ベルトを抜き取りファスナーを下ろす。
 直接触れたくて我慢が出来なくて、片手をそこにもぐりこませ、別の腕で古泉の首をぐいと引き寄せた。
 裸の上半身が擦れ合い、密着する肌と肌。体温がじわりとしみこむようで、こうしてただ触れるだけでも気持ちいい。
 性的な快感というよりは安心する感じの心地よさに近い。とかいいつつ片手はしっかり性的な行為のために忙しく働いているわけだが。
「……、っ」
 古泉のものを引っ張り出して揉むように弄り、硬さを増したそれを自分のものとまとめるようにして一緒に扱きあげる。
 まともな耳なら聞くに堪えないような湿った音を立てながら昂ぶっていく。
「はっ……ぁ、あ」
 いつになく大胆ですね、と若干驚いたように古泉が言い、それから苦笑した。
「あなた、まだ酔ってるでしょう」
 そうかもな。でも酔ってなくたってこういうことにあまり抵抗がなくなってきているくらいには俺も経験を重ねていて、伊達に何年も付き合ってないってこった。日進月歩、人間は日々成長するのだよ。
 まあそうは言っても完全に開き直れているわけではなくて、一応、プライドも羞恥心も人並みには残っているから、流石にとんでもない要求とかは突っぱねたりするぜ。
 背中を撫でたりまさぐっていた古泉が、ふいに、横へ除けていたベルトを手に取った。
「……? なに……」
「僕もね、まだ怒ってるんですよ」
 低く落とされた言葉を拾いあげて理解するまでに時間がかかり、その間にするするとベルトが両の手首を一束にまとめる。
 こいつは昔機関で教わったのか知らないが拘束術に長けていて恐ろしく手際がいいのだ。過去何度同じように縛られたことか。
 もう少しでいけそうだったのに、絶頂間際の力の入らない身体は容易く押さえつけられ、抵抗する暇もなくたちまち自由を奪われてしまい、俺は当然抗議の声を上げた。
「ちょっ……何すんだよ!?」
「あなたもさっきご自分で仰ったじゃないですか。今夜はとことん羞恥プレイだ、って。そのとおり、今夜はとことん恥ずかしい目に遭わせてさしあげます」
 めら、と静かなオーラがその背から立ち上ったように見えたのは錯覚だろうか。
 どうやらとんでもない要求を突きつけられようとしている。そしてそれを突っぱねるための腕はすでに縛り上げられ済みとくれば俺のプライドと羞恥心はこれから粉砕されることが決定した。
「っあ」
 快楽でとろけかけた身体を撫でられれば、それだけで新たな熱が肌の表面を溶かす。
 中途半端なところで放り出されたままの火は、再び煽られるのを待っている。
「あなたにしていただけるというのも魅力的なんですが、それではお仕置きになりませんから」
 一方的なのはあまり好きじゃない。こういうのは協力し合ってこそだと俺は思うのだが、古泉は普段優しすぎるほど優しく俺を甘やかすくせに、ときどき俺の意見をまるで聞いてくれなかったりする。
 俺だってお前に触りたい。触りたい。欲しがってるのはお前だけじゃない。
 腹の中、肺をめいっぱい膨らませた欲望が解放されないまま、苦しくてうっかり泣きそうになる。
 目の前にあるのに手が届かないってのは結構な拷問だぞ。
「それもお仕置きのうち、ということで」
 古泉は少し切なげに目を細めた。
「すみません。自分でも大人げないのはわかっています。でも、やっぱり収まらないんです。あなたに触れるのは僕だけでありたい」
 そう言いながら、後ろの、いつも古泉を受け入れている部分に触れる。俺だってこんなとこ許すのはお前くらいだ。


 ひく、と震えるのはもはや条件反射だった。軽く指で押されただけで、普段の俺なら絶対に出さないような高い悲鳴じみた声が出る。
 まるで自分が楽器か何かにでもなった気分で喉を反らすと、軟骨の出っ張った部分に古泉が音を立てて口付けた。
 たまーにな、本当にたまにだが、風呂場でやったりすることもあるんだよ。
 気分がやたら盛りあがったときとか、生活の擦れ違いが続いた後のスキンシップ不足解消のためとか、事後にシャワーを浴びようとしてそのまま二回戦に突入するとかな。
 だからバスラックにはシャンプーリンス石鹸洗顔料入浴剤なんかのほかに、ローションが据え置かれているのである。
 古泉は片手を伸ばしてローションを取り、自分の指に絡めながら俺の足の間に垂らす。
 そのひやりと冷たい感触に肩を竦め、先走りと混ざってねっとりと幹を伝い落ちる粘液の、むず痒いような感覚に息を吐いた。
 ローションを纏った指が肌を下り、再びそこに押し当てられる。丸い爪の先が潜り込んでくる。くちゅり、と粘ついた水音が身体に響いた。
「ひ」
 しつこいようだがやるのは久しぶりで、ということは当然そこへの刺激も久しぶりで、飢えていた身体は喜んで食いついた。
 数年に及ぶ古泉の開発の結果俺の身体はそっちで簡単に快感を得られるようにすっかり順応してしまっており、悔しいが気持ちよかった。
 しかし後ろよりも前で一回抜いておきたいんだが。さっきから寸止めを繰り返されているこの状態でまたしても焦らされるのは辛い。
 自然と腰が揺れた。まるでねだっているようで嫌なのに、身体は快楽に従順だ。俺は情けなくも音を上げた。
「こいずみっ!」
「ダメですよ」
 古泉は念入りにそこを解しながら肌にキスを落とすが、肝心なところには一切触ろうとしない。
 わざと空気を含ませるようにかき混ぜるのは、大きな音を出すためだろう。これも羞恥プレイのひとつなんだろうな。
 くちゅくちゅといやらしい音が反響して、なんで風呂場ってのはこう響くんだ。
 指を含ませては内壁を撫で、ぐり、と回転させる。飲み込んでいる縁が擦れてくすぐったい快感が走る。
 綻んで、長い指を根元まで貪欲に飲みこんでいるだろうそこを、古泉が手のひらでぐいと押し開いた。拡げられる。
「女の子みたいにぐちゃぐちゃ……ですね」
「う……るせ」
 俺がノーマルであることを誰よりも主張するのはお前のくせして、そんな俺が自分の男としての矜持を捨ててまで同性である男と性交渉をしてる、しかも抱かれる側に甘んじてるのは、それだけお前のことが好きだからなんだって、どうしてわかんねえんだろう。
 お前のためならプライドを押し殺してでもいいかと、生物としての本能を捻じ曲げても構わないから、それでもお前を受け入れたいと思ったからだって、どうして。
 石頭め、と思いながら、キスをしに近づいてきた額に額をぶつけた。
 ごち、と結構重い音がして、古泉が自分の額を押さえるが、俺の手は縛られているので押さえようがない。
「何するんですか、痛いですよ」
 俺も痛かったよ。つうかたぶん俺のほうが痛かったよ。ちょっと火花とか涙とか出たぞ。
「だってあなたはどちらかといえば痛いほうがお好きじゃないですか」
 この野郎、言うに事欠いて、名誉毀損で訴えられるレベルの暴言を吐きやがった。
 俺が妻なら記入済みの離婚届をテーブルの上に置いて実家に帰らせていただくところだ、って誰が妻だ。
 とにかく人を勝手にマゾッホ男爵のお仲間に認定しないでもらいたいね。
「おや、違うんですか」
 一気に三本突っ込まれた。
「……っ!!」
 慣らされていたおかげで結構すんなり飲み込めたが、それでも衝撃がないわけじゃない。


「っあ、おま、ぃ、きなり……!」
 びくびくと痙攣する身体をなだめながら古泉を咎めると、古泉は内部で指を蠢かし、肉壁を引っかくことで俺の口撃を封じた。
 この卑怯者。歯を食いしばっていないとあられもない悲鳴が風呂場に大音量でこだましそうで、そんなものを死んでも聴きたくなどない俺は必死に耐える。
 古泉は「すみませんでした」と息を増量した声で言い、
「あなたは、痛いことも、気持ちいいことも……大好き、ですものね」
 普段は結構気遣いの男なのに、たまに発揮される古泉のこの鬼畜臭さはどっから出てくるもんなんだ、そういうスイッチがあるのか、だとするならそのスイッチの切り替わりの基準は何なんだろうな。
 後ろばかりを弄られて、しかしその弄り方が中途半端というか、いや、ある意味では徹底しているのだが――――つまりまとめると、中途半端にしか快感を与えないことを徹底している。
 的確なポイントには絶対に触れないか、触れても掠めるにとどめ、ただ浅い部分で指を遊ばせ、入り口を柔らかくする。
 ぐちゅ、と聞こえる音にまで身体を震わせ、音とは空気の振動だったななんてことを思った。
「……っあ、っくぅ」
 じわりじわりと募っていく射精への欲求と、男としてなかなか認めたくない欲求とで理性が消されていく。
 自分で言うが、俺はあまり堪え性があるほうじゃない。
 おかげで決定的な快楽と引き換えに淫語を強要されて陥落、思い返すと舌を噛み切りたくなるような台詞を散々吐いてしまったのも一度や二度ではない。
 このままだと確実にまずいことになる。それがわかっていても、俺に出来るのは唇を噛締めて耐えることくらいだ。
 内で膨らむ熱をなんとか逃がしたくてたまらない。熱くて乾く。渇く。
「く……」
 もういい加減に挿れて欲しいとか思っても言わん、って違う、思ってねえ、断じて思ってねえぞ!
 ふいに古泉が身じろいだ。
「……こ、ずみ……?」
 何をするつもりかと思ったら、古泉は俺の中に指を突っ込んだまま、反対の手を己の息子に伸ばしたのだった。
 おい、一人で抜く気かよ。
「ってめ、」
 俺がもどかしさに腰が揺れるのを顔から出た火で焼死するんじゃないかと思いながらどうしようもなくて苦しんでいるというのに、お前はそうやって自分だけ勝手に満足しようとしてるわけだ。
「は……」
 古泉は器用にも俺の中へ刺激を送るのを止めないまま、自分のものを緩やかな動きで扱いていた。熱っぽい息。
 俺はつい、その手つきを、動きを、自分へと置き換えてしまう。
 勃ちあがった性器の幹を握って、擦って、先端を撫でて、裏筋を撫で上げて、そういう風に触って欲しい。
 もっと激しくてもいいくらいだ。乱暴に追い立てて早く解放して欲しい。
 溢れる雫が滑りをよくし音を立てるのも気持ちがよさそうで、古泉の表情とか息遣いとか、こんなの我慢できるやつがいたらお目にかかりたい。
 悪いが俺はこれ以上無理そうだ。
「っ……ずり、お、まえ、ばっか……ッ」
 しまいにゃ泣くぞ。古泉が俺の目じりにキスをしたので、もしかしたらすでにちょっと泣いてたのかもしれない。
 古泉は指をゆっくり引き抜いた。なくなっていく感覚に、鼻にかかったような声が漏れる。
「ん……」
 睫と睫が触れ合いそうなほど近くで視線が合わせられて、色素の薄い綺麗な目に秘められた凶暴なまでの欲望を読み取った脳が、全身に震えを走らせる。
「僕が欲しいですか」


 死ぬかと思った。
 貫くように俺を見る古泉の瞳に、自分が食われる立場の動物なんだと本能で思い知る。
 それほどに強くて、逃げられない、逃げられるはずがない、視線に全身を突き刺されその場に縫い止められているように、まるで身動きが取れなかった。
 綺麗な顔は至近距離で見ても粗など見当たらず、やっぱり怖いくらい綺麗だ。
「ねえ、答えてください。僕に抱かれたい?」
「……あ、」
 中を埋めていたものはすでに抜かれ、古泉は今、俺の肌のどこにも触れていない。
 それなのに、身体はぞくぞくと確かに快感を得ていて、視線だけで驚くほど感じた。
「っ……」
 全面降伏だ。死ぬ。本気で死ぬ。
 間断なく投下される爆弾に逃げ惑う暇もなく直撃を食らって、俺はこれ以上の抵抗を諦めざるを得ず、首を僅かに縦に振った。
 言葉に出さなきゃ古泉が引き下がってはくれないことはわかっていたが、すぐに口にするのは流石に羞恥心が勝って無理だった。
 案の定古泉は唇の端にちゅ、と口付けて、妙に頭蓋骨に響く音で囁いた。
「ちゃんと言って」
 それは一切の誤魔化しを許さない追及の声だ。
 鼓膜に触れると同時に、肌が内側からうねって粟立つようなすさまじい感覚があった。
 俺はノーマルなんだ、古泉以外の男に抱かれるとか考えただけで怖気が走るし絶対無理、女の子は大好きだが古泉を失う危険を冒してまで抱きたいとは思わない。
 つまり俺の身体をどうこうできるのは俺以外には古泉しか許されていないのであり、古泉が俺を抱きたいというのなら抱かれてやろうじゃないかとそういうポーズを取りつつも古泉に抱かれるのはまんざらでもなかったり、俺も古泉にされたいと思うときがあったりもして、ああわかったよ畜生、認めてやろう、認めようじゃないか。
 限界なんかとっくに来てたんだ。
「……古泉、が、欲しい……」
 恥ずかしさが致死量に達する前に古泉がそれを中和するようなとびきりの笑顔を見せたおかげで、俺は一命を取り留めることができたが、顔の赤みまでは抑えられない。
 燃えるような頬に軽いキスが繰り返され、やがて唇に辿り着き、しっかりと塞いだ。
 舌を絡ませるのと同時に、下腹部に擦りつけられる古泉の熱。
 ようやくという安堵とこれから訪れるであろう刺激に、身体は正直に期待をし始め、昂ぶっていく。
 は、は、と熱風のような荒い吐息を交換し、互いの唾液を混ぜ合わせながら、人間は利口ぶってても獣の仲間なんだと思う。
 当然ながら古泉だって尋常じゃなく興奮している。
 こいつの自己申告と俺の数々の実体験によれば、古泉はもう本当にすごくすごく俺のことが大事で大好きなんだから、そんな相手とこういうことをしているのに平静でいられるやつは不能だろう。
 つうか団長……じゃねえ断腸の思いで言ったんだからさっさと、
「……っ!」
 ぴたりと先端が触れたのがわかり、息を呑んだ。
「あなたが求めてくれるなら、僕はいくらだって……」
 おい、なんでそんな泣き笑いみたいな顔してんだよ。
「あなたの全部を僕のものにできるだなんて思ってはいません。でも、あなたが許してくださる部分は全部僕が貰います。他の誰にだってわたせるもんか」


 俺は酒と湯気とでとっくにのぼせ上がっていたらしい。
 そうだ、熱っぽいのはアルコールのせいで、視界が滲むのはここが湿度の高い風呂場だからだ。
 だってなあ、古泉の言葉が、そこにはっきりと示された独占欲が、俺に対する気持ちがめちゃくちゃ嬉しかったからうっかり涙ぐむって、ありえるかありえないかって言ったら1:9の圧倒的大差でありえないだろう。
 野球だったらコールド負けを喫しているところだ。グラウンドにがっくりと膝をつくぞ。
 つうか、俺はいったいどこの乙女だよ。くそ、やっぱ酒だ、酒のせいだ。アルコールが脳をおかしくさせ結果涙もろくなってるに違いない。
 なるほど俺って泣き上戸だったんだな、普段古泉が俺にあまり酒を飲ませたがらず、「付き合いなら大目に見ますけれど、外で飲むときは気をつけて飲み過ぎないようにしてくださいね」と口をクエン酸で満たして言うのも納得がいった。
「苦しいですか……?」
 涙の理由を誤解したらしい古泉が、気遣わしげな声を出す。
 お仕置きだからと散々俺を苦しめてきたのはお前だってのにそうやって優しくなるのはなんだ、飴と鞭のつもりか、なんてな、優しいほうが本来の古泉だなんてことくらいちゃんとわかってるさ。
 ああ苦しいとも、だからさっさと楽にしてくれ。
「んっ!」
 腰を抱き寄せられて、自分とは違うものが中に入ってくる感覚。
「は……」
 ぐう、と身体にかかる負荷にゆっくり肺から息を押し出して、受け入れやすいようにする。
 だがそれも無用の心配だったようで、そんなことしなくたって身体はいつの間にか準備万端整えて、自然に古泉を迎え入れた。
 やらしい音を立てて体内を進む熱い肉に、興奮作用のある成分が内臓から吸収されて全身へと運ばれているようにどうしようもなく高まっていく。
「んっく……」
 下はあんまり見ないようにする。
 別に古泉の顔を見ていたいとかそういうことじゃなくて、単に、毛を全部剃られたそこがどういう醜態を晒しているのか自分の眼で確認したくないからだ。
 たぶんだらだら涎を垂らして反り返ってるのは想像がつく。
 だがそこに本来あるべき毛があるのとないのとでは、変態臭さが段違いだと思う。
 この期に及んでまだささやかなる抵抗を試みる俺、往生際が悪いというなかれ。
 名前を呼びながらキスを交わして、互いの体液だとか息だとか声だとかが舌先で溶け合う。くちゅ、と音がした。
「……一回、これで」
 古泉が唇を擦れあわせながら伝えてくる。
 このままで一回いくってことか、つまりそれはこれじゃない、別のパターンの二回目もあるってことだ。
 三回目以降もあるのかは知らんが、俺はそれまで正気を保っていられるだろうか。
 今だって結構辛いのに、射精したらたちどころに眠気が襲ってきそうな気もするし、久しぶりの行為に気が狂うほど溺れてしまいそうな気もするし、さて、どっちに転ぶかね。
「ん……あ、っあ、う」
 粘膜の壁を擦られればたまらず声が出る。腰を揺らされて、足を絡める。ぐぷぐぷとローションが粟立つような音が脊椎に響く。
 もっと、もっとだ。こんなのじゃ足りない。全然、足りない。
 太い部分が縁を引っ掛けながら出入りするのが気持ちよくて、でも奥も突いて欲しくて、人間はつくづく欲深いな。
「あなたはもっと、欲張りになってもいい、と、思います、よ……」
 そうかい、それじゃあお言葉に甘えさせてもらおう。


 もう今更取り繕ったって、そんなんあまりにも今更、だ。
 恋人になって、自分の特別であることを許して、一緒に暮らして、隣を歩く過程で恥ずかしいところなんていっぱい見られたし、見てきた。
 閉鎖空間よりずっと健全な『他の人間が入り込めない領域』をこしらえて、互いが唯一の存在であることを確かめたいと思うのはそうおかしなことじゃないと思う。むしろ当然かもしれない。独占欲大いに結構。
 だから俺も、自分にかけていた枷を取っ払い、欲望に忠実になることにするよ。
 耳を塞ぎたくなるほど恥ずかしい音を立てている自分の身体に頬を火照らせるよりも、素直に乱れて喘いじまったほうが古泉も喜ぶだろうしな。
「あ、いえ、快楽にめろめろで従順なあなたもいいですが、恥ずかしがって抵抗するのを無理に屈服させるのも好きですよ!」
 ……特別な相手の人選を間違ったかもしれん。そんなことを力説すんな。めろめろとか言うな。
「ふっ、あ、い……から、もっとうご、けよ」
 ああそれとも、俺が動いたほうがいいのか。風呂場は狭いから動きが制限されて困る。つうか下が固いせいであちこち痛い。
 それでなくとも腕を拘束されているせいで色々と不便だというのに。
「っぐ、……は……ぁ、こ、いずみ、」
「は、い」
 名前を呼ぶと喜ぶのを知ってる。突き入れられる動きに言葉が途切れがちになるのってエロイよな、とか他人事のように考えつつ、暴力的なまでの快感に捻じ伏せられるその瞬間を待った。狙い済ましたように前立腺を擦り上げられ、
「っあ、も、出る、無理、出、あ、あああ……ッ」
 息を詰まらせて目を細め、白い波に身を任せる。
 ぎゅうっと締め付けたのがわかり、色気を砂糖のように煮詰めて固めたような古泉の呻きが耳に落とされて、それがさらに俺を高みに押し上げる。
 大量の精液を自分の腹に撒き散らしながら、体内で古泉のものを受け止め、なんとも言えない感覚に震えた。
 中で出ているのを、怒る気になれないどころか一緒にいけて嬉しいなんて思う俺は、男としてどうかしてるのかもしれない。
「は……」
 やがて全てを吐き出し、力を失った性器がぐにゃりと垂れ下がる。古泉も腰を引き、ゆっくりと俺の中から出て行った。
 この、抜ける瞬間の――――それまで俺を満たしてくれていたものがなくなるっていうのはいつも、なんとなく寂しいものだな。
「いっぱい出ましたね?」
 そりゃ溜まってたからな。男のシステム的にしょうがないだろうが。たとえ生殖の機会に恵まれなくても、精子は日々製造され続けるんだ。その嬉しそうな面をやめろ、気色悪い。
 ちらりと目をやって下半身の惨状を確かめ、俺の心が防衛機制のためにすぐさま視線をそらせと命じてきたためにそれに従う。
 一瞬で判断した限りでは、まあ、ここがベッドの上でなくて良かったですねといった感じである。
 どろどろになったシーツを洗濯するのは俺なのだ。風呂場の利点は後始末が比較的楽なところだな。流せば済む。
 乱れた呼吸を整え、倦怠感に包まれながら軽く目を瞑る。
 気持ちよかった、疲れた。
 ここがベッドの上であればこのまま寝てしまえるのに、とさっきとは逆のことを思って、快感の余韻の溜息を吐いた。
「駄目です、まだ寝ないで」
 わかってるって、二回戦があるんだろ。
 目を開けると古泉が笑いかけてきた。
 俺の身体に腕を回して持ち上げて、くるりと向きを半回転させ、そのまま自分の足の間に乗せる。
 なるほど、背面座位でいくわけか。それはまあいいとして、見過ごせないことが一つあるんだが、やっぱり鏡の真正面なんだな。
「ええ、なにせお仕置きですから」
 そういやそういう話だった。


 ところで、前提として、我が家の風呂掃除は古泉が担当している。
 というかこいつにはあまり家事能力がないため、担当できるのが風呂やトイレなんかの『片づけを含まない掃除』と『ゴミ出し』と『食器洗い』くらいに限られてしまうのでそういう役割分担になっているのだが、古泉は風呂掃除の際、数少ない自分がやれることはせめて精一杯頑張ろうという健気な精神でもって臨んでくれており、バスタブやタイルを磨くだけではなく、鏡の水垢汚れを拭き、曇り止めまで塗布しているのだ。
 つまりだな、俺の前にある鏡は、湯気で曇ることもなくぴかぴかと輝き、俺の顔や身体をそれはもうばっちりしっかりはっきりくっきりと映しだしやがる。
 合わせ鏡をしているわけでも鏡に向かって自分が何者であるか問いかけているわけでもないのに発狂寸前に追い込まれそうだ。
 とろんとだらしない目、諸々の事情で林檎みたいになった頬、唾液の垂れた後の残る口元、ひくりと上下する喉、色づいた乳首、ベルトを巻かれた腕、その下、腹、もっと下。普段だったら毛にも絡んでいるだろう白い体液が、無防備な皮膚を汚している。
 なんだこれ。誰だこれは。俺か。認めん、認めんぞ! 顔を背けたくなるひどい有様だ。
 しかし、だがしかし、古泉の手が顎をがっちりと掴んで固定しているため俺の顔は動かず、従って背けようにも背けられない。
「こ、いずみっ」
 嫌だと言う前に先手を取られる。
「……目、閉じないで……きちんと、見て」
 その声がエロイのもさることながら、後ろから息を吹きかけるように耳元で喋られて、思わず首を竦めてしまう。
 顎を掴んでいた指がゆったりと顔のラインをなぞって、軽く持ち上げる。
「ね、すごい、いやらしいでしょう? 僕以外に見せないようにしてください、ね」
 馬鹿野郎が。
「お前以外の前で、こんなに、なるか……ッ」
 馬鹿に対するむかつきを込めて言ったそれが、どうも古泉のツボを突いてしまったらしい。
 ぎゅうっと思いっきり抱きすくめられたし、なにより尻の間に当たっているものの自己主張が強くなったからな。
「あなたは……ほんとに、もう」
 鼻先を首筋に擦り付けられれば、さらさらと髪の毛が流れる音がする。
 やがて俺を抱きしめていた腕が不穏な動きを見せ始め、片手は胸へ、もう片方は股間へと延び、
「ふ……ぅ、あ」
 こりこりと乳首を刺激しつつ、俺の足を開かせていく。恥ずかしい奥まった場所が鏡の前に曝け出されて、男の足の間、しかも自分のものなんか見たって何も面白くない。なのに、俺は確かに強く打つ心臓の音を聞いた。
 血液がふつふつと煮え立ち始める。俺の反応に気づいた古泉が笑う振動が伝わってきて、お互いバレバレだ。
「恥ずかしい? でも……いえ、だから、興奮してるんですよね」
 興奮。そうだ、俺は興奮している。
 こんな格好をさせられて、あまつさえそれを鏡で見せられて興奮しちまうとは、言い訳も不可能な立派な変態だよ。思えば遠くに来たもんだ。
 腰を持ち上げられたかと思うと、ゆっくりと引き摺り下ろされる。
 下がっていく視界のど真ん中にある鏡には、今まさに古泉を咥え込まんとしている俺が映っていて、なんつう衝撃映像、俺に瞬間記憶能力がないことに感謝しよう。
 は、と熱い息が首筋をくすぐる。
「……どんな風に、飲み込んでいくのか、見えますか……」
 鏡の中の古泉と目が合った。身体を巡る血の温度が一、二度上がって、鏡に映る肌の赤みが増したような気がする。
 お前こそ、こんな顔、他の誰にも見せるんじゃねえぞ。
 俺のものなんだからな、と思いながら、ぎゅっと締め付けた。


 背後で古泉が呻いたのがわかり、つい口角がつりあがる。自分の身体で感じてくれていると知るのはなかなかに気分がいい。
 俺のそこはローションとさっき古泉が出したものとでどろどろになっていて、動くたびに文字で表したらにゅぶ、だとかくちゅ、だとかそういう卑猥な擬声語になりそうな音をさせ、だからなんだって風呂場はこう音が響くようになってるんだろうな!
 レストルームが耐震に優れてるのはわかるが、バスルームの音響効果が良かったからってなんの利益が得られるのか見当もつかん。
 中から溢れ出した濁った液体が古泉の幹を伝い落ちるのが見えた。
「……っ!」
 連鎖反応のように中の古泉を思い切り締め付けてしまい、危うくとんでもない嬌声をあげるところだった。
 侮りがたし、視覚効果。
 今見ている光景が脳に刻み込まれずに短期記憶のままで終わることを心より望む。
 短期記憶の保持時間はおよそ20秒ほどだというから、ほんの少しの辛抱だ、そのほんの少しを乗り越えれば、
「……うつむかないで」
 古泉の指がおとがいを捉え上向かせる。途端飛び込んでくる刺激的な光景。長期記憶になっちまったらお前のせいだ!
「はっ……あ、ぅ、」
 足の筋肉に力を入れて、身体を上下に揺する。
 腕が縛られているせいで多少バランスが取りづらいが、それは古泉の手がカバーしてくれた。
「ふ、う、ん、っく、んんっ」
 長い指が毛を剃った肌の周辺や上を揶揄うようにくるくると遊んでいたかと思うと、ずっとほったらかしにされていた前へ絡みつく。
 粘液を滲ませている部分を指の腹が幾度も撫でて、突如訪れた、電流が走るような強い快感に、反射的に腰が浮いた。
「ひっ、あ! あっぁ、ま、てちょっ、」
「……どうして、です? ずっと、ここを」
 ぐり、と擦られる。
「ひ、」
「触って、欲しかった、ん、でしょう……?」
 そのとおりだが、物事には加減ってもんがあるだろうが。
「ああ、つまり気持ちよすぎて辛い……と」
 振り返るのは大変な労力が要りそうだったので、正面の鏡に映った古泉を睨んでやる。
 そこにいた男は、人のことなんか言えねえくらい、感じてますって顔をしていた。
 目元が赤くて、琥珀色の眼球なんかうるうるで、ずくんと腰に響く、この表情を引き出したのが俺であることに優越感を覚える。
 そうだ、なんでもっと早く気がつかなかったんだろうな、鏡を見ろと言われたからってバカ正直に自分に焦点を合わせる必要なんてないわけで、よし、今から古泉の表情を観察することにしよう。
 どうせ覚えておくならお前の顔がいい。己が面食いだということは指摘されるまでもなく自覚している。
 いつも綺麗な顔が愉悦に歪んで、でもそんな顔もやはり綺麗で、気持ちよさそうに細められた目も、薄い唇から覗く整った歯並びも真っ赤な舌も、全部俺のための、俺のものなんだって思った。ら、たまらなくなった。
 胸に渦巻く色々な感情、どうしたらこのわからずやの鈍ちんの石頭の頑固野郎にきちんと伝わるだろうな。
「こ、いずみ、っ」
「……はい」
「こいずみ、こいずみ……っ」
 俺はお前を、古泉一樹を選んだんだ。伝わればいい。掠れちまった声で名前を呼びながら震えたのはちょうど絶頂を迎えたからであって、それ以外の理由、たとえばしゃくりあげたとか、そういう事実があったかどうかは伏せさせてもらう。


 講義が三限からで助かった。教室の中を見回しながら、空いている席を探す。
 よくつるむゼミ仲間が手を振ってくれているのを見つけ、そっちに向かって歩き出そうとした瞬間、後ろから肩を叩かれた。
 女の子の叩き方は男とは違うもので、振り返れば予想通り、昨日のあの子が立っている。ああ、そういえば彼女もこれ取ってたっけ。
 逆レイプしようとした相手に声をかけてこれる神経がすごい。
 しかしこっちはそこまで神経が太く逞しくはないので、昨日の今日でどうあしらえばいいのかうまい反応が思いつかず、困惑したまま何を言われるかと身構えると、
「ねえ、昨日のあの人、友達? 一緒に暮らしてるの?」
「ああ……、うん」
 瞬時に俺は悟った。
 これはあれだな。女の子の目が雌豹になってることからして、次に言われる言葉は十中八九あれだ。
「すっごい好みなんだけど、彼女いたりする?」
「彼女は……いないな」
 ほら来た、と思いながら答える。彼女は確かにいないが、彼氏ならいるよ、と心の中で付け加えた。
「え、うそ、じゃあフリー!?」
 とたんに色めき立つ女の子。助手さんが準備を始め出してるんで、さっさと席に着いちまいたいんだがなあ。
 しかし女の子は盛り上がっちまったらしく、迫りくる授業開始時間も気にした風がない。
「あたし狙っちゃおうかな。ね、ね、どんな子がタイプとかわかる?」
 こんくらいのセクハラはお返しとして許されるよな、俺なんか襲われたわけだし。おかげでえらい目にも合わされたし。
 俺は周りに聴かれない程度の声で一言だけ、
「パイパン」





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