初めて俺を閉鎖空間にいざなったときのように、古泉は俺の手を握り、ほんのわずか前を歩く。
 男二人で手を繋いでるこの状態。
 誰かに見られたらたぶんおホモだち認定されちまうんだろうが、幸いというべきか、辺りには俺たちのほかには誰もおらず、いたとしてもこう暗くっちゃ、夜目には手を繋いでるとはわからなさそうなのがせめてもの救いだ。
「いい夜ですねえ」
 月を眺めながら言うが、俺には月を愛でる余裕なんかまったくない。
 どこがいい夜なんだ。俺の16年余りにおける人生の中で今夜ほど嫌な夜もそうそうないぞ。
 ハルヒと閉鎖空間に飛ばされた夜に勝るとも劣らぬ悪夢のようだ。
 冷たい夜風が、ほてった頬を撫で熱を浚っていく。
 木の葉がざわめく音とかすかな虫の声、俺たちの足音、息、鼓動、身体の内側の音。
 二人きりで夜の底に取り残されたように、車も通らず、すれ違う人もない。
 草木も眠る丑三つ時、にはまだちょっと早いが、充分深夜と呼べる時間帯だ。人がいないのも頷ける。
 じゃあなんで俺らは、物好きにもこんな時間にこんな風に夜の底をさまよい歩いているかというと、……それは古泉に訊いてくれ。
 俺の口からは説明したくないんで。
「ひっ」
 古泉は答えない俺の手をぐいっと引いて、俺が悲鳴を上げると笑った。性格悪すぎる。
 おとなしく古泉にドナドナよろしく手を引かれたままになっているのは、でないと立ち止まってしまうからだ。
 振りほどきたくてもそれをすれば結局困るのは俺で、だから振りほどかない。振りほどけない。
 俺の歩幅は小さく、膝は力が入らずがくがくと震え、酔っ払いの千鳥足もかくやというよろめきぶり。
 倒れそうになるたびに古泉が身体を支える。
 ともすればその場でしゃがみこみそうになるのを、繋いだ手が許さない。
 汗ばんだ手のひらなんか握ってて、こいつは気持ち悪くないのかね。
「……っ」
 熱い。熱い息を吐く。
 気温は低いはずなのに、汗がじっとりと滲む。
 ――――ち、くしょう。
 腹筋や下腹部には力をこめず足だけに、この配分の加減がめちゃくちゃ難しい。
 少しでも間違って入れすぎれば膝を砕くような快感が襲ってくるし、かといって抜きすぎれば立っていられないし、辛くて辛くていっそ泣き喚きたいくらいなのに、古泉は微笑みながら歩き続ける。
 こいつには俺のこの状態も何もかも、全部わかってるんだろうと思うと腹が立つ。
 わかってて俺を長々と引っ張り回してるんだ。
 早く帰りたい。
 長めのコートで隠れてはいるが、俺の股間は勃起して大変なことになっている。
 その理由も含めて、こんなんばれたらおホモだちどころじゃねえ。
 変質者認定されて明日からお天道様の下を歩けない。
 ご近所からは後ろ指さされて噂の的、針のむしろ、やがて夜逃げのように引っ越す未来が待ってるだろう。悲惨だな。
 とばっちりで白眼視される家族にも申し訳なさすぎる。
「本当にいい夜ですねえ」
 古泉の声は楽しそうだ。
 どこか異常な月夜。
 ルナティックって、狂気って意味なんだっけ。


 いつものように古泉の家に行ってベッドの上で一戦交えた。
 いつものようにと言ったが、この『いつものように』は文章中のどこにかかってるかというと、どこにもかかってない。
 俺はいつも古泉の家に行ってるわけじゃないし後者についても以下同文だ。
 ただ、古泉の家に行くと必ずベッド上の攻防が繰り広げられ、家に行く=ベッドで云々の式が成り立つので、つい『いつものように』などという形容を用いてしまっただけで、そんな毎日盛ってるわけじゃないって。ほんとに。多くてせいぜい週3だ。
 で、戦いも終わり(勝敗? ノーコメント)疲れたんで俺は寝る! と毛布にもぐりこもうとした。
 ら、古泉が戦士の休息を邪魔するように膝の間に身体を割り込ませてきた。
「……なんだよ」
 安眠妨害だ。
「もう寝ちゃうんですか?」
「悪いか。俺は疲れてんだよ」
 主にお前のせいでな。
 睨んでやるが効果はなしだ。古泉は俺の視線もどこ吹く風で、べたべたと擦り寄ってくる。
 絡みつく腕があつっくるしい。うっとうしい。
「あなた終わるといっつもすぐ寝ちゃいますよね」
 あ、失神するときもありますけど、と言ったこいつを殴らなかった俺の自制心は誉められてしかるべきだと思う。
 古泉は俺の前髪を親指でかきあげるようにして、
「ちょっと冷たくないですか。せっかくですしもっと甘い時間を過ごしましょうよ。夜は長いんですから」
 お前俺をかゆがらせてどうするつもりだ。かゆうまとでも言やいいのか。
「そうですねえ……もう少し余韻に浸ったりしません?」
「はぁ?」
「ほら、ピロートークを楽しむとか」
 ……アホか。俺とお前でピロートークなんて寒すぎるだろ。
 だいたい何を話すって?
 男ってのは出すもん出すと急激に冷める生き物だというが、俺も多分に漏れず、やることやったら明日のためにさっさと寝る派だ。
 じゃないと体力が持たないんだよ。
 昼間ハルヒに振り回されるだけでもくたくたになるってのに。
 それにそういう台詞は彼氏の態度に拗ねてる可愛い女の子が可愛く言うべきであって、お前みたいな図体のでかい可愛くない男が言うと無性に反発してやりたくなるだけだ。
「でも、明日は休みですし、夜更かししても支障はありませんよ。たまにはいいじゃないですか。すぐ寝ちゃうのはもったいないですよ」
 俺としては今この時間がもったいないぞ。貴重な睡眠時間が減るだろうが。
「それとももう一回します?」
 古泉のその言葉が、ここが重要、って感じに赤線を引かれる部分なんだってのがわかった。
 はーいここテストに出ますよー。
 やけに食い下がるなと思ったら結局それが言いたかっただけかよ!
 無駄な前ふりをばっさりカットしてくれてれば、俺だって気づいて逃げるなり無視して寝るなりできたのに、仏心で付き合ってやったのが悪かった。
 タイミングを逸しちまった。
 自制心なんざくそくらえ、一発殴って寝とくんだった。
「ちょっ、変なもん挿れんな!」
 起き上がろうとする俺の肩を上からやんわり押さえつけて、古泉がにやにやと指で少し押し込んでは抜くのを繰り返す。
「大丈夫です、ちゃんと安心品質保障ですよ」
 そういう意味の変じゃねえ。
 ていうかなんだそのちっちゃなカプセルみたいなのは、もしやこれが噂に聞く、
「ローター。大人のおもちゃってやつですね」
 実物、初めて見た。へー……って感心してる場合か!
「やめろ、俺は寝るって、っ」
「これじゃ嫌ですか? 他にもありますよ」
 人の話をまるで聞くつもりのない古泉が、マジシャンのような手つきで、ベッドの上になにやら得体の知れないものをずらりと並べる。
「各種取り揃えてあります。お好きなのをどうぞ」
 通信販売のCMに出てくる商売人じゃあるまいし。
「各種……」
 もう俺ドン引きですよ。
 お前、大人のおもちゃ屋でも開く気なのか。品揃えが良くったってそんなもん無駄の極みだ。
 つうかお前こういうのどこで調達してくるわけ?
「主にインターネットですね。いやあ、便利な世の中になったものですね」
 そんなことで文明の発達を実感するんじゃない。謝れ、昔の人に謝れ。
 ふと捻じ曲がったハンガーみたいな妙な形状をしたものに目が留まる。
 それに気づいた古泉が楽しそうに商品説明に入る。
「あ、それエネマグラです」
「エネ……?」
「前立腺刺激するのにいいらしいですよ。試してみます?」
 誰か俺に許可を! 発砲許可をくれ! プリーズギブミーロケットランチャー!!
 しかしここに銃はなく、武器商人もおらず、あるのは古泉がネット通販で買ったと思しき怪しげなアイテムだけだ。泣けてくる。
「それともオーソドックスにバイブレーターとか」
 お前のオーソドックスはたぶん世間で言うところの重度の変態行為に相当すると思う。
「ぜってえ嫌だ! 全力で遠慮するッ!」
 後ずさって逃げる俺の身体を腕でせき止めて、古泉が唇の端を三日月みたいに吊り上げた。
 チェシャ猫の笑いだ。ハートの女王がとっ捕まえて首を切りたくなる気持ちもわかるぜ。
 古泉は、モザイク、禁則事項、ピー音、放送禁止、な代物を片手に携えてにじり寄ってくる。
「まあまあ、あるものは有効活用しましょうよ」
 そんなに使いたきゃてめえで使え。
「あなたに使うのを楽しみにして買ったのに」
 もっと別の楽しみを見つけろ。
「仕方ありませんね」
 古泉が身体を起こして腰を捻り、上半身だけ後ろを向いた。
 諦めてくれたのか、とほっとしかけた俺は生クリームにメープルシロップかけてチョコレートを混ぜたくらい甘かった。
 足りないかもしれないからコンデンスミルクも追加しておくよ。
「これ、なんだかわかります?」
 姿勢を元に戻した古泉の、その手にある物体。
 分厚い布で作られた二つの輪っかは、スポーツやるやつが手首や足首につけるサポーターに似てるが、輪っか同士が短い布で繋がっている。
 俺が嫌な答えを口にする前に、古泉が正解を言う。
「相手を傷つけないようにとの配慮がなされた、拘束プレイ用の手錠ですよ」
 半分は優しさでできていますってか。
「無理やりされるのと自主的にするの、どっちがいいですか?」
 俺はしないという第三の選択肢を選びたい。ファイナルアンサー。
 しかしこの、にこにこ笑う古泉から逃げられるとも思えない。
 悔しいことに俺とこいつの力の差ははっきりとしていて、いつもいつも、いつも、いっつも! 押し切られるんだ。
 常々この力関係を逆転したいと思ってはいるんだがな。
 抵抗しなきゃそのままやられるし、かといって抵抗したらしたでこいつは喜ぶし、どっちにしたって古泉は楽しめて俺にとっては悪い結果になるのさ。もうどうしろってんだよ。
「今ならどれを使うかも選ばせてあげますよ」
「……っ」
 まずい、現状を打破する道が見つからねえ。
 このままでは手錠をはめられて、あのエグイ物を問答無用で突っ込まれて、泣くまでやめてもらえない。むしろ泣いてもやめてもらえない。
 こいつは俺を泣かせることにかけては手を抜かないというか、追及を緩めないというか、日々探求というか、とにかくものすごい情熱を傾けやがるので、俺はいつもいつもいっつも……いや、もう何も言うまい。
 さっきから墓穴を掘りまくってる気がするのは気のせいだよな。
 いっそ墓穴でもいいから埋まって隠れたいが、俺の下にあるのはシーツの海で、それじゃ潜ったところで溺れるのが関の山だ。
 逃げ場はなし、詰み。
 手錠をちらつかせながら迫りくる古泉との距離残りわずか20センチ、古泉がネット通販で費やした金額不明、そして俺のプライドプライスレス。
 この状況でどうするかなんて、そんなの――――決まりきってるだろ。それしか道はない。
 俺は目を伏せ、ゆっくりと口を開いた。ほんとやれやれだ。
「使ってもいい」
 ぎゅ、とシーツを軽く握った。俺の心の乱れを映し出したような、しわの漣が出来る。
「……でも、手錠はやめろ」
「はい」
 古泉はぱああっ、と花を辺りに撒き散らすように笑って、手錠を置いた。
 どうせ俺がなんて答えるかなんざ最初から全部お見通しなんだろうな、こいつは。
 先手先手を取られてるようで面白くない。
 普段の弱っちいボードゲームと違って、こういう駆け引きにはやたらと長けてるんだ。
 でもって負けっぱなしの俺は身包みはがされ借金の形にあーれーそんなご無体な、みたいなことをされまくる。
 それがわかってるのに古泉の家に来ちまうのは、結局は古泉のことが好……、嫌いじゃないから、なんだろうな。
 俺の脳もたいがいおめでたいね。きっと常に酩酊状態にあるんだろう。
「どれがいいですか」
 古泉が上機嫌で目の前を指し示す。
 しかしこんなお上品そうな外見の古泉と大人の玩具の組み合わせ、似合わないにもほどがある。
 どんな顔して買ったんだろうな。
 どれがいいって言われても、俺には使い方がいまいちわからないものが多くて、なにがなにやらだ。
 となると自然と消去法になり、まずなんか嫌な予感がするエネマグラとやらはパスだ。
 バイブもいかにもって感じでパス、この球体が連なったのもパス、そんな風に消してったら、最終的に一番初めのローターが残った。
 これなら小さいし、見た目も大人しいほうだし、まあこの中ではマシなんじゃなかろうか。
 きっと大丈夫だ、泣くほどのことにはならない。
 そう考えた俺は最上級にゲロ甘だった。
 コンデンスミルク追加したくらいじゃ足りない。シロップにあんこもぶちこんどこう。
 甘すぎて吐くね。


 それでなんで俺は服を着てるんだろう。
 あそこからどこをどうしたらこうなるのか、世にも奇妙な展開だ。
 黒いグラサンのストーリーテラーが不気味な短調の音楽と共に現れたりしてもおかしくない。
 ローターを使うんじゃなかったのか? いや別に使わないなら使わないでいいんだが。何がしたいんだこいつは。
 てっきりもう1ラウンドファイッ、てなことになるのかと思ったんだがそんなことにはならず、古泉は俺を着せ替え人形、あるいはマネキンか何かだと勘違いしてるらしく、いそいそと服を押し付けて着せようとするので、人間しかもいい年をした少年であるところの俺は服くらい自分で着れると丁重にお断り申し上げた。
 俺がわけもわからずとりあえず下着をはいていると、俺に先駆けてさっさと服を身につけた古泉がじろじろと俺を見る。
 お前もいい加減俺の裸なんざ見飽きてるだろうに。
「あなたの身体はいつだって見ていたい」
「……」
 吐息たっぷりでそういう台詞言うなよ、鳥肌立つっつの。
 朝比奈さんのような豊満な女性ならともかく、貧相な男の身体じゃそんな見て楽しいもんでもないだろ。奇特なやつ。
 ため息をつくのにしたがって上下する俺の胸板を眺めつつ古泉がぬかした。
「逆ストリップですね」
 語尾にハートマークがついてるような気がする。しかもピンクじゃなくて紫のやつだ。
 さて、俺はこの振り上げたこぶしを重力にしたがって下ろしていいものか。
 しかし俺の腕は古泉の頭に当たることもなく無難に服の袖の中に納まり、着替え完了。
 古泉から渡された服はパジャマ代わりにしてるスウェットではなく、普通に普段着である。
 ということは寝るわけでもなさそうだ。もしかしてどっか行く気なのか? これから? なんのために?
 こんな時間に開いているのは24時間営業のコンビニくらいのものだぞ。
 俺の脳みそに浮かぶ大量の疑問符を透視でもしたのか、超能力者はにっこりと笑って
「散歩に行きましょう」
 と言った。ああ散歩か、散歩ね、なるほど、
「……もう夜だぞ」
「夜のほうが都合がいいんですよ」
 そんなもんか? 俺は散歩に造詣が深くないので何が都合がいいのかも見当がつかない。
 だがまあ、よくわからんが散歩程度なら付き合ってやらんでもない。そう突飛な要求でもないしな。
 とたん古泉の目が怪しげな輝きを帯びた。
「本当ですか? 男に二言はないですよね」
 散歩程度で何をそんなに真剣になっているんだ。若干ひっかかったが、俺は頷いた。
「……言質を取りましたよ」
 え、なんか俺まずった? 古泉の発するただならぬオーラに気づいたときには手遅れだった。
 毎度このパターン、そろそろ学習しようぜ俺。
 するり、と古泉の手が俺のケツにまわされ、穿いたばかりのズボンを下ろす。
 俺の小さな頭の中は疑問符で溢れかえり、古泉の突然の行動を理解できる脳細胞などひとつもなかった。
 かの名探偵のように灰色の脳細胞よ頑張れ!
 しかし頑張った結果出たのは至って陳腐な言葉だけだった。所詮俺の脳だしな。
「な、なにすんだよ!?」
 お前が着ろっつったから着たのに、脱がしたら意味ねえだろうが。
 半分脱げかけたズボンと下着を元に戻そうとした俺の手を、古泉が阻む。
「ローターがまだですよ」


 抵抗しなかったのかって? したよ、しましたとも。するに決まってんだろ。
 ケツにローター突っ込んだまま出かけなきゃならないってそれどんなプレイだよ。
 俺はそこまでアブノーマルの域には達してないんだ。
 健全な青少年らしく、ソフトでまともな性交渉を希望ということをここに強く主張するしだいである。
 選挙前の政治家のごとく大音量で長々と演説してやってもいい。
 男同士でやってる時点ですでにまともじゃないという正論もあるだろうが、それに関してはひとまず横に置くか、ぐっと目をつぶってもらいたい。
 とにかくだな、俺は普通を信条としているんだ。なにごとも普通が一番。普通万歳。普通最高。
 普通は平穏に通じ、平穏を愛する限り俺も心安らかでいられる。異常な事態はお断り。
 そんな平穏至上主義の、セックスに関して知識もスキルもまだ若葉マークが取れていない俺が何で、いきなりハードSMのごときことをせねばならん。
 ボーゲンしか出来ないようなスキーヤーがいきなり上級者向けコースに挑戦するようなものだぞ。無謀すぎる。
 チャレンジャーなのと命知らずなのは違うんだ。そこんところを履き違えるな。
 だいたいだな、百戦錬磨のAV女優……いや、男優? じゃあるまいし。
 何度でも言ってやる、俺は普通の、ノーマルな、一般的な性癖しか持たない高一男子なんだっての!!
 だが古泉の耳は自分に都合のいい部分だけしか聞き取らないらしい。
 すなわちさっき俺が了承した部分だけを記録し、それ以外の、主に拒絶の部分は編集の上綺麗にカットされているというわけだ。
 実に便利な耳をお持ちで。
「困ります、素直になってくださらないと」
 俺はいつだって自分に素直に生きてるが。正直が俺のモットーと言っても過言ではないくらいだ。
「じゃあ僕に対してばかり天邪鬼なんですか?」
 そう思うんなら胸に手を当てて、自分の日頃の行いを振り返ってみろ。
 きっとそうされるに足る理由に心当たりがあるだろうぜ。
 しかし古泉の手はやつの胸ではなく俺の手首に伸び、そのまま腕を捻りあげた。
「っ!」
 ぎし、という音の発生源はおそらくベッドのスプリングであって、俺の骨がきしんだせいではないと思うんだが、絶対とは言い切れないので検証すべきだろうか。
「素直になってくださらないと……手荒なまねをしなくてはならなくなるんですが」
 うわあ、すっげえ生き生きしてるよこいつ。水を得た魚ってえの? 俺なんかまな板の上の鯉の心境だぜ。
「あ、うっ」
 上半身をベッドにうつぶせに押さえつけられ、足を軽く開かされる。
 自分で言うのもなんだが、ものすごい間抜けな半ケツ姿だと思う。
 なんで古泉はこんなんに欲情できるんだろうな。謎だ。
 しかし今は悠長に謎を解明してる場合じゃない。
 必死に首を後ろに回して、なんとか古泉を睨みつける。
「嫌だやめろ馬鹿! 古泉!」
「男に二言はないんじゃありませんでしたっけ?」
 頷いただけで言葉には出してないんで無効だ無効。
「そんな屁理屈を」
 それをお前が言うか、お前が。お前こそ絶対口から生まれてきたろ。
 くすりと笑みが落ちたと思うと、指が尻の割れ目を左右に開き、つつ、と滑る。
「ひっ」
 身体のほうは素直ですよね、とか使い古された台詞で古泉がくすくす笑う。
 そういう部分に普通さは求めてねえ。


「う、ひ」
 すっげえダサい声が漏れた。
 体重をかけるように押さえ込まれ、思うように身動きがとれなくなる。
 ガタイの差か力の差か、どちらにせよむかつくことにかわりはないな。
 古泉の手は調子に乗って俺の下半身をまさぐり、口に出すのが憚られるような不埒な動きをする。
 なんか冷たくて硬くてちょっとぬるぬるなものを、俺にわからせるように擦り付けてから、つぷりと挿れてきた。
 反射的に身体が跳ねる。う、わ、なんだこれ。
「んっく」
 ぎゅっと全身が緊張した。
「ダメですよ追い出したら。ちゃんと呑み込んでください」
 筋肉の収縮する動きを利用しつつ、指がぐいぐいとその物体を奥へ押し込んでくる。
 今まで古泉の指かあれかしか入ったことがなかったもんで、体温のない機械の感触に、無機物を受け入れてるんだってはっきりと意識しちまった。
 やっぱ人間と機械は相容れないんだよ、などとロボットを敵に回す発言を胸中で呟く。
 今挿れられているものは、俺の身体とは明らかに違う。異物なんだと実感する。
 うっわー。
「なんか……変な感、じ……っ、あ」
 なのにぞくぞくと快感が走る。
 なぜだかどこか後ろめたいような気がするのは、玩具なんかで感じている自分に対してか?
 でも元からそういう用途で作られてる玩具なわけだから、感じちまうのは当然で、俺が悪いわけじゃないはずだ。
 古泉の満足げな溜息の音が後ろから聞こえた。
「スイッチは一番弱くしておいてあげますからね」
 恩着せがましいんだよ。
 文句を言おうと思ったら、先手を取られてそれどころじゃなくなった。
 ベッドの上に置いた手にぐっと力が入り、シーツに爪を立ててへこませる。
「っ……は」
 中、で、動……!
 微弱な振動音が体内から響き、脳から腰から全部を揺さぶる。
 呼吸が荒くなり、体温が上昇していくのがわかる。眼球に薄い水の膜が張られていく。
 ちょっと待て、こんな状態で出かけろってのか!? 冗談だろ!
 まともに歩けるかどうかだって怪しいぞ。
 震えがちな身体をそれでもなんとか起こして古泉を睨んでやると、
「すごい、その顔。ぞくぞくしますね」
 見当違いもいいとこな感想がキスをおまけにつけて返ってきた。そんなおまけなんざいらないんだよ。
 俺が途方もない壁にぶち当たって絶望的な気持ちでいるってのに、古泉の野郎は心底楽しげだ。
 身の内を食い破ろうとする快感に耐える俺はまともに抵抗も出来ず、されるがまま服を元の通りに着せられる。
 唯一さっきとは違うのは、ズボンのウエスト部分から出てるコード。
 振動の強弱を調節するスイッチに繋がっていて、そのスイッチはにこにこと上機嫌な古泉の手中にある。
「しっぽみたいですね」
 俺はしっぽより爪が欲しいね、そうすりゃせめてもの意趣返しとして、お前のその自慢の顔をひっかいてやれるのにな。
「別に僕は、この顔を自慢に思ったことなどありませんよ。僕の顔を好きなのはあなたのほうでしょう?」
 自分の顔が武器になるって自覚してる時点でダウトなんだよ。


 そんでもってだ、こいつはあろうことか「大人しくしないと強度上げますからね」と爽やかな笑顔で俺を脅迫した。
 お前な、俺がそういつもいつも卑怯な脅しに屈すると思ったら大間違いだぞ! と言えないのが悲しい。
 心の中では滂沱の涙を流しているのに、実際には熱っぽい吐息を漏らすしか出来ない。
 小動物みたいにぷるぷる震えながら、古泉に手を引かれて外に連れ出された。
 体内に振動するローターを含んだままで、夜の散歩。
 現実から乖離してる嘘のような状況だが、悲しいけどこれ現実なのよね。事実はAVより奇なり。
 そうそう、段差とか最悪だったぜ。
 手を引く古泉が振り返って、
「気をつけてください」
 言われんでも。
「っ、!」
 それでなるべくそっと降りるようにしたのにな、びりびりと軽い電流のような衝撃が脳天まで突き抜けやがる。
 我ながらよく悶絶しなかったものだと思うよ。
 冷ややかな外気温も、俺の体内の熱までは冷ましてくれない。
 周りを見る余裕もない。ただ古泉に引かれるまま歩いているだけだ。
 古泉の馬鹿野郎、人の気も知らねえで!
 俺が耐えがたきを耐え忍びがたきを忍び、お前の変態プレイに付き合ってやってるというのに、お前は散歩を謳歌してるんだもんなあ。まったくいいご身分だよ。代わって欲しいね。
 いや、俺は古泉の中にローター突っ込んで引きずり回したいとは微塵も思わないが。
 ああでも、俺がいつもやられてるみたいに、気持ちよすぎてわけがわからなくなった古泉ってのはちょっと見てみたいかもしんない。
 余裕なんか消えて、優位性も失って、ひたすら俺に翻弄される古泉。
 泣いて懇願するまで焦らされて、いきたいのにいかせてもらえない古泉。
 ……いいんじゃね? 少しは俺の気持ちもわかるだろうぜ。
 斜め前の背中に念を飛ばす。いつか見てやがれ。
 月光に照らされた整った横顔はいっそ幻想的ですらある。
 この猫の皮を被った狼に何度振り回されたことか。
 狼男は月の夜に狂気が増すというが、こいつ実は超能力者じゃなくてモンスターなんじゃねえの。
 なんか魔力とかありそうだし。
「んぅ……んっ……ん」
 ああやばい、意識がなんかふわふわしてる。足元もふわふわしてる。定まらない。
 幻想的ってか、これもう完全に幻覚世界に足を踏み込んでるだろ。
 中途半端な気持ちよさがじりじりと身体を焦がしてつらい。
 いつまで登ればいいかわからない山に延々と登らされてる気分だな。膝ががくがくする。
 杉田……じゃない、過ぎたるは及ばざるが如しという言葉を知っているか?
 快感もやり方しだいじゃ拷問だ。も、限界。耐えられない。
 下着も濡れてて気持ち悪いしどうしてくれる。
 本音を言うとこれ以上一歩も歩きたくないが、帰りの道程があるゆえにそれは不可能なので、ならばせめて少しでも距離を減らしたい。
 俺は清水の舞台から飛び降りるときでさえこうはいくまいというほどの決意で、古泉の手をくいと引いた。
「こい……ずみっ」
 精一杯紡いだ言葉には思いっきりビブラートがかかっている。俺はオペラ歌手かっての。
 なあ、もう気が済んだだろ? だいぶ歩いたし、月も見れたし、満足じゃないか?
 俺はギブアップだ。もう嫌だ、もういいだろ。
 このままだと、さなぎみたいに、外側一枚だけは保っていても中身がどろどろに溶けるんじゃないかと思う。
「っは、なぁ、も、これ、抜いてくれ」


 引っ張った古泉の手は動かない。
 沈黙が、痛いくらいの耳鳴りをつれてくる。
 その間の俺のいたたまれなさときたら、ジャック少年が拾って植えた豆の木の成長速度くらいの勢いで天に届こうかというほどだ。
 おいこら、人が決死の覚悟で言ったってのにスルーかよ。
 なんとか言えよこら! と思った俺は谷口のことをアホと笑えない。
 月明かりに映える古泉の顔は、それはもうおっそろしく綺麗だった。
 そしておっそろしく……恐ろしかった。
 それを見た瞬間一発でわかったね、俺が致命的なミスを犯したってことが。
 いやもういいやっぱりお前は何も言わなくていいから黙っててくれればいいからやめろ笑うなそれ以上口を開くんじゃねえ!
 願いもむなしく、笑みの形になった古泉の唇が言葉をつむいだ。
「……ここで、ですか?」
 俺の馬鹿! 馬鹿! ドアホ!!
 抜いてくれではなく、止めてくれと言うべきだったのだ。
 自分の浅慮に呆れ返る。
 まあ快感のせいで判断力が鈍っていたんだろうがそれにしたってもうちょっと考えてから物を言え。
 貪欲な猛獣にいい餌与えてどうするよ。そりゃ飛びつくに決まってるだろ。
 獲物を発見した古泉の目はハルヒばりに輝き、そんな目で見つめられて逃げられる気がしない。
 まあこんなまともに歩けもしない状況じゃ最初から逃げられっこないんだけどな。
「ち、が、そうじゃなく、てっ」
「いいですよ、そんなに我慢できないなら」
 額面どおりに受け取って喜んではいけないのだ、ぬか喜びになるから。
 それがわかるくらいには、俺の思考回路にも無事な箇所が残っていたようだ。
 だってなあ、この後の展開なんてお約束じゃねえか。
 意識して辺りを見れば、おあつらえ向きに寂れた小さな公園に木にベンチに茂みに、周囲に人影はなし、マジに誰かがセッティングしたんだろと疑いたくなるようなシチュエーションだ。
 もうこの時点で俺の運命は決定したようなものだ。
 本格的にやべえんじゃねえのか、これ。どう考えてもおいしくいただかれるしかないな。
 腰に手を回されて、公園へと促された。
 ろくに力の入らない足じゃ抗えず、俺としてはまっすぐおうちに帰りたいのに寄り道することになってしまった。
 すいません皆さん、俺たちはこれから公序良俗に悖る不埒な行為を、人がいないとはいえ公共の場でしようとしています。
 ほんとすいません。
「……ぃずみっ、誰か、見られたら……っ」
「誰もいませんよ」
 古泉は俺にベンチと向かい合うような形で背もたれに手をつかせ、後ろから抱きしめてきた。
 身体をまさぐりながら、その手がズボンに伸びる。
「でもそうですね、あなた、もし見られたらと思うと興奮するでしょう? だから、もしかしたら、と完全には否定しないでおきます」
 人を露出狂の変態みたいに言うな。
 古泉の手が俺の勃起を捉え、たまらず背筋が震えた。
「ふぁっ」
「こんなべとべとにして、早く挿れて欲しくてたまらなかった?」
 違う、その反対で早く抜いて欲しいんだよ。だが俺の主張は認めてもらえず、小さな音がしてローターの振動が強まった。
「んんんっ……!」
「僕も本当は挿れたかったんですけど、家までは我慢しようと思ってたんです。ですが、あなたが我慢できないようですので」
 この野郎、俺のせいだってのか。
 俺が誘ったとでもいうような口ぶりだが、さんざん散歩を長引かせようとだらだら歩いてたのはどこのどいつだ。
 俺を焦らせて、音を上げるの待ってたんだろうが。
 こうなるよう仕向けたのはお前だろ。
 俺はまんまと罠に嵌ったってわけだ。


 俺の常識的な部分が、青姦なんて真っ平ごめんだと叫んでいるが、悲しいことに叫んだところでどうにもならないどころかさらに悪い結果を招きそうなんだ。
 畜生、ここまできたら腹を括るしかないか。人間諦めが肝心だ、すぐに諦めろ。
 などと必死に己に言い聞かせ、なんとか自分の感情と折り合いをつける。
 抵抗して下手に長引けば、それだけ誰かに目撃される危険も高くなるわけだし、これ以上古泉を調子付かせて延々ローター責めされても嫌だし、納得いかない理不尽だと思う心はぐっと飲み込んで、ちゃっちゃと済ませてとっとと帰ったほうが得策だと思えてきた。
 ほーら俺、だんだんそう思えてきたはずだ。ほらほら。
 ふざけてるとお叱りを受けそうだが、そんな風に自分で自分を洗脳でもしないとやってらんないんだ。
 俺のこの可哀想で複雑な気持ちを酌んでくれ。
 俺の理性はとうとう欲望の前に破れ、俺は古泉の手が生み出す快感にいいように喘がされながら、やつに決定的な口実を与えてやった。
「い、から……抜け」
 抜いた後煮るなり焼くなり好きにしてくれて構わないから、いや構わないわけではないんだが、とりあえず今は一刻も早くこの熱から解放されたい。
 自分がどんなみっともない格好を晒しているかなんて意識したくもないね。
 ベンチ傍の街灯が壊れていることに感謝しよう。お願いだから闇に溶けていますように。
「かしこまりました」
 この場にそぐわない恭しさで古泉が言い、くん、とコードが引っ張られたような感覚があって、背中が小さく震える。
「んっ……」
 鼻にかかった声が漏れる。
 つうか先にスイッチ切れよ。なんで動いたままなんだよ止めろよ!
 俺のもっともな突っ込みは全部胸の中にとどまり、片手で口を押さえたのはせめて少しでもご近所の迷惑にならないよう声を抑えようという意思の表れでありあられもない大声をあげそうになったからとかそういう深読みは厳禁である。
 かしこまりましたと言ったくせに、古泉はことさらゆっくりともったいぶりやがり、内壁をもどかしく擦りながら抜けていく機械に、余計に煽られてしまう。
「馬鹿、焦らすなって」
 ああもう駄目だ、誤魔化しがきかない。
 たぶん古泉にもわかるくらい表情に、態度に、身体の反応に、出てしまっていると思う。
 古泉の指摘は実に正しかったってことさ。
 早く挿れて欲しい。
 それは単に快楽の問題だけじゃなくて、古泉じゃなきゃ駄目なんだ。
 いくら意地を張っても俺は古泉が、その、明確に言語化するのはやはりまだ照れが勝るが、憎からず思っている、まあぶっちゃけて言えば好き――――なんだなあ。
 今ここでそれを言ってやったらこいつがどんな顔するのか、激しく好奇心をそそられるものの、実際やったら自殺行為なので言ってやらん。俺はそこまで命知らずじゃない。
 その代わり、不安定な姿勢ながらなんとか後ろに手を伸ばして古泉の足の間に触れ、上から擦るように布越しに刺激してやる。
 軽く息を呑む気配。
 古泉の言ったことはどこまでも正しかったんだな、へえ、お前も本当にずっと挿れたかったんだ? かなりきつそうじゃねえか。
 相手も同じように欲を覚えているのだということにかなり気を良くして、俺の箍が少し外れる。
 指先でファスナーを探り当てて、覚束ないながらも引き下ろすと、古泉の熱い息がうなじにかかった。
「んんぅ……」
 同時にローターが抜かれ体内の振動が消えたことに、安堵と、そして期待に打ち震える身体は隠しようもない。


 くそ、古泉のせいだ。
 古泉が俺の身体に気持ちいいことを日夜教え込んだせいで、パブロフさんちの犬のごとく学習条件付けされちまったんだ。
 やいこら、どうやら俺はお前なしじゃいられない身体になったようだぜ、笑えるだろ。笑っていいから責任取れよ。
 首をひねって後ろを見ると、ほんとに笑ってやがった。
 自分から言い出したことではあるがどうにも釈然としなくて思わず睨んでしまうと、古泉がニヤケ面のまま弁解するように言った。
「いえ、あの……すみません、嬉しくて。つい口が笑ってしまいます」
 そうだな、締まりのない表情で、おまけに頬や耳がほんのり赤いな。きっと俺も似たり寄ったりな色をしていることだろう。
 忌々しいったらないね。
 古泉の手がケツの肉を左右にぐいと開いて、
「もちろん責任はちゃんと取らせていただきますから」
 即、有言実行だ。
 圧力がかかり、さっきまでさんざんローターで溶かされた中に、もっと熱くてもっと存在感のあるものが、俺を溶かし尽くすべく入ってくる。
「ん、ん、」
 受け入れる瞬間の満たされるような幸福感を、なんて言ったらいいんだろう。
 ここが外だとか、ここに至るまでの諸々とか、それに関する古泉への恨みつらみとか、そんなのもうどうでもよくなるくらいの圧倒的な力でもって俺の胸の中を塗り替えてしまう。
 つくづく人間ってのは現金にできてるよ。
「は……っぁ」
 確認するように数度軽く揺すられて、埋め込まれたものを意識する。
 全てを収めきった古泉の手ががっちりと腰をつかんで、そこからはもう好きに動かされたし、俺もできる範囲でそれに応えた。
 ようやく許された絶頂への道に素直に身を委ね、快感を貪ることに熱中する。
「んっ、んっ、くふっ、ぅ!」
 力がうまく入らない足で懸命に立って、ベンチの背もたれを強くつかむ。指先に堅い反発を覚える。
 足の力が抜けるのに反比例して、手にかかる負荷が大きくなっていく。
 と、すっかり勃ちあがって硬くなってる俺のものに、何かが触れるのを感じた。
 別に覚えたくはなかったが、覚えのあるこの振動は。
「っ、まえ」
「……こういう、使い方も、できるんですよ」
 古泉はローターをぬるぬると先走りに絡めてはぴったりと一箇所を責め立てたり、撫で上げるように移動させたりと性器に押し付けながら操る。
 うわ、これやばい、すごいやばい。
「あ、あぁぁ……っ」
 強烈な快楽に抗えるはずも、また理由もなく、あっという間に頂上が見えてくる。
 こんなに気持ちいいとか反則だ。
「ゃ、いく、いっ……く」
 でもこんなに気持ちよくて、中も外も満たされてるのに、もっと欲しいとか思ってる俺はどれだけ欲張りなんだろう。
 あーキスしてえな、とか、とろけかかった頭でそんなことをさ。
 思っただけじゃなくて無理矢理上半身をひねり、欲情の色に染まった古泉の顔を見つめ、唇を舌で湿らせた。
 古泉は俺の要求をちゃんと察してくれて、顔が近づく。
 塞がれた口の中にくぐもった呻き声を全部吐き出しながら、まず俺が、続いて古泉が達した。


 古泉のハンカチと公園の錆付いた水道でとりあえずの応急処置を施し、ふらっふらの足を叱咤激励して歩き出す。
 ローターが抜かれても相変わらず古泉は俺と手を繋ぎたがり、俺は再びドナドナを胸中で歌いつつ、ようやくこの長い夜が終わることにほっとした。
 それにしても、今夜一晩でいろいろと線を越えてしまった気がする。
 俺はノーマルだっつってんのに、主義に反してその手のアブノーマルスキルが日々磨かれていってしまっているのは由々しき事態であるからして、これ以上の線を踏み越えたくはないので、できれば今後はこういったことのないようにお願いしたいね。まあ無理だろうけどさ。
 古泉が上機嫌で手を繋ぎなおし、指と指を絡めてくる。
「今度は残りの道具も使いましょうね」
 ――――ほらな。





毎度のことですがすみませんでした