないほど行為を重ねている俺たちだが別に古泉の家に行ったからって毎回やってるわけではなく、今日だって俺は古泉が借りたと言う映画のDVDを観賞するつもりで来たのであって、そんな気はこれっぽっちもなかった。
 いや、正確に言うなら、古泉のほうはその気かもしれんという危機感はあったが、だとしても俺は拒むつもりだった。現に拒んだ。
 最初は――――そう、DVDをデッキにセットして、ソファに並んで座った辺りまでは、古泉はおとなしかったし、俺も平和にテレビの液晶画面を眺めていられたのだ。
 それが、配給会社なんかのロゴマークが映し出されては消えていき、まさに導入部が始まらんとする瞬間、なんだか嗅ぎ慣れたいい匂いがするなと思ったらいつの間にか古泉がぴたりと身体を寄せてきていて、腰に腕が回って引き寄せられた。