強く唇を噛みしめて声を殺す。決して隷属などしていないのだと示すように。
 捕虜として連れてこられたこの船における俺の立場は、今俺に覆いかぶさって好き勝手に蹂躙している船長――――古泉に弄ばれるだけの玩具だったが、俺自身までそれを受け入れてしまいたくなかった。
 日々古泉の手で造り変えられていく自分の身体に絶望しては認められずに抗って、俺は俺であることを必死に保とうとしていた。
 心までは誰にも侵されやしない。どれほど辱められようが屈してたまるか。いつか絶対にここから脱出して、船長以下この船の海賊どもを全員とっ捕まえて、しかるべき裁きにかけてやるのだ。
 海賊王子と名高い美貌の船長は、俺を見下ろして唇を吊りあげた。
「……いつまで経っても素直になりませんね。こんなに濡らしているくせに」
 ぐじゅ、と自分の下腹部から、聞くに堪えない音がする。
 古泉の指に掴まれた性器は指摘通り垂れ落ちた先走りや精液でどろどろに濡れていた。
「っひ……!」
「駄目ですよ、あまりそうやって唇を噛むと傷になってしまう。あなたに傷をつけていいのは僕だけなんですから」
 ゆるゆると優しい(ように思える)指が唇を撫でていく。
 逃れるように首を振ると、首輪についた鎖がじゃらりと音を奏でた。古泉がわざとらしく溜息をつく。
「逃げたらお仕置きだと言ったでしょう」
 これがすでにお仕置きみたいなもんじゃないのか。無理矢理快楽を与えられては引き換えに自分を奪われるセックスを強いられている。
 いっぱいに咥えこまされた後ろの穴は溶けているかのようにとろとろに濡れて、古泉、あるいは俺が腰を動かすたびに、ぬち、ぬちと卑猥な音をたてた。
 入れられてからあまり動いてもらえていなくて、それでも内側に古泉を取り込んだ身体は勝手に期待感を高めていくのだから俺の絶望感もひとしおだ。
 犯されることに悦びを見出しているなんて思いたくない。
 だってそんなの、汚らわしい生き物になっちまったみたいじゃないか。
「そういえば、あなたは眠っていたから知りませんでしたよね」
 なにがだ。
 俺は古泉の言葉に対して身構える。何故なら古泉がこういう声でこういう言い方をするときはいつだって何かろくでもないことを言われると決まっているからだ。
 それに古泉の言う「俺の眠っている間」は大概「俺の気絶している間」のほうが正しい。
 古泉はずるりと腰を引いて、入れっぱなしだった性器を抜いた。抜かれた瞬間震えた肩に、代わりのように噛みつかれる。
 甘噛みなどではなく痛みすら感じる力で歯が食い込んだので、きっと痕がついたに違いない。
「……一昨日、商船を襲ったでしょう。あのときですよ」
 古泉は海賊船の船長で、当然のように他の船を襲って積荷を略奪する。
 俺が船に乗り込んでからも幾度か襲撃は行われていて、そのたび俺は様々に傷ついていた。
 船を襲った後の古泉は気が昂ぶるらしくいつもより乱暴になる。俺は酷いやり方で抱かれて、意識を失うことが多かった。
 この間もそうで、散々嬲られ追い詰められた俺は、しばらく意識を飛ばしてしまったのだ。
「あなたが眠っている間にね、この部屋に戦利品の一つを運ばせたんです」
 そう言って、ベッドからさほど離れていない壁際に置かれた『戦利品』を示す。
 つい最近までそこには何もなくて、だから新しく持ってこられたことに気づいてはいたが、これまでさして気にとめてはいなかった。どうせ盗んだ宝か何かなのだろうと思っていた。
 背の高いそれは全身にすっぽりと白い布をかぶせられており、中身がなんなのかはわからない。縦に細長く、俺の身長以上ある。
「わかりませんか?」
 古泉の言葉と共にするりと布が落とされ、中から大きな鏡が現れた。
「……姿見です」
「……っ!」
 巨大な鏡面が光を反射し、古泉の顔と、その横にいる俺の顔とを映しだした。体液で濡れた肌を晒し、身につけているのは首輪と鎖だけの、発情した飼い犬のような俺の姿。
「自分の姿を客観的に見れば、あなたも少しは自覚が芽生えるのではないかと思ったので」
 ――――冗談じゃない!!
 俺は顔を背けようとしたが、古泉の手はそれを許さなかった。ぐいと鎖を引かれて、無理矢理立たされる。
「い……っ、嫌だ! 嫌だ、いや……っ」
 ろくに力の入らない身体では無駄だと知っていても、暴れずにはいられなかった。
 そしてやはり抵抗は意味をなさず、ベッドから降りて鏡の前に引きずり出されれば、そこには目を覆いたくなる姿をした自分がいた。
 これが自分だと信じたくない。
 所有印だと言わんばかりにあちこちに男の痕跡がつけられ、中でも体液で濡れた下腹部の惨状は目も当てられない。
 頭から足首まで全身を映す鏡の前に、全てを容赦なく暴きたてられる。顎に手がかかり、持ち上げられた。
「どうです? ご感想は」
「ッ最っ悪だ……!」
「おや、そうですか? なかなか素敵なお姿だと思いますが」
 くすくすと耳のすぐ後ろで笑い声が聞こえる。
 背後から抱きすくめられ、俺はあろうことか鏡に押し付けられた。腕がひやりと冷たい。鏡と鎖がぶつかって響く。
「っ、あ」
「ほら、よく見て。あなたいつもこんな顔をして、僕に抱かれているんですよ」
 こつ、と額が硬く冷たい鏡にくっついて、俺はキスができそうな至近距離で自分の顔を見る羽目になる。
 嫌だ見たくない、目をつぶってしまいたい。だがそれはきっと、古泉の更なる不興を買うだろう。
「――――っ! は、ぁ……っ」
 身体が拓かれて、後ろから再度貫かれる。ぶるぶると身体が震え、視界いっぱいにだらしなく溶けた顔が広がった。勃ち上がった性器が鏡に擦れる。
「あっ、あ、あっ」
 古泉がぐ、ぐと腰を押し付けて揺さぶってくるのを、鏡に寄りかかるようにして体重を支え、腕をぺったりとくっつけて、燃える頬を鏡の表面で冷やし、喘ぐ。
 みっともなくも快楽に溺れ、潤み切った瞳に理性は見当たらず、俺の知る俺の姿などもはやどこを探してもいなかった。
 ああ、なんて顔。なんて目を、俺は。
「っ、ねぇ、わかりました……? あなたは、もう、あなたのものじゃない。僕のもの、なんだって、こと……」
 耳に流しこまれる声に、背筋に漣が走る。
 古泉は俺を抱くときこんな風によく俺が古泉のものであると囁いた。鏡の中の肩にはさっき噛まれた痕。
 それだけじゃない、肌を吸われた痕や、強く掴まれた痕。
 前を向けば睫毛が触れるほど近くに瞳があって、覗きこみ覗きこまれている。
 誤魔化しようもなく欲情した浅ましい男の顔がある。絶対に見たくなかった俺の顔が。
「っん、あぁ、ひっ、ちが……あ、ちがうっ」
 決して隷属などしていないのだと、この船における俺の立場は船長である古泉に弄ばれるだけの玩具だなんて、俺自身までそれを受け入れてしまいたくなかった。否定することで立っていた。
 俺は俺のものだ。だからこれは違う。こんなのは違う。
 頬に涙の冷たさが加わり、鏡の中の顔が歪む。
「ちがう……」
「なにが違うの……?」
 涙が落ちる。囁く声の優しさに騙されてはいけない。
 ゆっくりと内側をかきまわされ、喉が引き攣った。
「違わない。みとめるべきだ、ここに映るあなたもあなただと。……いやらしい、淫乱で、気持ちいいことが大好き、なんですよね?」
 大量の吐息で構成された言葉を吹き込み、古泉は俺が何度も鏡に擦りつけていた乳首を捕まえる。
「やぁ……っ」
「冷たくて気持ちよかった? ぷっくり勃ってる……こんなに硬くして、かわいいな。触って欲しかったでしょう」
 首を振れば鏡との摩擦で前髪がしゃらしゃらと騒ぐ。
 鼻を押し付けて、鏡の中の俺が俺を見つめる。何も隠せない。
 そうだ、俺はもっと気持ちよくなりたくて、乳首や性器を鏡の表面に擦りつけていた。もっと古泉に触って欲しいと思っていた。もっとめちゃめちゃにされたかった。
「っ……う、」
 引き抜かれる古泉を腰が追う。腰骨を掴まれて突きこまれれば、全身を快感が突き抜ける。すっかり育った乳首をこねられながら中を擦られるのは最高に気持ちがよかった。
 声が上がるのを抑えられず、嬌声は鏡にぶつかって跳ね返る。
「っあ、ひっ……!」
 どれだけ身体を奪われても、心までは奪われていないと、ずっと俺は信じていた。それが俺の支えだった。いつか絶対にここから脱出して、船長以下この船の海賊どもを全員とっ捕まえて、しかるべき裁きにかけてやるのだ。
 だが、逃げることなどできるのだろうか? 俺の身体は確かに古泉に抱かれることに悦びを感じていて、どれだけ否定したところで、もう捕まってしまっているのだ。鎖は幾重にも巻きついて、俺を雁字搦めにし、身動きできなくする。どうやってこれを解いたらいい。
「……ね……ひとつくらい、僕にください」
 独り言のように小さく小さく落とされた声を、どうしてだか泣いているのかと思った。
 少し視線をずらせば、俺の頭の後ろに古泉の顔が映っている。
 その口元には微笑みが浮かんでいて、綺麗な目に涙はないのに、それでもやはり、どうしてだか泣きそうに見えた。
 だから俺は、古泉の欲しがる「たったひとつ」をあげてしまいたい気になって、またひとつ鎖がかけられたことを思い、とうとう目を閉じた。