ベッドが狭い。いつか落ちるんじゃないかとひやひやしている。いや、ベッドが悪いんじゃない。あいつは標準的な大きさだ。だからベッドを責めるのは間違っている。責められるべきは、大の男二人で一つのベッドに寝ている俺たちだ。
「んっ……」
 二人分の体重を受け止めさせられて、ベッドがぎしぎしと抗議の声をあげるたび、俺はすまんと思ってはいるのだ。
 だがしかし、俺も俺で古泉を受け止めさせられているから、もう自分のことでせいいっぱい、いっぱいいっぱいになってしまう。
「は、……くっ」
 古泉は一人暮らしをしており、そんな古泉のベッドは当然ながら一人用であり、仕方がないのである。狭かろうがベッドはベッド、玄関やリビングの床の上で事に及ぶより遥かにましだと思っている。なぜ比較できるのかというと、実際やったことがあるからに決まっているだろう。
「っ、きつ……」
 古泉が眉根をぐっと寄せて言う。俺も声を大にして言いたい。きつい。
「……声、聴かせてくれないんですか?」
 前言撤回、何も言いたくない。こんなくっそ恥ずかしい最中の声なんか聴かせてたまるか。従って意思表示はもっぱらジェスチャーだ。俺はふるふると首を横に振った。
 そもそも俺の声など聴いて何が楽しいのか。腰を砕く美声と大学でも評判らしいお前のほうがよっぽど声の需要があるだろうからお前がやったらど――――いや違う別に聴きたいわけじゃない聴かせてくれなくていい。
「僕は聴きたいです。……ね、聴かせて」
 語尾を持ち上げるのをやめろ。
 だが、まあ、お前がどーうしても聴きたいというのなら、俺はお前にべた惚れのようなので、お前を喜ばせるために聴かせてやってもいい。
「それに、声、我慢しないほうが、きっと楽……ですよ?」
 噛みしめていた口を親指で撫でられる。ふ、と古泉の表情が緩んだ。
「……やらしい顔」
 今現在この世で最上級のやらしい顔をしているだろう男にそれを言われるとは。こいつ、自分がどんな顔してんのか自覚ないんじゃねえの。俺もないがな!
「んっ……あ、うあ……っ、い、ずみ、ちょっ……」
 古泉が動いたせいでとんでもない音がした。ちょっと信じたくないくらいのだ。
 古泉のあれとか俺のそれとか潤滑剤として用いたローションとかでたっぷり濡れたそこはこすれて収縮して、俺の身体にある機関、違う、器官のくせに、俺の意思とは関係なく勝手に古泉をしめつけている。
 しかし、古泉がえっろく気持ちよさそうな顔をするので、そんな俺の身体もそう捨てたものではないのかもしれん。
「ん……っ」
 身体の下に敷いたバスタオルは色んな体液、液体、まあどっちでもいいや、を吸って湿っている。事が済んで風呂に入るときについでに洗濯機に放り込んでおこう。



 ――――と思ったのに思い切り寝てしまった。
「んあ」
 投げ出した腕が、ベッドからはみだして何もない空間に浮いている。
「あ、起きました?」
「……うん」
 くすぐったいから耳元で喋るな。
 俺は後ろから古泉に抱きしめられていて、敷いていたバスタオルは取り換えたのか、足に触れるのはさらさらとしたシーツだった。
「せまい……」
「そうですねえ」
 古泉はさらにくっついてくる。背中に肌がぴったり密着した。だからせまいと言っているのに。
「僕、新しいベッドを買おうと思うんです」
 そうだなそうしてくれ、もう少し大きいのを買え。
「それで、引っ越そうかと思うんです」
 ちょっと驚いた。
「……どこに?」
「それはまだ決めてません。あなたの意見も伺ってみないとと思いまして」
 こっち向いて、と身体をひっくり返される。
 古泉の瞳は何日も煮込んだシチューのように、とろけるんじゃないかと思うくらい幸せそうだった。
「一緒に住みませんか、僕たち」
 一人暮らしを二人暮らしにしようと、そういうお誘いなわけかこれは。古泉と一緒に住む。この面倒くさい男の面倒を見るのも悪くない、と思う。うん、悪くない。
「やれやれ、引っ越すまでもうしばらく、このベッドの狭さも我慢するか」
「大丈夫です、落ちないように抱きしめてますから」
 そしてこの話は、落ちないまま終わるのであった。おあとがよろしいようで。