愛してる、なんて囁かれるのはこそばゆい。それでも悪い気はしないのは、俺も同じ気持ちだってことなんだろう。不思議な気分だ。まさか俺にこんな日がこようとは、という感じだな。俺自身は至って普通の人間だったはずなんだが、王女と知り合って、おかしなことにさんざん巻き込まれて、鍵だと言われて、就職を妨害されて、軍に入ることになって、海賊の船長に捕まって監禁されて、よりにもよってその船長を好きになっちまうとか、そいつが実は王族で、俺のことを愛しているとか、こうして二人で一緒に暮らすことになるとか、本当に人生は何があるかわからない。ちょっとした自伝が書けそうだ。
「それって官能小説になりません?」
 古泉が笑いながら言ったので、アホか、という意味を込めて、顔の近くにあった首筋に軽く噛みついた。なんでそんなもんがそんなところにあるかというと、最中だからである。もなかではない。さいちゅうと読む。官能小説――――を読んだことはないが(本当だぞ! 谷口にえろい挿絵のついた本の挿絵部分を見せられて「どうよこれ」と感想を求められたことはあるが)、多分、官能小説に書かれているようなことの最中。ついでに言うと、軽くしか抗議できなかったのは、力を込めると中のモノを締めつけそうだったからだ。まあでも確かに、お前がかつて俺に行った悪逆非道の数々をそのまま書いたら官能小説も真っ青どころか発禁をくらいかねん本になるだろうが、んなもん書けるわけがあるか。俺の恥じゃねえか。
「僕は読んでみたいですけどね。興味がありますよ、あの頃のあなたの心情とか、……僕にされたことをあなたがどんな風に感じてたのか、とか?」
 悪趣味の極みだぜ。それにしてもぺらぺらとよく回る舌だな。俺なんかここまでのセリフほぼ全部途切れたしところどころ消えたし三点リーダーとスタッカートついたし実は心の中だけでしか言ってないものもあるし。さて、どれがどれに当てはまるか考えてみてくれ。
「余裕がありますからね、誰かさんと違って」
「っ!」
 ぐうっ、と弱いところを押し上げられて息がつまった。この野郎。古泉は俺の鎖骨の下あたりに唇を滑らせて、
「なんてね、嘘です。余裕なんか、僕にだってありませんよ……僕があなたよりあるのは、体力くらいのものです」
 言っとくが俺だってこう見えてそこそこ鍛えてたし、普通よりはあるほうなんだぞ。お前が色々と規格外なんだ。ゆらゆらと揺さぶり方は緩慢だが、じんわり熱くなるように快感が高まっていく。
「明日、は、買い出しに行くんだから、ほどほどにしないと駄目だって……ッ」
「もう今日ですよ」
 ならなおさら駄目だろうが。しかし更に駄目なのは、そうとわかっていてつい足を絡めちまっている自分だ。くそ。
「……終わったら速やかに寝るからな」
「ええ、終わったら、ね?」
 くすくす笑う古泉がなんかむかつく。ので、今度はわざと中を締めつけてやった。古泉が焦ったように顔をしかめる。
「っ、いきなり……っ」
「おかえし」
 にっと笑うと、古泉は失礼にも溜息をついた。
「あなたそれ逆効果なのわかってます?」
「え、おわっ」
 間抜けな声を上げちまったのは、古泉が俺の足をぐいと抱え直したからだ。俺だってそれなりに筋肉はあるから結構重いはずなんだが、古泉は軽々と俺の身体を扱ってみせる。
「寝坊しないように起こしてあげますから」
 そりゃありがとよ。俺の背を汗が伝う。古泉は実に実に良い笑顔で、こんな場面じゃなかったらうっかり惚れ直していたかもしれん。ほんとお前は腹の立つくらいイケメンだな。こんなごつごつした足を撫でて何が楽しいんだろうと思うが柔らかくない身体の持ち主に触れられて興奮して、足を開いている俺も人のことは言えない。古泉の手だからこそ。きっと、どんなに色っぽい美女に触られたって、こんなに興奮はしないだろう。ぞくぞくと背筋を走る愉悦に身を任せれば、底なしかと思うほどの快楽に落ちるのはあっという間だ。
「んっ……」
 一緒に暮らすようになって数カ月が経ち、流石に毎日ではないが、割としょっちゅうこういうことをしている。お互いにいい加減飽きてもよさそうなものなのに何故かちっとも飽きないし、毎度毎度俺はこいつを全部食っちまうくらいの腹づもりでいるのだが、一向に満腹にならないのはどういうことだろう。もっと、もっと、もっと。足りない、足りない、足りない。きっと俺は海賊に負けないほど欲深いんだ。隙間がないくらいぴったり肌を寄せて、深いところで溶けあう。汗でしっとりした背中を撫でれば、身体にかかる重みがほんの少しだけ増した。
「あ、……っ……」
 唇を塞がれて、それに応える。身体の奥をこねられて、ベッドが揺れるのがわかる。
「はぁ、ん、あっ」
「んっう、っ……」
 覗きこむような古泉の目が優しく細められる。それがあんまりにも『あなたが好きだ』と言っているので、……やばいな、こういうのを幸せって言うんだろ。あーもう、ほんとにこそばゆいったらないぜ、まったくね。俺自身がどんな目をしてるか考えるのも恥ずかしい。
「ふ……っあ、っっ……」
 俺の中の古泉が体積を増した気がして、身体が反射的にそれを食い締める。少しでも古泉を取りこもうとする。いつも涼しげな古泉の顔が熱っぽく歪み、俺はその表情を目に焼きつけながら達した。実を言うと、今夜これが一度目の絶頂ではなかったりする。詳しくは語らなかったが、冒頭よりももっと前にあれやそれや色々あってだな。そのせいか波がなかなか終わらない。腰から下がびくびくと震え、
「あっ、あっうそっ、」
 やばい、制御できずに押し流されてしまう。たまらず古泉にしがみついた。古泉がさらに強く腰を押し付けて、俺の中へと注ぎこむ。
「ふあ……はぁっ……」
 あまり自分のものとは思いたくない声が出た。脱力した俺に、古泉が「おつかれさまです」と軽いキスを寄こした。唇をくっつけるだけの、本当に軽いやつだ。古泉はそのまま身体を起こし、ベッドサイドに置いてあったタオルを二枚取って、一枚を俺に渡した。
「サンキュ」
 受け取ったそれで、汗とか精液とかを拭く。適当に拭いたところで、同じく拭き終わった古泉に返した。古泉がタオルをカゴに落としたのを見届けたところで布団をかぶる。
「……寝る」
「ええ、おやすみなさい」
 古泉の指が短い前髪を優しく梳く。
「おやすみ……」
 目を閉じる。海賊船に監禁されていたとき。無理矢理に身体を開かれ、凌辱を受けていたあのときは、いくら身体が気持ちよくても、心が全然気持ちよくなかった。辛いばっかりで、嫌で嫌でたまらなかった。身体が勝手にどんどん気持ち良くなっていくことを怖いとさえ思った。だが今は違う。隣にある体温に覚えるのは恐怖でも反抗心でもなく、温かな安心だ。そっと抱き寄せられて、そのまま夢に落ちていった。起きたら買い出しに行、かな、きゃ……。