脇腹に深々と突き刺さったナイフ。身体に異物を差し込まれた痛みと熱さと冷たさ。
 失われていく血液。坂道の上に川を作って流れ、止まらない。
 下がる体温。冬の冷気。
 スケートリンクのように冷たいコンクリートの感触。揺さぶられる痛み。
 それすらもぼんやりと霞んで遠ざかる。力が抜ける。動かない指先。
 視界が急速に暗くなっていく。弱い呼吸音。乖離する自分。
 闇に沈む世界。希薄になる自我。
 流れ出る血の感覚。溶けていく自己。
 やばい。死ぬ? 死ぬ、のか。俺。――――そしてふつりと意識の糸は途絶えた。

 ごぽりごぽごぽ。
 深海の底の底、水圧に押し潰さればらばらにちぎれたクラゲのように闇をたゆたっていた意識が少しずつ繋がって集合体となり、浮上するにつれてはっきりとした形を取り戻し始める。
 光。酸素。
 空があることを知った魚のような想いで俺は目を開けた。
 古泉による福音を聴きながら覚醒を迎え、俺は俺の世界に戻ってきた。
 俺の世界、俺の古泉、俺のハルヒ、俺の朝比奈さん、そして俺の長門。
 脇腹を探ったがそこには何の痕跡も見つからず、血の一滴も流れてはいなかった。本気で死ぬと思ったほどの怪我が跡形もない。
 そう、俺はマジに死を覚悟して、辞世の句を用意していなかったことを悔やんだくらいだったのに、まるで荘子の見た胡蝶の夢であったかのように無傷、神は空に知ろしめし、全て世はこともなし。
 三日間は修正され元の正常な時間軸に戻り、俺の身体もまるで誰かが修理してくれたみたいに――
「……大丈夫ですか?」
 ふっ、と息が肺に入り込むと同時に声が耳に飛び込んでくる。
 声の聴こえてきた方を向けば、古泉が気遣わしげにこちらを見ていた。どうやら放心してしまっていたらしい。
 ベッドの正面では仁王立ちポーズのハルヒが表情だけ曇らせて、
「キョン、あんたまだ起きたばっかで本調子じゃないんだからちゃんと寝てなさいよ。そんでしっかり治して、クリスマスパーティには万全のコンディションで一発芸を披露することっ! わかった!?」
「……はいよ」
 しばらくしてオフクロと妹がやってくるのと入れ違いにハルヒ達は帰り、俺は母親の涙などという気まずく心苦しいものを見てしまう羽目になった。
 妹までわんわんよかったよぉよかったよぉきょんくぅん、と赤ん坊のように大声で泣きわめくものだからここが個室で幸いだった。
 あー、相当心配かけたんだろうな、やっぱり。
 その後は診察だ検査だと身体中を調べられ、点滴と、あまり言いたくないが、入れられっぱなしだったバルーンカテ……いややはり言いたくない。言わないでおこう。
 そして深夜に訪れた長門に情報統合思念体への伝言を託して病室に戻ると、意外な顔が俺を出迎えた。