好奇心は猫を殺すと言うが、退屈は俺を殺すと思う。
「暇だ……」
 俺は天蓋付きベッドの上で膝を抱えて呟いた。
 代わり映えのしない日々はいっそループでもしているんじゃないかと疑いたくなるほど代わり映えがしない。
 古泉に切り付けられた傷もすっかり癒え、古泉にこの部屋に閉じ込められてからもう何日か数えるのも馬鹿らしくなるくらいの時間が経っていると思うが(そう、そして正確な経過日数はすでにわからない。)、無理矢理抱かれて抵抗してやっぱり抱かれて、それ以外は寝るか食事をとるかくらいしかすることがない。
 たとえ三大欲求は満たされても高度な知性のある生物としてもう少し文化的に生きたいぞ、俺は。
 俺にだって人間の尊厳というものが存在するのだと、断固として主張させてもらう。
 つまり何か別のことをしたいんだ。身体じゃなくて、もっと頭を使うような何かを。
 ちょうど鍛錬後のシャワーから戻ってきた古泉が俺のつぶやきを聞き咎めて、濡れた髪の毛を拭きながら言った。ちゃんと乾かせよ。
「ああ、そうだ。なら、あなたの腕も治ったことですし、ゲームでもしますか?」
 お前に俺の腕を気遣えるだけの優しさがあったとは知らなかった、だったら治るまでセックスしたりしないで安静にさせてくれればよかったんだ。
「おや、僕はおとなしくしていれば優しくして差し上げますと言ったはずですが? あなたが抵抗さえしなければ傷に響くようなひどい抱き方はしませんでしたよ」
 俺が悪いみたいに言うんじゃねえ、この強姦魔。いきなり拉致されて犯されるとなったら誰だって抵抗するだろ。
「さあそれは、他に抵抗された経験がなかったのでわかりません」
「え?」
「女性を抱くときはいつも合意の上でしたし、こういうのはあなたが初めてでしたからね。……ふふ、新鮮でした」
 嬉しくねえ!!
 古泉はくすくす笑いながら俺の頬をつっついた。
「カードゲームとボードゲームとどちらがいいですか?」
「あー……、じゃあカードで」
 結局ポーカーをすることになり、俺は古泉の長い指が慣れた手つきで優雅にカードを切るのを眺めていた。
 心なしか楽しそうに見えるので、もしやこいつ、カードゲームが好きなんだろうか。そんなことを思いながら始めたわけだが―――

「……弱いな」
「……」
「慣れてるみたいだったから得意なのかと思ってたのに、すげえ弱っちいじゃねえか」
「……今日はカード運が良くないんです、いつもはこんなに何度も負けたりしません」
「ふぅん」
 拗ねてやんのこいつ、ちょっとかわい……いとか思ったりしとらん断じてしとらん!
 敵となれ合ったってどうしようもない。
 海の上、知り合いの誰もいない心細い状況で、唯一接する人間だからこそ親しい相手のように錯覚してしまいそうになるが、こいつはハルヒや長門や朝比奈さんのような仲間でも、谷口や国木田みたいな友人でもなんでもないのだ。
 俺をこんな酷い目にあわせている張本人で、憎むべき海賊の頭。それがこいつなのだから。
「あーあ、こんなに連勝できるんだったら、せっかくだからなんか賭けときゃよかったな」
 谷口から昼食代を巻き上げた過去を思い出しつつ、シーツの上に扇のようにカードを散らして俺が言うと、古泉はカードをまとめて何度か切った。
「今からでも賭けましょうか?」
「え、いいのか」
 正直結果は見えてると思うぞ。
 圧倒的に俺に有利な条件だというのに、古泉はほぼ負けるとわかっている勝負をなぜ自ら受けるんだろうか。それとも勝利の秘策でもあるのか。今まで本気じゃなかったとか? まさかな。
「そうですね……僕が勝ったら騎乗位でもしてもらおうかな。あなたが勝ったら一週間の安眠をお約束しますよ。一週間、僕はあなたを抱きません。いかがですか?」
「――――のった」
 のらない理由がどこにある。たとえ一週間だけでも、嵐のようなセックスから解放されるのはありがたい。
 いつもいつも執拗に求められて、時間をかけて焦らされて、いたぶられて嬲られて、泣かされて鳴かされて、精神的にも肉体的にも負担のかかるばかりのあれを、これからしばらくされずにすむのだ。
「よし、勝負!」
 ここまで連戦連勝、今日の俺は波に乗っており、それに戦略性のある読み合いのゲームは結構得意とするところで、対する古泉はもともとあまりゲームが得意ではないようだし、自分の手札を見れば、もはや神が俺に味方しているとしか思えない好カードが揃っていた。これはいける。確信したね。
 普通に考えて負ける要素など何一つなく――――そして警戒していた勝利の秘策もどうやらなく、特に大番狂わせも起こらないまま、ゲームはあっさりと俺の勝利で幕を閉じた。
 こうして、俺は一週間分の安らかな夜を手に入れたのである。

      ■

 熱いような、薄ら寒いような奇妙な感覚が皮膜となって全身を覆っている。
 俺はぶるりと身体を震わせた。肌がシーツに擦れて余計に震えが走ってしまう。
「は……あっ」
 吐く息が必要以上に温度と湿度を含んでいる気がして、身体を丸めて肩を抱く。
 ほんの五日前は自分がこんな風になるなんて思いもしなかったのに。
 一日・二日目は余裕だった、むしろゆっくり眠れる事を歓迎した。
 三日目から少しずつおかしくなって、四日目はもう綱渡りで、五日目の今日、とうとう落ちてしまった。
 この五日間、古泉は約束通り俺に何もせず、ただ腕の中に抱きしめて一緒に眠った。
 古泉の体温に慣れきってしまった身体は、安らぎとともに眠りに落ちる。そのはずで、実際初めの数日間はそうだった。
 なのに俺の身体は古泉の体温だけでなく愛撫にも慣れきってしまっていたらしい。
 身の内にこもる熱を持て余しているなんて冗談じゃない。笑えない。
 だが俺は発情期を迎えた動物のように、全身を炎に焼かれている。
 毎日のように古泉に無理矢理拓かれていた身体が、それを突然失ったせいで、満たしてくれるものを欲して疼いた。古泉。
「……っ」
 俺は緩く首を横に振った。
 どうやら本格的に頭がいかれているらしい。ぞくぞく、と震えが走る。
 古泉はどこかへ出かけてしまって部屋には俺一人きりだ。ベッドの中で身体を丸めてこみあげる劣情に必死に耐えていたが、吐き出せない熱はぐるぐると溜まって精神も肉体も苛むばかりだった。
 身じろぎした瞬間にシーツが乳首の先端を擦りあげて、
「ひっ!」
 自分の身体がすっかり作り変えられてしまったことに愕然とする。
 けれどもそれは、理性を溶かしてしまうほど甘い快楽だった。
 もっと。もっと気持ち良くなりたい。この熱を吐き出してしまいたい。そうすれば楽になれる。
 そろりと手を伸ばしかけ、ほんの少しだけ残った冷静な頭が、ここでは駄目だと囁いた。シーツを汚してしまっては、何をしていたか古泉にわかってしまう。
 そうだ、風呂場なら。洗い流せば。
 ふらりと立ち上がり、鎖を引きずって風呂場に向かった。思考は熱に侵されてまともになんて働かない。
 風呂場の床に腰をおろし、俺はそっと前を握った。
「っは……」
 じわりと充足感が細胞に滲みた。わかりやすい快感はすぐに俺を夢中にさせ、手が指が、性器に絡みついて上下する。おずおずと控えめだった動きがあっという間に大胆さを増し、手の中からはくちくちと水音が立ち始める。
「あっ……、はぁ、っ……あ……あ、ん……っ」
 ようやく得られた快感に声が抑えられない。欲望に突き動かされるままに勃起を扱きあげて、零れ落ちる体液を表面に伸ばすようになすりつけた。
 どうしよう、気持ちいい。止まらない。目がくらむような快感に抗えない。でもまだ足りない、満たされない、もっともっと。古泉の手はもっと。
「……っ、ん」
 右手の指が這うように胸に伸ばされる。さっきシーツに擦れただけの乳首は期待に硬く勃ち上がって、指先にぷくりと弾力を伝えてくる。
 ほんの少し触っただけで電流のような甘い疼きが身体を駆け抜けた。
「んっ」
 ぴくん、と肩がはねる。指の腹で乳首をくに、と押し潰して捏ねた。生まれたのは紛れもない快感で、唇からは恍惚の溜息が溢れ、握った性器の先からは新たな体液の雫が膨らんだ。人差し指と中指、それから親指で摘まみあげてみる。
「やっ……あ、っふ……んんっ、あ、」
 力を入れて少し強めに、ぐりぐりとすり潰すように指を動かすと、快楽に繋がる神経を直接弄られているような気さえした。性器は膨らんで上を向き、滴り落ちた体液が幹を伝って陰毛をぐっしょりと濡らし、さらにその下までもとろりと落ちていく。
 性器を扱いていたはずの俺の手は、伝った流れを追うようになぞった。すぐに指は小さな穴に到達し、ひくりと反応するその穴に軽く触れただけで、脳髄を焼くような快楽への予感が爆発した。
 理性とか、躊いとか、何もかも全部吹っ飛んだ。
 ボディオイルの壜を両手にあけてぬめりを足し、右手は胸へ、左手は足の奥へ。ぬるつく指で乳首をつかまえ、下には一本指を押し込んだ。
 途端、欲しかったものはこれなのだと身体がはっきり答えた。
「あ……あぁ……あっ、あ――――」
 くぷ、と中に入れた指を回すようにして穴を広げる。肉壁が指を食い締めて離すまいと収縮した。きゅうきゅうと伝わる身体の内側の反応に体温が上がった。
「は……ん、っ……! っあ、く……ぅ」
 どうしよう、どうしよう、気持ちいい。
 気持ちよくて、この気持ちよさを追うこと以外何も考えられなくなる。一本じゃ細すぎる、足りない。一度指を抜いて、もう一本揃えて入れようとしたそのときだった。
「随分と気持ちよさそうですね?」
 すぐそばで聞こえた声は、反響して俺の身体の芯を震わせた。
 一気に血の気が引いて我に返る。古泉の接近に気付かなかった自分が信じられない。それほどまでに自慰に耽溺していたのか。そうだ俺は何を、と理性を取り戻した頭で思い返してみて死にたくなるほどの羞恥に襲われた。
「せっかく一週間お休みをあげたのに……あなたのいやらしい身体は、我慢できなくなっちゃったみたいですね?」
 くすくすとからかうような意地の悪い笑い声がすぐ真横で聞こえ、俺は身を固くした。古泉はいつから見ていたのだろう。
「前よりも後ろのほうがお気に入りなんですね。もう後ろを弄らないと満足できない? 調教の甲斐があったかな」
「……っ」
「持て余してひとりでするなんてもったいないことしないでください。あなたは僕のものなんですから、僕のいないところで勝手は許しません」
 古泉は何も言えないでいる俺の腕を掴んで引っ張り上げると、ベッドへと引きずって行った。足もとで鎖の立てる音がどこか遠いところで鳴っているようで、掴まれた腕が痛い。それは古泉が俺を傷つける気でいるからだ。
「あっ!」
 ぼす、と身体がベッドに沈み込む。覆いかぶさってきた古泉が素早く両腕を手錠で繋ぎ、さらに鎖で頭上にまとめてしまう。自由を奪われた俺はなすすべもなく古泉の前に全てを曝した。まだ勃ち上がったままの性器や、赤くなった乳首、余韻に潤む瞳もきっと。
「そんなに気持ちいいなら」
 古泉の指が円を描くように胸に触れた。
「ここと後ろだけでいけるか、賭けてみましょうか。いけたら僕の勝ち、いかなかったらあなたの勝ち」
「な、」
 ぐっと足を開かされて、オイルをまとった古泉の指が窄まりに押しあてられた。
「ああ、もうだいぶ柔らかいですね」
 周りを押し込むようにふにふにと動いたあと、中心につぷりと埋め込まれる。
「ひっ……!」
「ねえ、自分でいじって気持ちよかったですか? あなたの一番いいところ、ちゃんと押してあげた?」
 前立腺と思われるところを二本の指で揉み込まれ、俺は悲鳴をあげて腰を跳ね上げた。手錠と鎖が不協和音を奏でる。
「これならすぐ入れても大丈夫そうかな」
 くぷんと指が引き抜かれ、代わりに古泉の熱がひたりと入口に触れ、一気にこじ開けられた。
「ああぁあっ!」
 五日間、たった五日間抱かれなかっただけなのに、俺の身体はそれを待ちわびていたかのように吸いついた。
 古泉の温度、古泉の形、古泉の存在を求めて、もっともっとと全身が叫ぶ。
 嘘だと思いたかった。だって自分の身体がそんな風になっちまったなんて絶望以外の何物でもないじゃないか。
 俺は男なのに、無理矢理抱かれているだけなのに、これではまるで悦んでいるようで、望んで古泉に抱かれているようで、そんなの認められるはずがない。
「ひあ……っ」
 古泉が背をかがめてぞろりと乳首をなめあげ、俺は中にいる古泉を一層感じる羽目になる。
「いま、きゅうって締まりましたね。気持ちいい?」
 目のふちが熱くなってきて、じわりと涙が滲み始める。
 なんて屈辱だろう。悪夢のようだ。
 それでも夢ならまだよかったのに、残酷な現実は覚めてくれない。
「や……あ、いやだ……っ」
 じわじわと与えられる快感は確かに快感に分類されるもののはずなのに、痛いほど勃起した前を触ってもらえないせいで苦しい。
 古泉はそれがわかっていて焦らすように太ももやわき腹を撫でてくる。
 入れたままろくに動くこともせず、両手で乳首をひねりあげた。
「ひぃっ!」
 びくん、と身体が跳ねて、それにつられて腰も揺れる。
 中に入っていたものを締め付けて内壁を擦りあげてしまい、また腰が揺れた。
 古泉の指は止まらずに乳首を摘まみ続けていて、強弱をつけて何度も押し潰される。
「あっ、ん、ひっ」
「びくびくしてる。ふふ、魚みたい」
 古泉に乳首をいじめられて、俺の身体は確かにびくびくと反応していた。
「ねえ、このままいくと賭けはきっと僕の勝ちですが、どうしましょうね、ペナルティは騎乗位でいいですか? だってあなた、どうせ一回じゃ我慢できませんからちょうどいいですよね。好きなだけ貪ってくださって構いませんよ?」
 絶望と歓喜と、どちらが俺の身体を震わせたのだろう。