それは真夏日の続いた高校二年の八月のある日、涼宮さんの力の発露によりその身体を異性のものへと変えられてしまった彼が、僕の家に一時的に避難することになった二日目の朝の出来事だった。
「起きろ古泉、朝だぞ」
耳に心地のいい声が夢の狭間に入り込んでくる。
その声に導かれるようにゆっくりと目を開け、そして開けたばかりの目を疑った。
僕はまだ夢を見ているのだろうか。
「あ、起きたな。おはよう」
女性化の解けていない彼が、お玉を片手に、エプロンを身につけ立っていた。というか、エプロンしか身に着けていなかった。
ええええええ!? 僕はがばりと飛び起きた。
スカート部分の裾からすらりと伸びた生足、剥き出しの肩、鎖骨や胸の谷間まで見える。なんて大胆な。
これはもしや男のロマンのひとつに数えられる裸エプロンというものなのではないだろうか。
落ち着け一樹、落ち着くんだ。起き抜けに襲うのはまずい。
「ええと……そのお玉は」
「ああ、朝飯の準備してたからさ」
頭の中で教会の鐘の音が鳴った気がした。
落ち着くなんて無理だ、だって会話といい彼の格好といい、まるで新婚さんみたいじゃないか。こんな日が来るなんて、涼宮さんありがとうございます。
しかしなぜいきなり裸エプロンなのだろう、一体彼はどういう意図で……、ああ、ひょっとして「朝ごはんは俺」というメッセージなのかもしれない。
「もう少し起こしても起きなかったらお玉でぶっ叩こうかと思ってたところだったんだ」
そう言って彼は悪戯っぽく笑った。まったく恥ずかしそうな様子はなく、いたって普通に見える。
「ん? どうかしたか?」
「あ、いえ」
考えていたんです、この場でいただきますをしても構わないかどうか。
そのとき、彼が身体を反転させ、くるりとドアのほうへ向いた。そして、
「え」
瞬間、目に飛び込んできたのは期待していた綺麗な背中やお尻ではなく、キャミソールとトランクスだった。
つまり前から見ると裸エプロンに見えただけで、ちゃんと服を着ていたのか。道理で彼の態度は普通だったわけだ。
そうですよね、よく考えれば、彼が裸エプロンなんてするはずないのはわかりきっていますよね。べ、別にがっかりなんてしてないもん!
「冷めないうちに食おうぜ。つっても昨日のカレーあっためなおしただけだけどな」
そうだ、昨夜は彼が夏野菜のカレーを作ってくれたのだった。
ところでこの臨戦態勢の息子を冷ますにはどうしたらいいですか。
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