「そういや、お前って俺より年下なんだよなあ」
 机に向かう背中を見ていたら、ついそんな言葉が飛び出した。俺も昔はそれなりに勉学に励んでいたものだ。いや、嘘じゃない。嘘じゃないぞ。試験の前に齧りつく勢いで一晩中机に向かっていたり、追試の前にハルヒによる講習みっちり受けていたりだな……。いやそんなことはどうでもいい。俺の呟きを耳にした古泉が眉をほんの少し顰めて振り返る。
「……なんですか突然」
「いや、なんか学生時代を思い出して。結構後輩受けよかったんだよ、俺」
 やや年の離れた妹がいるせいだろうか、昔からなぜか年下には慕われることが多かった。実家周辺のちびどもの面倒を見ていたこともある。あいつらお兄ちゃんお兄ちゃんと後をついてまわって可愛かったっけ。実の妹は俺をお兄ちゃんと呼ばなくなって久しいが、……妹のやつ、俺がいなくなって泣いてるかな。甘ったれの泣き虫だから。しんみりしそうになってしまい、今は考えるのはよそうと打ち消す。
「そんで、お前が俺に懐いたのも、年下だからなのが関係してるのかね、とふと思ってな」
 古泉の眉がさらに少し顰められる。
「懐いてなんかいません」
 お、拗ねた?
「それより、後輩受けが良かったって、後輩に好意を寄せられることが多かったってことですか」
「なんだ、拗ねたんじゃなくてやきもちか」
 どうやら今日は思ったことがすぐ口に出る日であるらしい。古泉の眉はとうとうはっきりと顰められ、僕が妬く必要がどこにあるんです、と嫌そうに呟く。その態度がなんだか面白く思えて、やめたほうがいいとわかっているのについ言葉を重ねてしまった。
「お前って、かわいいとこあるよな。前から思ってたけど」
 すると古泉は一瞬眉を跳ね上げて表情を切り替えた。
「へえ? あなたこそ、ベッドの中じゃとても年上なんて思えないくらい可愛らしいですよ」
 思い切り意地の悪い笑みとともに予想していなかった方向からの反撃をくらい、自分が調子に乗りすぎたらしいことを悟って嫌な予感のしはじめる俺に、古泉は笑って追及の手を緩めない。
「昨日だってあんなに泣いて、子どもみたいに……」
「っ!」
「もっと見たいな、可愛いあなた。ついでに学生時代の思い出も聞かせてくださいね」
 古泉はすでに机を離れ、俺の目の前に迫って来ている。眉間のしわを完全に解消した顔でにっこり笑いとどめのように一言。
「年下の体力、思い知るといいですよ」