豆腐の角に頭をぶつけて死ね、とはよくいうが、事実人生において豆腐を頭からかぶるなんていう出来事に見舞われた人間がいったいどれほどいるだろうか。
「前回はお味噌汁で失敗しましたけど、冷奴なら僕にも出来ると思うんです!」
 そう張り切っていた古泉は、現在俺の前でただの木偶のぼうと化しており、俺はといえば、床にぺたりと尻餅をつき、前髪から滴る雫を呆然と眺めている。
 古泉の野郎、こともあろうに、なにもないところでうっかりつまづき豆腐を汁ごと俺の顔めがけてぶちまけやがったのだ。
 そういうドジっこアピールが許されるのは朝比奈さんだけなんだよ!
 舌を伸ばして頬を舐めると、豆腐の味がした。
「お前なあ、何してくれてんだ」
 俺の言葉に古泉ははっと我に返ったようで、
「あ、あの、す、すみません! でも、その、人体に害があるわけではないので」
「ほう?」
 頭や服がびっしょびしょの俺は害を被っていない、と?
「厳選された国産の有機丸大豆を使用していますし、にがりもきちんと天然のものです!」
 どんなに高級な豆腐だったか知らないが、食えねえんなら意味ないだろ。
 あーあ、もったいない。
「だ、大丈夫です、僕がきちんと責任を持って食べますから!」
「食うったって……うわ!?」
 古泉は床に膝をつき、俺の両肩を掴むと、豆腐の塊が飛び散っている髪の毛に唇を寄せた。
「ちょ、おま、なに、」
「ああ、こんなところにまでついてる……目、閉じてください」
「は!?」
 睫の上に湿った感触があって、俺が再び目を開けたときにはその湿って生温かい何か、つまり古泉の舌はすでに頬へと移動済みで、次に鼻の横、次に唇のすぐ側へ。
「んっ、」
 舌同士を擦りあわされ、喉を鳴らしたのを確認して古泉は離れていった。
「ね、いい豆腐でしょう?」
 確かに味は悪くない。
 だがそれがなんだというんだ、俺は豆腐を味見するよりも一刻も早く風呂に行きたい。
 ご飯にする、お風呂にすると問われれば一瞬の躊躇もなく後者だ。
 しかし古泉は第三の選択肢「それとも……」を勝手に風呂の後ろに追加したらしい。
 重力にしたがって汁の垂れる首筋をねっとりと舐めあげていく古泉の舌は、気のせいなどでは片付けられない明確な意図を持っていた。
「……っおい!」
 お前このまま豆腐だけじゃなく俺ごと食う気だろう。
 身の危険を感じ立ち上がろうとすると、逆に巧みにバランスを崩され、冷たい床に押し倒された。
 古泉の手が、俺のシャツの胸に触れる。
 ぐっしょりと豆腐の汁を吸って肌に貼りついたシャツ、そのシャツごしに舌が乳首をぞろりと舐めた。
「実験してみませんか」
「嫌な予感しかしないが一応訊いてやる。……何のだ」
「果たして豆腐は潤滑液の代わりになりえるのかという……」
 アホか!
「あは、ひどいな」
 俺に覆いかぶさった古泉はすっかりやる気のようで、いつものように手際よく俺のシャツのボタンをはずし、湿った肌を外気に晒す。
 床に落ちた、ぐずぐずに崩れている豆腐を指で掬い取り、ぷつりと立ち上がった乳首にその柔らかな欠片をなすりつけた。
「あ、悪趣味の極みだ……っ」
「でもここは気持ち良さそうですけど」
 そう言って、まるで豆腐を擦りこむように乳首を擦る。
 大豆で出来た白い柔らかな肉がくちゅりと砕けて皮膚を濡らし、古泉がそこへ唇を寄せる。
「ひっ……」
 そのまま口に含まれ、味わうように舌で転がされると背中が床から浮いた。
「ぅあ、ん……っ」
「……おいしい」
 古泉は俺の胸を吸いながら、再び豆腐を掬って俺の口元へと運んだ。指が唇を割って、中に押し入ってくる。
「ん、」
 濃厚だな、とかそんな感想を抱いている場合じゃないぞ俺。
 ぐちゃぐちゃと口の中をかき回すように蠢く指に、脳みそまで一緒にかき回されてる気分だ。
「ふ、……っ、ん、ふ……」
 ベルトのバックルをはずす音が聞こえる。
 する、といつの間にかズボンがずり下げられて、隙間から濡れた指が入り込んできた。
「あ!」
「絹だから滑らかですよ」
 もうお前黙れよ。ほんと。頼むから。
 それでなんで俺は促されるままに両膝を立てちまっているんだろうね。
 古泉は豆腐の塊を潰さないように指で掴み、俺の開いた足の間に持ってくると、穴に押し込んだ。
「っ!! つめて、」
 思わず肩を竦めてしまう。
 水ばっかりでほとんど形のない、頼りないものが入ってくる感触がなんだか気色悪い。中で潰れて濡れる感じがするのがまたなんともいえない。
 しかも入れられているこれは食べ物なのだ。豆腐だ。普段よく目にしている身近なもの。
 きっと俺は、今後味噌汁の豆腐や冷奴や、湯豆腐や豆腐サラダや焼き豆腐や厚揚げに至るまであらゆる豆腐料理を見るたびに今日のことを思い出すのだろう。
 なんてひでえ運命を決定付けられてしまったことか。