困った。
 俺が困るときは大抵ハルヒがらみであるというのが高校入学時よりこっち約束事のようになりつつあるが、そうとも、今回も例に漏れずその通りだ。大砲の弾のようにぽんぽん放り投げられるあいつの無理難題を、爆発させないようにキャッチしないといけないんだから、それはそれは困ろうというものだ。
 さて、ご存知の通りSOS団は文芸部の部室に間借りしているわけだが、文芸部らしい活動をする必要に迫られ、急遽会誌を作成したことがある。
 あのときは生徒会長側の要求を呑む形で作らされただけだったのが、何の気まぐれか、ハルヒは会誌の第二弾を出そうと言いだした。
「あんた、今度の話はちゃんと最初っからオチを書いておくのよ! こざかしく隠そうとするんじゃないわよ」
 前回、俺は自分のとある体験を基にした小説を書いた。そしてそれが、オチがないのどうのでちょっともめた、というか……まあ種明かし部分を誤魔化そうとしたのがなにやらハルヒのお気に召さなかったらしい。
 おかげで今回は最初から「叙述トリックめいたものを書くんなら、煙に巻こうとしないでしっかりオチまで書きなさい。すっきりしないでしょ」と俺限定で釘を刺されてしまった。
 オチ、ねえ……。
 きちんと着地しろと言われれば、かえって意識してしまってうまくいかん。もともと、俺に話作りの才などないのだ。だから前回は実体験に少しアレンジを加えるという手に出たわけだし(そしてそれはハルヒに容易く看破された)。
 ともかく、ハルヒに設定された締切まで間がないってのに、なんにも思いついてねえ。このままじゃまずい。
「くそ……」
 開いたパソコン上の、点滅するカーソルを睨んで悪態をつく。
 オチ。オチってなんだ。ふわっとした雰囲気小説じゃだめなのか。くそ、何も考えられん。いや、考えられないんじゃない、余計なことを考えてしまっているのだ。原因もわかっている。
 ……古泉のせいだ。

 先週のことだった。
 昼休み、何か浮かばないかと一人きりの部室で弁当を広げつつパソコンを前にうんうん唸っていると、ノックの音がして古泉が入ってきた。
「おや、あなただけですか。長門さんは?」
「さあ、最初からいなかったぞ。昼だし学食じゃないか」
「そうですか」
 言いながら、向かいの席に座って、コンビニの握り飯を二つと茶のペットボトルを出す。ここで飯を食う気か。別に構わんが。
 古泉は俺を見て笑い、
「難航しているようですね」
「あー……まあ」
 ちなみに俺が引き当てたテーマは「ほのぼのハートフルホームコメディ」である。何を書けと。
「感動させたきゃ幼児と動物を出せばいいっていうよな……妹とシャミの戯れでも書くか」
 年齢的には幼児と分類してはいけない気もするが、見た目だけなら立派(?)な幼児だ。
「それよりも、涼宮さんはあなたの普段の家での様子が知りたいのだと思いますよ」
 俺の普段つったって、飯食って風呂入ってごろごろだらだらしたり妹と遊んだりシャミを世話したり本を読んだりテレビを見たり、普通だ普通。特筆することなどなにもないし、ほのぼのハートフルホームコメディになりそうなこともない。
 それよかホームコメディというお題からそういうこじつけを持ってこられるお前のその発想力が今は羨ましいよ。くれ。
 そういや前回の「恋愛小説」のときもなにやらごちゃごちゃ言っていたな。ハルヒが俺の過去の恋愛模様を知りたがっているとか、自分もそうだとか。
 思い返していると、古泉があのときとまったく同じ言葉を出した。
「僕も知りたいですね、普段のあなたがどのように過ごしているのか」
「そりゃ、機関の資料にするためか?」
「いいえ、個人的な興味ですよ」
 意図の読めない笑みで古泉は言った。
 ――――……いや、こいつの発言をいちいち深く考えようとするだけ無駄だ。よそう。

「しっかし、ハルヒも無茶言うぜ。俺にばかり縛りがきつすぎるんだよ。お前はショートショートだろ、長門は異世界トリップものだろ、朝比奈さんにいたってはお菓子のレシピって、文芸部ってより家庭部じゃねえか」
 どれもこれも絶対に俺よりは書きやすいね。クジ運と言ってしまえばそれまでだが、そもそもそのクジを作ったのはハルヒであるわけで、最初から書きやすいテーマを書いておいてくれればいいのだ。しかも今回はさらにオチをつけよと厳命されている。ハートフルホームコメディのオチってどんなだよ。
「ひとつ、アドバイスをさせていただけるなら」
 と人差し指を立てて古泉は言う。
「涼宮さんはオチを求めているのではなく、ミヨキチ嬢の正体をぼかされたように、あなたに思わせぶりにはぐらかされるのが嫌なのですよ。ですから、正直に書きさえすれば、オチなどなくても構わないのです」
「そういうもんかー……?」
「そういうものですよ。話としての完成度など二の次です。重要なのはあなたが書いたあなたの家の話であるという点なのです。なにも、あなたに映画脚本家の書くような、起承転があり見事に結でまとまりを見せるような話を書けと思っているわけではなく、ただあなたの日常を垣間見たい、そんな可愛らしい思いからきているだけですからね」
 可愛らしい、というのにやや引っかかるが、そういうもんか。
「そういうものです。僕だって、あなたとならこうやってただ話しているだけで楽しいと思いますし」
 そういうも――――……ん?
「さて、ごちそうさまでした。僕は教室に戻らせていただきますね」
 気づけば、古泉はお握りも茶もすっかり平らげて終わっていた。
 俺? パソコンの画面も真っ白なら、弁当箱の中身も米で真っ白だ。くそ、執筆も食事も全く進んでねえ。
 古泉が「では」と出ていった後、俺は弁当をかっこんだが、なんだか胸がおかしな具合で、味なんてよくわかりゃしなかった。

 な? 古泉のせいだろ?
 ただでさえ頭を悩ませていたところに、古泉のあの発言がちらついてやけに集中力を妨げやがるのだから。
 あれから俺はスランプに突入し、今もまだ解消されないままだ。
 放課後の文芸部部室、SOS団メンツは帰ったが、俺は「せめて今日中に一ページは書くこと」と、居残りを命じられている。
「はぁーあ……」
 やれやれ。本当にさっさと書いてしまわないと間に合わなくなる。こんな精神状態でいいオチなど浮かぶわけがない。だが古泉いわく重要なのはオチではないらしいから、もう開き直って日記でも書いてやろうかな。
 コンコン、とノックの音がした。
「なんだ、忘れ物か?」
 入ってきたのは古泉だった。先ほど自分が座っていた椅子のところまで来て、
「ええ、ペンケースを。……苦戦してるみたいですね?」
「……お前のせいだよ」
 おかげさまでな。
 一人ごちたつもりでぽつりと呟くと、「なんですか?」と聞き咎められてしまった。
「なんでもねえ、忘れ……」
「僕のせい?」
 聞こえてるんじゃねえか。
 自分でもよくわかっていないこれを説明するなんて面倒すぎる。適当に誤魔化そうと口を開きかけて、古泉に先を越された。
「この間の僕の話の種明かし、知りたいですか? 僕は、あなたが――――」
 ぼっ、と自分の顔から火を噴く音が聞こえた気がした。
 ……恋に落ちたとか、そういうオチはいらねえんだよ!