その小さな町を訪れたときから、異常に歓迎されているなとは思ったのだ。
 いくら自分が貴族の出であろうとも、今は吟遊詩人の身である。それをこれほどまでに手厚く扱われるのは、おそらく僕の出自を知る者がいて、いらぬ気を回したに違いない。
 まず町一番の権力者だという金持ちの家に招かれ、これでもかという歓待を受けた。
 初めに大きな食事部屋へ通され、テーブル一面に並ぶ肉や魚の豪勢な料理、次から次へと女性が運んでくる酒や果物を勧められた後、風呂を用意されたのだが、入浴を手伝うための女性を何人もつけられそうになったので丁重に辞退し、広々とした白い大理石の浴槽の中でゆっくりと身体を伸ばす。
 正直、あまりのもてなされぶりに辟易しかけていたが、旅の吟遊詩人にとって、この風呂は魅力的だ。
 風呂からあがると柔らかそうな綿の着替えが用意されており、一人の青年が扉のそばに控えていた。女性たちを断ったので、今度は気兼ねのないように同性をつけてくれたのかもしれない。
 そもそも付き人などいらないのだということがこの屋敷の主人にはわかっていないようだ。
 苦笑しつつ、着替えを手伝おうとする青年に首を振った。
「一人でできますから、手は必要ありませんよ」
 だが、彼は出ていこうとはしなかった。
「旦那さまに、お部屋にご案内するよう申しつかっておりますので」
 そう言って、扉の横で大人しく僕の着替えを待っている。
 年のころは僕とほぼ変わらないだろうか、短い前髪に、中肉中背。一見平凡に見える青年だったが、やや眠たげな瞳の奥には、聡明な輝きがあった。
 僕が夜着に着替え終わると、彼は「こちらです」と僕をいざなった。案内された先は、綺麗に整えられた客室だった。清潔なシーツのかけられた大きなベッド、香が焚かれているのか微かに漂うかぐわしい匂い、細工の施された照明器具。普段利用しているどんな村の宿屋とも比べ物にならない。
 いっそ感心していると、僕を案内し終わったはずの彼がいつまでも部屋を出ていかないのに気付いた。
「あの……どうかしましたか?」
「わたしの役目は、まだ終わっていませんので」
「役目?」
「旦那さまから、あなたの夜伽をするようにと」
「は」
 思わず声が出た。
 ええと、これは……。差し出された女性を全て断り続けていたのが裏目に出たか。しかしまさか、こういう解釈をされるとは。
「精一杯務めさせていただきます」
 いやいやいや、ちょっと待ってください。
 ベッドに近づこうとした彼の肩を掴むと、彼の身体はびく、と震えた。振り向かせて、瞳の中を覗き込む。彼はすぐに視線を逸らしてしまった。
「……いつもこんなことをしてるんですか?」
「……いえ。初めてです。旦那さまが、初めての人間の方がいいだろうと……」
 本当にいらぬ気を回してくれる。僕は長い溜息を吐いた。
「いいですか。いくら言いつけだからといって、こんなことをしてはいけません」
 客人に身体を差し出すなんて、と叱ると、彼は逃げるように俯いて、「でも妹が……」と小さく呟いた。
「妹さんがいらっしゃるんですか?」
 こくん、と頷く。動揺のせいか、敬語が崩れて彼の素が垣間見えた。
「病気なんだ。治療に金がかかるのに……俺、お役目を果たさないと、金がもらえない」
 それでか。病気の妹のため、悲壮な覚悟をして僕の寝室に足を踏み入れたわけだ。
「すみません。お前は……あなたは偉い方だから失礼のないようにしなくちゃいけない、って言われたのに、こんな話して。俺が気に入らないなら、別の人間を呼んできます」
「いえ、あなたで構いません」
「えっ……」
「気が変わりました。一晩いてください。そうすれば、お金がもらえるんでしょう?」
 はい、と覚悟を決めた様子の彼に、微笑んだ。
「ただし、あなたが考えているようなことは何もしません。一晩僕の話相手になってください」





キョンは戦士見習いという裏設定です
最終的に「すみません、さっきは偉そうなことを言いましたが、やはり僕はあなたを抱きたい……。もちろん、あなたがお嫌でなければ」
とかいう展開になります