起きなきゃいけない時間なのに、あと五分、って往生際悪く粘った経験、誰にでもあると思う。
 眠い、もう少し寝ていたい。
「コーヒー淹れましたから、起きてください」
「んー……」
 軽く揺り起こされてうっすら目を開ければ、下だけ穿いた上半身裸の古泉が、こちらを覗き込むように背をかがめていた。
 朝から微妙な光景を見てしまったな。
 これがエプロン姿の朝比奈さんだったりしたらすっきり爽快な目覚めが迎えられたんだろうが、半裸の古泉じゃ再び目を閉じたくなるのもしょうがない。
 全裸の俺が言えた義理じゃないかもしれんが服を着たまえ。
「あと、五分……」
「渋くなってしまいますよ?」
 別にそれならそれで飲まないからいい。だいたいなんでコーヒーなんだ。
 夜明けのコーヒーってそんなベタを踏襲する必要もないだろう。オリジナリティに欠けるぞ。
「飲んだらきっと目が覚めますから」
 残念だったな、カフェインってのは効くまでに時間がかかるんだよ。
 俺は枕に顔を埋めた。
「もうちょっと寝かせろって……」
 そもそも俺がこんなにも疲れている原因はお前にあるんだぞ。
 その辺を理解できたなら海よりも深く反省しろ。そして次からは気をつけろ。
「それについては本当に申し訳ありません。ですが、起きてもらわないと困るんです」
 俺は困らない。
「いえ、あなたも困ることになると思います」
 俺の安眠を妨害するお前の声の他に困る要因が見当たらないんだが。
 なんでそんなに俺を起こそうとするのかわからない。何か用事でもあるのだろうか。
 明日は休みだから来ませんか、と俺を呼んだのは古泉のほうだったはずだ。
 コーヒーが上手く淹れられたから、とかいう理由だったら殴る。
「とにかく、起きてください。お願いします」
 これは起きるまで諦めないな、と判断した俺は、不承不承その願いを聞いてやることにした。
「……わ、かった。起きるよ」
 多大な労力を払ってまぶたを開く。
 身体に養成ギブスでも巻いてるみたいに、ぎしぎしきしんで腕も足も動かしづらい。
 俺は生来の怠け気質なので、早々にこの現実に見切りをつけた。
「起きれん」
 起きる気ないでしょう、だと? 言いがかりだ。俺は頑張って起きようとした、が、無理だった、それだけの話だ。
「うるっせーな、そんなにコーヒー飲ませたきゃお前が勝手にやれ」
「えっ」
 眠気のせいでやや投げやりかつ不機嫌になっていたんだろうな、俺は。
 だからこんな言葉が飛び出したんだろう。
「俺に服着せて身体を起こしてベッドの上に座らせてコーヒー飲ませりゃいいだろ」
 古泉が固まってるらしいのが気配でわかる。
 今更何を恥ずかしがることがあるよ、どうせならその恥じらいを昨日見せて欲しかったね。
 そうしたら俺もここまできしむ身体をベッドの中に沈めたままでいるなんてこともなかっただろうさ。
 古泉はしばらく動かなかった。
 だが、やがて意を決したように俺から掛け布団を剥ぎ取ると、本当に服を着せ始めた。
 まさかやるとは。まあ楽だからいいか。
 古泉が俺の腕を持ち上げたりしている間、俺は目をつぶって浅い眠りの波と戯れていた。
 五分は経ったかな、足にまとわりつく波を払って、ゆっくりと目を開ける。
 俺の肩と腰を支えて起こそうとしていた古泉の、裸の胸板がすぐ前にあった。
「お、起きました?」
 ちょっと上ずった言葉とともに膨らんでは萎む胸板の動きを見てたら、なんか、こう。
「俺もやる」
「は?」
「俺も着せる。お前の服よこせ」
 俺はベッド脇にあったシャツを手に取ると、あっけにとられた様子の古泉に袖を通させた。
「え、あ、あの」
 この古泉の狼狽ぶり。
 普段人のパーソナルスペースにずかずかと土足で踏み込むくせに、自分が踏み込まれるのは嫌ってか。自己中にも程があるだろ。
 根性叩きなおしちゃる、とばかりに俺は顔と身体を古泉に近づけて、ボタンを順番に留めていった。
 ぷちん、という音が聞こえたような気がしたのは、たぶんボタンが立てた音だったんだろうと思うが、もしかしたらあれこそが理性の糸の切れる音とやらだったのかもしれん。
 気がついたら俺はベッドに逆戻りしていた。
 おい古泉君、俺は服を着せろと言ったのであって、脱がせてどうするよ。
「だから困るって言ったじゃないですか」
 その真の意味に気づいたところで、全ては後の祭り。
 さて、時間の経ちすぎたコーヒーは渋くてとても飲めたものじゃなかったので、俺は罰として古泉に缶コーヒーを買いに行かせて二度寝した。






けりこさんに挿絵をいただきました わーいキョンデレ! ありがとうございます