長門のマンションの前で解散することとなり、ハルヒにSOS団休止宣言と活動場所変更を言い渡されたあと。一刻も早く帰宅するべく爪先をまっすぐ家に向けようとした、その背中に後ろから声をかけられた。
「お急ぎのところ申し訳ないのですが」
 わかってんなら呼びとめるなよ。
 振り返れば古泉が腕を組んで立っていて、俺はうずうずする足を地面に落ちつける。
「こちらとしても現状をなるべく正確に把握しておきたいもので。あなたの口から、何が起きたかをきちんと聞きたいんですよ」
「さっきこたつで話したのだけじゃ足りないか? それにお前、今回のこと、機関はすでに知ってるみたいな口ぶりだったじゃねえか」
「ええ、おおよそはわかります。喜緑さんと周防九曜の姿をとらえたという観測結果から推測もできます。ですが、渦中のあなたの証言以上に信頼に足るものではない」
 自然に俺の隣に並んだ古泉は平熱の微笑をふっと真面目なものに変えて、
「……これは機関の一員としてではなく、僕の――――古泉一樹としての、個人的な希望です。あなたのことを知っていたい、というね。冬のときのようなことはごめんですから」
「……古泉」
 古泉の目は痛いくらい真剣だ。
 去年の二学期、終業式間際に起こった時空改変とその修正において、何があったのか、古泉にそれを告げたのはことが済んで随分と立ってからだった。
 俺が眠っていた、そして駆けずり回っていたあの三日間を経て、俺と古泉の関係は変化した。
 俺が朝倉の凶刃に危うく殺されるところだったことを吐かせた古泉は、こちらが逆にどきりとするほど痛ましげな表情で俺の手を取ったのだった。
 あなたがこちらの世界で昏睡状態にあったとき、僕がどんな気持ちでいたかわかりますか、と。
 ……あのときと同じ目をしている。
「では、閉鎖空間なみにしみったれた所、で一体何があったのか、詳しくお聞かせ願えますか?」
 本気で心配してくれているのだとわかるから、俺も素直な気持ちになって、誠実に答えてやりたくなる。
 俺は歩きがてら、踏切のところでの周防九曜との邂逅と、朝倉の復活、喜緑さんの介入について、ほぼ包み隠さず説明してやった。
 古泉は秀麗な顔を愁眉へと変え、長々と溜息をついた。
「あなたは……もう。ときどき鳥かごにでも閉じ込めたくなりますね」
「なんだよそれ」
「いいですか、涼宮さんは最重要人物だ。勿論、その鍵と目されるあなたもですよ。天蓋領域の攻撃がまず長門さんに向けられたからといって、そこですぐご自分のことが頭から抜けるのは、迂闊としか言えませんね。何故天蓋領域が長門さんを狙ったのか、それは彼女が一番我々を――――あなたを守る力があるからです。外堀を崩せば次は本丸を落としにかかるのは当然でしょう。それを、自ら周防九曜に会いに、無防備なまま飛び出していくなんて……もう少し慎重に行動していただきたいものですね」
「わ、かってるよ」
「本当ですか?」
 本当だとも。これでも数々の体験により、俺という存在がそれなりに重要視されるポジションにいるようだということは学んださ。気をつけて行動すべき、全くその通り。
 だがな古泉、お前はあの長門を知らないからそんなことが言えるのだ。知っていたら、俺が後先考えずマンションを弾丸のごとく飛びださずにはいられなかったのを理解できるだろう。
「長門さんが心配な気持ちは僕も同じですよ。なんとかしてあげたいと思います。ただ、僕にはあなただって大事だ。ですから、」
 延ばされた手が頬に触れた。さぁ、と風が前髪を揺らす。
「あまり心配を、かけないで……」
 ――――その顔は卑怯だ。

「ところで、先ほどのあなたの話の中でいくつか聞き捨てならないところがあったのですが」
 心配なので家までお送りします、と言った古泉の手は今、俺の指を掴んでいる。……まあ、人目もないし、少しくらいはいいだろう。
「ん? なんだよ」
「周防九曜に自分と付き合うように言われた、ってどういうことですか」
 どういうことかと言われてもな。「わたしと付き合う?」と問われただけで俺もよくわからん。あいつの言動をそのまま伝えることはできても、解説を入れるのは俺には無理だ。情報統合思念体ですらよくわかってないみたいだったからな。
 古泉は完全にへそを曲げたと知れる拗ねた声音で、繋いだ指先の力を少し強くして言った。
「一目惚れ病に罹患しそうな玲瓏な笑みだなんて、随分な形容ですね?」
「なんだ、妬いてんのか。俺にはきかなかったと言っただろう。お前の笑顔のおかげで耐性ができていたからな」
 指先を赤く染めて絶句する古泉は、わかりやすくて実によろしい。