たぶん3人目くらいで朦朧としてしまったんだと思う。
 さんざん揺すられて声を上げて、気づいたら上半身裸の古泉が俺を抱き起こし、彼のシャツで俺の身体についたべとべとを拭っていた。
 いつの間にか、周りは見慣れた学校の教室だ。
 夜特有の冷ややかな闇に溶け込むようにして、長門がぽつんと少し離れて立っている。
 そうか、また助けてくれたんだな。
「遅れた。ごめんなさい」
 感情の読み取れない瞳の中に、どこか途方に暮れたような色を見た気がした。
 もしかしたらそれは、窓から入る月光の加減で見えた幻だったかもしれないけれど。
 俺はなんとか首をめぐらせて、「お前のせいじゃない気にするな」の意をこめて長門に笑いかけた。
 上手く笑えたかはいまいち自信がないが、長門ならきちんと読み取ってくれただろう。
 取り憑かれたように身体を拭い続ける古泉に、視線を戻す。
 俺の目にぶつかって、古泉の手がようやく止まった。
「……大丈夫か」
 自分のじゃないみたいながさがさした声が出て驚いた。
 言われた古泉はもっと驚いていた。
「何、言ってるんですか」
 その顔がたちまち耐え切れなくなったようにくしゃりと歪む。
「僕は平気です。大丈夫じゃないのはあなたのほうです」
 あんな目にあったというのにもかかわらず、最初に俺の胸を満たしたのは誇らしいような感情だった。
 どうやら俺は、こいつを守りきれたらしい。
「よかった」
「よくありません!」
 涙で潤みまくった目の中に映る俺は、ズタズタのボロボロだった。
 数え切れないほどの痣、いくつもつけられた傷や歯形、なのにその顔はどう見ても微笑んでいる。
 自分でも俄かには信じがたかったが、俺は笑っていたのだ。古泉を安心させたくて。
「……っ」
 雨のように降ってきた涙は、とても熱かった。
 古泉は制服のブレザーで俺の身体をくるみ、そのまま抱きしめた。
 俺を抱く肩が小さく震えている。
 泣きじゃくりながら俺の肩に顔を埋める古泉は、子供のようだった。
 いつもの仮面をどこかに失くしてしまって、ここにいるのは素の古泉だ、とそう俺は思った。
 俺に対するいとおしさが駄々漏れで、戸惑うほどの。
――――なんだお前、ずっとこれを隠してたのか。
 不思議なことに、俺はすんなり受け入れていた。
 例えば今の渇ききった喉を潤すため飲む水のように、疲弊し磨耗した精神に古泉の想いは心地よかったのだ。
 俺はぎこちなく古泉の背中に腕を回した。