「古泉、セックスしようぜ!」
 これが彼と僕の間の挨拶の一種である。
 この場合は、少年向け漫画・アニメにおけるバトルしようぜ! だとかデュエルしようぜ! だとか、そういうノリだ。
 かと思えば、ものすごく色っぽく「なあ、いいだろ?」と小悪魔風に誘ってきたり、どうしても慰めたくならずにはいられない頼りなげな風情で「抱いてくれるか……?」などと俯いたり、普段の、どちらかといえば性的なことから遠ざかっている彼からは考えられないくらいの顔を見せる。
 この人は男をその気にさせる手管をいったいいくつ持っているのかと不思議に思うと同時、僕以外の男もこうやって誘惑するのだと嫉妬や悲しさで胸が潰れそうになる。
 僕は彼が好きだ。そして、彼は気持ちのいいことが好きだ。
 したがって、彼は僕に彼自身をくれて、僕は彼を気持ちよくさせる、というギブアンドテイクが成り立っている。
 本当は僕と彼の気持ちにはだいぶ齟齬があるのだけれども、それを指摘してしまえば彼はあっさりと僕から離れていく可能性が高く、僕は怖くて何も言えないでいる。
 たぶん彼は、気持ちのいいことができるなら、相手は誰でもいいのだ。僕でなくても。
 身体を夢中にさせれば心にも夢中になってくれるんじゃないかと、そんな儚い願いを胸に、今日も僕は彼の温かい身体を抱きしめる。
 恋愛は好きになったほうが負け。それでなくても、僕は彼との勝負に弱いのだ。
 初めて彼を抱いたのは、僕の家のリビングだった。彼が僕の家に来たいと言い出して、それで。
 彼を好きになることは、僕の立場からすれば禁忌以外の何物でもなく、告げることは叶わない。だから、我慢しようと思っていた。隠して殺して消して、忘れようと思っていた。
 なのに、彼は僕が彼に恋をしていることを見抜いて、僕の葛藤を笑い、手を伸ばしてみろよと囁きかけた。
「俺が好きなくせに」
「違っ……」
「なにが違うんだよ。お前、自分がどんな目で俺のこと見てるか自覚ないのか?」
「――――でも! でも、あなたは涼宮さんの、世界の鍵で、僕は、機関の……っ」
 ためらう僕に、彼は「臆病者」と言い放ち、挑発するようにキスを仕掛けてきた。なんて誘惑だろう!
「や、やめてください……っ」
 だけど、押し返そうとする手には、笑えるほど力が入っていなかった。これでは抵抗にもならない。
 彼は僕の唇に唇を押し付け、食み、隙間から舌を差し入れて口の中をかき回した。
「んっ……ん、」
「は……ふ」
 気持ちいい。しかも好きな人とのキスだ。のめりこまないはずがない。
 夢中で舌を絡めているうちに、ただでさえ入っていなかった力がさらに抜けて、くらくらして、立っていられなくなる。
「あ……」
 とうとうラグの上にへたりこんでしまった僕の上に、四足の獣のように彼が乗りあげてくる。足の間をつうっと撫でる手のひらに反応してしまう。彼が僕の股間に触れ、背をかがめて頬ずりをする。
 なんだこれは。
 いつも淡白にすら見える彼がこんな、ありえない、信じられない、僕は自分に都合のいい夢を見ているのに違いない。
 彼は僕の腰周りをくつろげ、取り出した性器を掴んで顔を寄せ、上目遣いで僕を見た。
「なあ、お前、童貞?」