閉鎖空間から帰ってすぐに冷蔵庫を開け、金麦を手に取る。そのままベランダに出ると、点在する街の明かりが見えた。古泉がたった今守ってきたものだ。風に吹かれながら、ふとポケットから携帯を取り出す。なんとなく、彼の声が聞きたいと思った。「…もしもし」金麦を飲みながら、夏の夜は更けていく。
今日は食欲があまりない。右手にぶら下げたコンビニの袋には金麦ばかり3缶も入っている。紺色の夜道を歩きながらアパートへと帰ると、前方に人影があった。「…よお」「どうしたんですあなた」「ん、いや…差し入れ」ぶっきらぼうに渡された袋には、おかずと酒のツマミ。「中、入ってください」
彼が古泉の家の冷蔵庫を開ける。「お前、金麦ばっかじゃねえか。もうちっと食いもん入れとけよ」そう言いながら、持ってきた食料を補充してくれる。彼が来てくれるからわざとそうしているのだと明かしたら、彼は苦い顔をするだろうか。「ねえ、とりあえず乾杯しません?」笑いながら缶を手渡した。
「ただいまー」玄関から彼の声が聞こえて驚いた。「どうしたんです、今日飲み会じゃなかったんですか」「あー、合コンだったから抜けてきた」お前と飲み直そうと思って、と彼が持ち上げた袋からは金麦の青い缶が見える。「一晩中だってお付き合いしますよ」「ばか、俺は明日一限目からだ」
「僕とばかり飲んでいていいんですか」「お前だからいいんじゃねえか」コン、と自分の缶を古泉の缶に軽くぶつけ、彼は金麦に口をつける。「俺かお前が女だったら付き合えるのかもな」酔っぱらって笑う彼に、僕はあなたが男でも付き合えますけどね、という言葉は金麦とともに飲み込んだ。
ポケットの中で携帯が震えた。「あ、古泉?
お前今どこ?」「駅前です。今から帰りますよ」「あ、よかった、じゃあカレールー買ってきてくれ。あると思ったらなかったんだよ」コンビニにより、頼まれたとおりのルーをかごに入れた。ついでに目についた金麦も二つ放り込んで、さあ、彼の待つ我が家へ。
「昼間から飲めるって幸せだよなあ」「たまにはいいですね、こういう休日も」休日、一人暮らしの古泉の部屋に彼が遊びに来るのももう何度目だろう。グラスに注いだ金麦を飲みながら、のんびりと午後を過ごす。「次は夜明けのコーヒーでも飲んでみるか」「いいんですか」「いいんじゃないか、そろそろ」
目の前に置かれた金麦を見て、古泉は口を開いた。「すみません。あなたに隠していたのですが、実は僕、あなたより一つ年下なんです」怒られるだろうか、古泉は俯く。「てことは、まだ未成年なのか」「…はい」彼の顔が見られない古泉の頭に、手のひらの感触。「じゃあ、来年になったら一緒に飲もう」
話があるからそこに座れと言ったのは彼なのに、金麦を空にしていくだけで一向に話そうとしない。彼の頬はどんどんと赤く染まっていく。「あの、話って…」「やめた」「え」「酔った勢いで言っちまおうと思ったが酔った勢いで言っちまったら駄目だ。素面で言わねえと。明日改める!」「わかりました…」
番外:カクテル古キョン
「あちらのお客様からです」目の前に置かれた小洒落たカクテルを見て、それから「あちらのお客様」とやらを見る。よく知る顔がひらりと手を振った。昔からああいう気障なところがあるやつだったよ、と目の前のグラスに視線を戻す。と、コースターに字が書かれているのに気付いた。…本当に気障なやつ。
番外:ワイン古キョン
ワイングラスを持つ美しい指。グラスを傾けるのもむかつくくらい様になっている。「実はこれ、僕の生まれ年のワインなんですよ」同級生として出会った高校生のころからずっと年齢を詐称しているかもしれない男がそう言った。ワインなんか詳しくないから、結局こいつの本当の年はわからないままだ。
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