飛行機を降りるとそこは外国だった。夜の底ではなく頭の中が白くなった。
 それにしても飛行機がこんなに快適な乗り物だったなんて知らなかったぞ俺は、おかげで衝撃よりも眠気が上回っちまって、聞きたいことがヒマラヤ山脈ほどあったはずなのに、それらの疑問を解消するよりも先に、うっかり昨夜の睡眠不足を解消しちまったじゃないか。
 途中、お茶にしませんかと優しく揺り起こされて、しかもキス付きで、それでようやく目が覚めたのだが、窓の外を見れば澄んだ水色の空に白い雲、眼下には磨きあげたラピスラズリの床のような海が広がっており、古泉はこともなげにエーゲ海ですよと言いやがった。ロードス島って、それは灰色の魔女がいる呪われた島か。
 しかしコバルトブルーの海よりもさらに驚くべきものがあり、それは古泉の服装だった。
 俺が寝てる間に着替えたのだろう。
 すぐてかてかになりやすい我が北高制服の生地なんかとは比べ物にならんと一目でわかる、上等な深緑の布に、胸の前と袖口に縫いつけられた金色のボタン、金色の肩当てからはこれまた金色の飾り紐が何本もぶら下がっているのみならず、きらびやかな宝石の肩章までくっついている。
 若干時代錯誤感のある服装は短い髪にやけにしっくりきて、お前は一体どこの王子だ、いや王子なんだったな。
 そんなわけで、優雅に茶をしばいていた間に聞いた古泉の説明によると、古泉の国は西ヨーロッパの片隅、海に面した小国なのだそうだ。
 で、どこからがヨーロッパの西でどこからが東なんだ、長靴の右左で判断すりゃいいのか?
 つうか古泉の国、国ねえ、それは俺が日本を自分の国だというのとは意味が違うんだろ。
「申し訳ないのですが、後であなたにも着替えていただかなくてはなりません」
 紅茶のカップを置きながら古泉は言った。
 まさか俺にもお前のような服を着ろというのか。
 かぼちゃパンツに白タイツのいかにもな王子ルックでなかったことは幸いだが、お前のその格好もお前の外見だからかろうじてギャグにならずに済んでいるのであって、俺が着たら谷口に戦うウェイトレス服を着せるよりも爆笑を誘えるミスマッチになると思うぞ。
「ああいえ、これは王子用の礼服なので……あなたに用意したのは別のものですよ。ご安心ください」
 にっこりと笑う古泉にちっとも安心などできない俺。
 実は超能力者なんだと打ち明けられた時よりも、実は王子だと言われた今のほうが遥かに驚いている。
 SF的非日常なら子どものころから空想したこともあったし多少の耐性があったが、ローマの休日に代表されるラブロマンス的非日常に巻き込まれるなどとは夢にも思わんかったからな。
 となると古泉は、会見場に集まった記者に対してなんといっても日本が一番楽しかったと答え、俺はひとときのロマンスを美しい思い出として胸に抱き、その後の人生を送るわけか。
「冗談はやめてください、僕はあなたとのことをひとときのロマンスなんかにするつもりはありませんよ。言ったでしょう、あなたは僕の王妃候補なんですと」
 なんですとーはこっちのセリフだよ。イントネーションが異なるが。