あるところに、元海賊と元捕虜とが仲良く暮らしていました。二人は男同士でしたが、そんなことは関係なくお互いを好きでした。だからそれは、新婚生活でした。元海賊と元捕虜という言葉が示す通り、二人の間にはいろいろ大変なこともありましたが、全部乗り越えて、今は幸せな毎日を送っています。

 さて、ある日のこと、元海賊と元捕虜は、おうちの庭で洗濯物を干していました。シーツはすぐに汚れてしまうので、毎日のように洗わないといけません。天気も良く、絶好の洗濯日和の中、元捕虜はふと空を見上げました。
「……鳥?」
 何羽もの大きな鳥が、空を横切って渡っていくのでした。赤いくちばしが見えます。その中の一羽が、くちばしに咥えていた何かを、ふと落としました。小さくて丸い何かが、空から二人めがけて落ちてきました。
「古泉、キャッチ!」
 元船長が両手のひらで受け止めると、それはふにゃりと柔らかく、頼りのない塊でした。元船長の手の中を見て、元捕虜は驚きの声をあげました。
「ちっちゃ! なんだこりゃ、あかんぼ? 生まれたばっかりみたいだな」
「ですね……」
 布にくるまれた、小さな小さな赤ちゃんでした。
「赤ん坊はコウノトリが運んでくるとは言いますが、まさか本当にあるとは」
「……ていうかなんか、お前にそっくりじゃないか?」
 そうです、赤ちゃんの顔立ちは、元船長にそっくりだったのでした。ちなみに、元船長は美形です。現役のときは巷で海賊王子と呼ばれていたほどです。そんな船長にそっくりな赤ちゃんは、天使のようでした。ぶっちゃけ超かわいい。元船長の顔が好きな面食いの気のある元捕虜は、たまらなくなって赤ちゃんを抱きしめました。いくら見たいと願っても見ることの叶わなかったはずの、幼少期の元船長を見る、という夢が、こうして叶いました。赤ちゃんは元捕虜の腕の中で泣きもせず、おとなしく眠っていました。こんなに小さいのに、まつげがちゃんとあります。まつげだけではありません、なんだか、猫のような耳としっぽまで、生えているような……? 赤ちゃんの可愛さに目のくらんでいた元捕虜も、流石に事態をきちんと把握しなくてはと思う冷静さを取り戻してきました。まず、元捕虜はむっとした目で元船長を問い詰めました。
「まさかとは思うが、古泉、お前の隠し子じゃあるまいな」
 すわ離婚の危機です。新婚なのに。
「お前が前に付き合ってた女との子とかじゃないのか。お前って人魚とかと普通に付き合ってそうだし、猫耳生えた子と付き合ってても不思議に思わん」
 ここで、僕を疑うんですか、などとみっともなく激昂しないのが元船長の流石なところです。
「僕は血を残してはいけなかったので……そんなへまはしませんよ。それに、一緒に家族を作りたいと思ったのはあなただけです」
 途中に悲しそうな自虐的な表情を挟むのがポイントです。そこからの甘い言葉、この巧みな攻撃に、元捕虜の心もぐらつきます。疑って悪かったよ、となってしまいます。
「この赤ちゃんはきっと、僕とあなたの子です。コウノトリが運んできて、空から降ってくるなんて。僕たちが家族になったので、神様が授けてくれたんですよ」
 元船長も元捕虜も、神様の加護の力だとか、魔法だとか、不思議をたくさん見てきました。だから、二人の赤ちゃんが神様から届けられる、そういうこともあるのかもしれません。元船長は、元捕虜が抱っこしている赤ちゃんの、猫耳のぴるぴるはえた頭をそっと撫でながら、愛おしそうに話しかけました。
「僕がお父さんですよ」
「って、俺が母さんかよ」
「え、当然じゃないですか。だってあなた、僕に抱かれ」
 情操教育に悪い単語禁止! と強制的に口を閉じさせられた元船長――――お父さんは、ぶたれた頭を押さえました。
「……両親が喧嘩をするのも、情操教育に悪いと思います……」
「うるさい、黙って口じゃなく手を動かせ。洗濯物を干し終わったら買い物にいかなきゃならんのだからな」
「え?」
「6つ下の妹がいたからよくわかる。赤ん坊ってやつは物入りなんだ」
 こねこはお母さんの腕の中ですやすや眠っています。初めての子育て、しかもちょっと普通じゃない赤ちゃんを育てるのは大変そうですが、愛らしい寝顔を見ていると、愛おしさがわいてきます。

 二年後、赤ちゃんから少し成長したこねこが、キャベツ畑でお母さんによく似た小さな小さなねこの赤ちゃんを見つけ、ぼくのおとうとです、と抱きしめるのはまた別のお話なのでした。