自分の部屋に人がいるというのが不思議だ。しかもそれが彼なのだから、不思議度が加速する。
「おはようございます」
「……はよ」
少し掠れた声に、心がざわめく。熱のせいか目が潤み頬が上気し、尋常でない色気を放っている。
僕の邪な目がいけないのかもしれないが、たぶんそれを差し引いても、今の彼は色気過多だと思う。
「何かお腹に入れたほうがいいですよ。プリンがありますが、召し上がりますか」
僕は目を逸らしつつ、プリンとスプーンをテーブルに置いた。不自然な早口になってしまったが。
彼はゆっくりと目をまばたいて、食う、と呟いた。
「寄越せ」
「あ、はい」
手渡そうと思ったのだが、その前に彼が唇を開いたのを見て手が止まる。
「不本意だが全身がだるくて動かん。食わせろ」
え、ええと。これはもしや「はい、あーん」というやつですか。
あなた熱でねじがゆるんだんじゃないですか、いつもなら絶対こんなこと言いませんよね!?
「ほら」
急かされてしまい、僕は覚悟を決めてプリンをすくった。
震えてしまいそうになる手をなんとか抑えて、彼の口へと運ぶ。
スプーンが彼の口の中に消えていく。銀の棒を咥えた彼の唇と、嚥下のため上下する喉。
「……っ」
なんだこれは、僕の理性に対する挑戦か?
僕が黙々と、しかし内心は絶叫しのたうち回りながら彼にプリンを食べさせていると、彼がぽつりと言った。
「甘い」
「そんなに甘いですか?」
彼は甘いものが苦手だっただろうか。ヨーグルトにしておけば良かったかもしれない。
すると彼は不機嫌さを増したように顔をしかめた。
「甘い、大甘だ古泉。お前な、あんまり俺を甘やかしすぎるなよ、つい甘えたくなるだろうが!」
「えっ?」
予想しなかった言葉に僕は面食らってしまった。
――――これが噂のキョンデレというやつでしょうか。実にいいものですね。
「……何ニヤニヤしてるんだ気持ち悪い」
「いえ、ちょっと……なんだか感動してしまって」
「花が舞ってるぞ。お前は少女マンガのヒーローか」
できればあなたのヒーローになりたいとは思っていますけど。などと告げたら彼はますます顔をしかめるだろう。
「……まあいい」
プリンを完食し、彼はのそりと起き上がった。あれ、全身がだるくて動けなかったはずでは……。
事態の把握ができない僕を尻目に、彼は眠そうな目を向けた。
「言っとくけど、これエイプリルフールだからな」
予想しなかった言葉第二段。え、どこからどこまで嘘なんですか!?
「起きてからプリンまで」
そんな冬のソナタみたいな。
「嘘ですよね」
「だから嘘だと言ってるだろうが」
「いえそうじゃなくて……」
諦めの悪い僕に、呆れたように彼が言い放つ。
「お前も早く夢から覚めるんだな」
プリンカップに立てられたスプーンがからんと鳴った。
――――合掌。
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