俺に眼鏡属性はない。
 例えば誰かがあのフレームとレンズで構成された視力矯正補助器具をかけているからと言って、特にそいつに萌え要素を見出したりはしない。
 しかし、眼鏡属性はないが、面食いであることは否定できない。
 さて、ここに、俺とあまり純粋ではない、公言が憚られる類の交遊をしている古泉一樹という男がいるのだが、こいつがまた、おそらく谷口ランキングの男子版があったならばAAランクプラスをつけられるのは間違いないほど顔がいい。
 つまり古泉は美形であり、そして美形には眼鏡というアイテムがよく似合い、従って古泉には眼鏡が似合うという三段論法が成り立つ。
 重ねて言おう、俺に眼鏡属性はない。
 しかし古泉の顔は嫌いじゃない。
「あの……どうかしました?」
 古泉が戸惑いながら尋ねてくる。
 そりゃこんだけじっと見つめられてちゃ気になりもするわな。
 だが気になっているのはこちらも同じなのだ、気にならなきゃそもこんなに見つめたりはせん。
 現在の状況を説明しようか?
 わかりやすく5Wの定型に則って『誰が・何を・いつ・どこで・どうした』の形で述べるならば、俺と古泉が、数学の課題を、放課後、古泉の部屋で、足の低いテーブルにノートを広げ、隣りあって床に座り、片付けている。
 だが俺の視線はすでにノートの上にはなく、もう長いこと古泉の顔に注がれていた――――いつもと違って眼鏡のかけられた、その顔に。
 これまで学校や団活等で古泉とは四六時中行動を共にしてきたが、古泉が眼鏡をかけているところなど一度も見たことはなかった。
 補足しておくが、古泉の家に来たのも今日が初めてではなく、すでに何度も遊びに来たし、泊まったことすらある。
 だが、そのいずれのときだって古泉は眼鏡などしておらず、コンタクトを付けたり外したりしていた様子もなかったはずだ。
 しかし今、その耳には確かに細身の黒のフレームがかけられているのである。
 シンプルながらも決してダサくはないそれは古泉の華やかで整った容貌によく似合っており、高い鼻に支えられ、二つのレンズの向こうにアーモンドのような形のいい相貌が透けて見える。
 でもって勉強中にときおり古泉が指でブリッジを押し上げる仕草が、なんというかだな、かっこよく……ん、かっこよく?
 いや、なんでもないただの妄言だ!
 とにかく、普段見慣れている奴の顔に、いきなり見慣れないものが出現すれば、気にするなと言う方が難しい話だろ。
 なぜ急に? と疑問を抱くのも無理からぬこと、俺が古泉の顔を凝視してしまっていたのはそういう理由であって、別に見惚れていたわけではない。
 俺の答えを待っているらしい古泉に、俺は逆に問いを投げかけた。
「……お前、なんで突然眼鏡なんてかけてるんだよ。実は目悪かったのか?」